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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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94 ナタリア

 ナタリアに続いて会議室に入り、扉が閉められるとふたりだけになった。

 ザナがその場に突っ立って、いやにこぎれいな部屋を見回していると、足早に近づいてきたナタリアにいきなり抱きしめられた。驚いたが、ゆっくりと両手をナタリアの背中に回す。


「元気そうね。いろいろあったにしては……」


 建物に入ってから初めての言葉だ。

 体を(こわ)ばらせたままささやく。


「リアナ、どこまで知っているの?」

「まあ、だいたいのことは。18軍にも連絡員がいるのは承知の上だと思うけど」


 そう、大方の情報はあちこちに筒抜けになっている。アレックスももう少し連絡網と情報管理を何とかするべきだわ。

 そうでないと、わたしたちだけ情報網から取り残されてしまい、いざという時に身動きが取れない。まあ、中央とのパイプだけはエルがどうにかしてくれるだろうけれど。


 久しぶりにナタリアに会ったことで、頭の隅にしまい込まれていた、子どもの頃の記憶がどっと戻ってくる。

 共同生活、偽りの暮らし、メリデマールへの移住、広大なシル。そして、突然の別れ……。




 そのような思いはふたりが体を離すとすぐに消えた。ナタリアはすでにきまじめな顔を作っていた。


「アノ・ザナン、ご無事で安心しました。あなたに何かあったら、あたしは……」


 そう言いながら、ナタリアは頭を深々と下げた。

 思わず顔をしかめる。


 ナタリアは会うたびに昔ながらのやり方で挨拶をしてくる。ずいぶん前からどちらもインペカールに帰属しているのに。

 今となっては、わたしを(あざな)で呼ぶのは彼女を入れて二、三人しかいない。


「ほら、わたしは悪運がとても強いことになっているらしいから……。それより、こっちがどうなっているのか教えてちょうだい。こちらに情報がほとんどないのは承知の上だと思うけど」

「わかりました、ザナさま」

「ここ、恒久的な基地よね。しかも新しい……」


 ナタリアはうなずいた。


「そちらが第二形態と呼んでるトランサーに遭遇してすぐよ、中央からカルプの防衛を命じられたのは。それと同時に、ここで突貫工事が始められた。と言っても、大部分はカルプにあったものを解体して移設した。そうでないとこんなに早くできあがらないわ。それでも今回はぎりぎりで間に合った」




 数えてみた。十五日足らずで造り上げたことになる。さすがにカルプは物資も人手も潤沢で作業が桁違いに早い。ウルブに近いのも関係しているようだ。


「それはつまり、すぐにカルプを守らなければならない事実に気づいたってわけよね。新進気鋭の19軍が配備されることになっていたにもかかわらず、カルプを優先した」


 すぐにナタリアは肯定した。


「実を言うとね、キリーは一度首都に呼ばれたの。おそらく、その前にこの件に関する指示を受け取ったんでしょう」

「じゃあ、どうして二つに分けたの?」

「うーん。これはあたしの推測なんだけど、他でも第二形態と接触する可能性があることを見越してだと思う。向こうでも決して余裕があるわけではないけど、19軍を配備すれば遊軍ができると踏んでいた」


 肩をすくめたナタリアは話を続ける。


「あの19軍がこれほど役立たずとは、中央も想定外ってことかもしれない。おかげでこっちは遊軍を演じるどころか、カルプの盾としてここに釘付けになりそう。まあ、いずれ、反対側にも守備隊が置かれるだろうから、その際にはこっちも増強されると思うけど」


