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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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93 カルプへ

「どう思う? あれは本当にこの前と同じか?」


 ザナは遠視装置から目を離すと、体を捻ってアレックスを見た。手の中にあるものを返し、再び窓のほうを向く。今度は両手を窓に押し当て額を近づけた。地面を覆い隠しているトランサーの群れ全体を観察する。


 自分でもよくわからない。あの集団からトランサーの素性を表す印か、何らかの意図を示すものが届くとでも思っているのかしら、わたしは。

 きっとカレンならわかるに違いない。基地にいる間に、壁のすぐ近くで()てもらえばよかったけれど、民間人ではできない相談だった。


 体の向きを変えると、背中を窓につけ大きく息を吐き出した。何も言わずに辛抱強く待っていたアレックスを見上げると口を開く。


「地面を移動していて全然飛ぶ気配がないけど、たぶん同じだと思う。と言っても、この前は夜だったから、明るいところで見るのは初めてで、実際のところよくわからない」


 一息ついたあと続ける。


「こちらに気がつけば飛行するかもしれないけど、この距離だとまだ気づいていないのか、それとも単に無視されているのか……それすらわからない。もっと船を近づければ答えは得られるかもしれない。でも、やつらがこっちに向かって殺到するのを見るのはまっぴら。だからこれ以上近づかないほうがよさそう」




 アレックスは同意するように頭を動かした。


「こんなに広がってしまったら、もはや、やつらが地上に出てきた縦穴がどこにあるのかも、いくつあるのかもわからないな。この広がり方だと出現場所は複数あるのだろうが」

「上がってきた理由も全然わからないわね。どこかに何かあったとしても、痕跡はとっくになくなっている」

「テッサからの報告だと、飛行というか滑空したのを見たらしいから、きっと、これは同じなのだろうな」


 そう話しているアレックスが眉間にしわを寄せているのに気づく。さっと体を起こして振り返った。


 気のせいかさっきより海が近くに見える。

 フィルの代わりに乗船している副長に声をかける。


「ニック、少し流されてない?」


 そう問われた本人がこちらを向いた。


「それはないです。ちゃんと相殺できてます」


 こっちが移動していないなら……。




 突然、アレックスが命令した。


「やつらに気づかれたらしい。後退だ!」


 黒い流れの端っこが波打ち少し持ち上がったように見えた。そのあと急にトランサーがパラパラと向かってきた。


「急げ。攻撃はするな!」


 たちまち防御フィールドに淡い光が次々と発生する。

 空艇は向きを変えることなく船体を左に傾けると、滑るように動き出した。ちょっとの間、窓の外には黒に染まった大地の代わりに明るい水色の空が広がる。すぐに船は水平に戻り、トランサーから200メトレほど離れたのがわかる。


 こちらに飛んできたトランサーはすべてフィールドに(はじ)かれ、続く群れはゆっくりと地上に降下していった。




 船はトランサーからさらに距離を取るように動く。


「やつらが静かになった」


 そうつぶやくアレックスの顔を凝視する。


「トランサーが行動を変える時には、わかるってこと?」


 アレックスは肩をすくめた。


「少し騒がしくなったが、それと飛行の関連はわからない」


 感知によりトランサーの動きが事前にわかれば役に立つ。……と言っても、何をするつもりかがわからないと意味はないか……。


「さっきのを見るに、何か切っ掛けがあれば飛ぶ可能性があるようだ」

「敵が近づくとか、高いところに上ったとか?」

「ああ」

「テッサは近づきすぎたのかしらね」


 アレックスは肩をすくめた。


「こんなに近づいてはいないだろう。やはり、高いところに移動したせいと考えたほうがいいな」

「なら、絶対に平地で迎え撃つべきね」

「ああ。こちら側の先頭はすぐに17軍と衝突することになるから、もう少し何かわかるかもしれない。でも、その前にキリーと話をしたほうがよさそうだ」


 そう言い残すと、アレックスはニックのところに向かった。




 静止していた空艇02が再び動き出すと、足と背中から軽い振動が伝わってきた。

 高度を上げて最大速度で飛行する。しばらく黒い海を横に見ながら飛び続けると、テッサが飛行を目撃したという丘陵地帯が近づいてきた。頂上を迂回するように黒い川が左右に分かれているが、飛行しているようには見えない。