 トランサーを押し返せなければ、ここでどんどん追いつめられて、最終的には……。でも、カルプを失うには時期があまりにも早すぎる。いずれそうなるにしても今はまだだめ。


「ところで、ここに来たのはキリーに圧力をかけるため?」

「人聞きが悪い言い方をするのね、ナタリア。単に、ウルブ7の防衛に協力してもらうためよ。それが、インペカールのためにもなることだから」


 ナタリアはクックッと笑った。


「まあ、ザナさまからの依頼を断る勇気はないでしょうね……」


 思わずため息が出る。ナタリアの口ぶりで、17軍の人たちにどう思われているのか明らかだ。これは、会話には参加せず、後ろでおとなしくしていたほうがよさそう。




 突然、ナタリアは話題を変えた。


「ディオナさまはお元気ですか?」

「ええ、ウルブ3のあの海が見渡せる丘に今でも住んでいるわ」

「懐かしいわ。みんなとの生活……。ローエンに帰りたいでしょうね」


 知らず顔をしかめていた。


「帰る、という言い方はおかしいわ。それに、わたしにはとてもローエンに行きたそうには見えないけど。そもそも行くことは不可能。母はメリデマールで生まれたのだし、わたしたちが移ってからも向こうに居続けた。結局、戻ってきてからも、今の場所に落ち着いたのだから。ローエンなんて年寄りから話に聞くだけよ」


 ナタリアの顔は少し不満そうだ。でも現実を認識してもらわないといけない。


「まあ、もう一度メリデマールに戻りたい気持ちならあるかもしれないけど。ローエンに行ってみたいとは思っていないはず」


 ナタリアは一度だけ首を振ったが、すぐ別の話に移った。


「向こうからたまに知らせがあるけど、ローエンの主家はイリマーンとはうまくやってないみたい。ハルマンとの軋轢(あつれき)もあるし、きわどい状況らしいわ」


 だからといって、エルナンがローエンに復帰するなんて夢物語だ。ローエンの人々にとっては、エルナンなど、今となっては国を捨てたよそ者以外の何者でもない。




「そういえば、リアナはなんで17軍に配属されたの? それともキリーの部隊を希望したの? こっちに来ちゃうと離ればなれになっちゃうでしょ」

「ん? アンドレのこと? まあ、あいつはずっと研究所勤めだから、しばらくあそこを離れることはできないからね。ついでにニーナの面倒も見てくれる。とても助かってるの。どっちみち、こっちに娘を連れてくることはできないし」

「ラッソは砂漠の真ん中で、何かあっても自分たちでどこかに避難するのは難しいわ。リアナがこっちに居座るのなら、みんなをカルプに呼んだほうがいいんじゃないかしら? カルプは交通の便がいい。これからは、万が一のことも考えておかないと」

「万が一?」


 ナタリアは声を落とした。


「それは……他でも前線が崩壊することを指してる?」


 首を縦に動かす。問題は19軍の配備が時期尚早だったことではない。地下を進むトランサーがもたらす壊滅的危機を中央がどこまで認識しているかだ。もはや川があっても安心はできない。




 ナタリアの思案顔を見つめていると、急にこちらを向いて問われた。


「それは、アノとしての指示ですか?」


 ザナは顔をしかめたが、一つため息をつくと同意した。

 ナタリアは一瞬腰を浮かせかけたが、思い直したように深く座り直した。こちらの目を探るように見る。


「ザナさまの仰せなら真剣に考えないと……。でも、陸が分断されたとしても海艇で回れば時間的にはそれほど違わないのでは?」


 ザナは肩をすくめた。

 もし、シラナの西方のどこか弱いところで突破されると旧メリデマールの西海岸まで一直線だ。そうなると川のこちら側にいる17軍は当然として、最悪14軍あたりまで陸路から切り離されるかもしれない。そうなると補給線が伸びすぎる。


 だからといって、メリデマール領を放棄することはありえない。その時は、南下して必要なところだけを守るはずだ。

 それよりも最悪なのは、中央高原地帯を突破されることで、広範囲に散らばっている荒野の町々はすべて放棄されることになるだろう。


 ラッソは前線からそれほど離れているわけではない。あそこには多くの重要な施設があるが、インペカールが何を優先するかといったら明らかにメリデマールの鉱山だ。それ以外は見捨てても高品質のメデュラムを失う危険は犯さないだろう。


 そういえば、オリエノールの北西部にもメリデマールと並ぶ鉱山がある。キリーの遊軍からも近い。遊軍一隊であそこがどうこうなるわけではないけれど。


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