 右側の流れを追うように進むと、やがて遠くにカルプに向かっている先頭集団が見えてきた。船はいったん黒い川から大きく離れると、トランサーの群れと距離を保ちつつ追い抜いてからカルプに進路を向ける。


 前方から日の光を浴びて何も見えないが、この先のどこかに壁がすでに築かれているはず。船はその壁を越えられる高度まで上昇すると南に向かい、ルリ川が見えてきたところで、右に大きく旋回して再び西に進路を取った。




 しばらくすると、右前方の遠くに17軍と思われる移動車両の群れが点々と見えてきた。


「カルプからかなり出たところに陣取っているな。これだと有効範囲はぎりぎりか」

「司令! 向こうにも何か見えます」


 突然の声にアレックスが左の窓に向かう。

 示された方向に遠視装置を向けたあと、軽い驚きの声が聞こえた。


「あれは、庇車(ひしゃ)じゃなくちゃんとした建物だ。うーん、こいつは前々からの計画だったのか」


 ザナはアレックスから装置を受け取ると、遠くに見える灰色の点々に向けた。

 すぐに、それらがいくつかの建物であることがわかった。カルプを守るための基地をすでに作っていた。


 まあ、北の前線が破られた以上、シラナのこちら側にも陣を構えるのは当然だけれど、それはつまり、前線が突破されることを予想していたわけよね。




 カルプはシラナ川とその支流に挟まれている。町の東西どちら側の前線もはるか遠くにあるうちは防衛設備が必要なかった。川のこちら側で防御する発想もなかったかもしれないが、あれ以来事情が変わった。


 前線から離れた場所であっても、あるいは大河に守られていたとしても、いつ脅威に遭遇するかわからない。だから、カルプに迫る敵を早い段階で食い止められるように、川のこちら側に防衛拠点が作られたのだろう。

 おそらく、町の西側でも同じようなことが進められているに違いない。


 空艇はどんどん大きくなる基地に向かってまっすぐに進んだ。

 全体が見えてくると、混成軍の本部とほぼ似たような造りであることがわかる。整備用の格納庫もちゃんとある。


 それにしても、17軍のここにいるわずか二ブロック隊にしては基地の規模が大きすぎる。


 確かにカルプは東端の要衝にして随一の大都市だ。ここを簡単に紫黒の海の一部として明け渡すわけにはいかないはず。だったら、三ブロック隊ともここに集結させるのが筋だ。


 そう考えている間に、建物がぐんぐん大きくなってきた。中央の建物のそばに人が立っているのも見える。




 指令部と思われる建物のそばに着陸すると、ザナはアレックスに続いて降りた。建物の前に立っていた何人かがこちらに歩いてくる。

 先頭にいるのはキリーの副官ナタリアらしい。キリーの姿はどこにも見えない。


「アレックス司令。お久しぶりです。キリー司令はカルプに出かけていまして、もうすぐ戻る予定です。それまで中でお待ちください」


 間もなくトランサーと接触するこの時間に何をしに行ったのかしら。


「いつ接触する?」

「一時間後です」

「こちらの状況を確認したい」

「はい。指令室に案内させます」


 ナタリアはそばにいる部下と言葉を交わした。

 ザナはアレックスに続いて歩き出したが、彼はこちらを振り向くと言った。


「こっちはいい、副司令とキリーの帰りを待っていてくれ」


 これはアレックスの心遣いかしらね。よけいな気を使わなくてもよいのに。


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