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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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92 のどかな町

 シャーリンが単調な川の景色に飽きてきたころ、やっとあたりの様子が変わり始め、町が近いことを示した。

 あれ以来、空艇に遭遇することもなかった。


 両側の起伏はいつの間にか後退し、平地に取って代わった。周囲に家が現れ始めるとその数がどんどん増えてくる。

 しばらくすると、ミアが船の速度を少し落とした。


「ウルブ7に入った」

「すごいですね、ミアさん。ここも大都市ですね。ウルブ1と同じように大きな建物が立ち並んでいる」

「そう。ウルブ7でもこのあたりは、金属の精製所が多い。この南西部には大きな鉱山がたくさんあるからね。それに関連して、電気関係の産業も多い。どれも水を使うから川の近くに作られている」

「ウルブ7の中で川が分かれていて、そこからウルブ5に向かうんですよね?」


 うなずいたミアは宣言した。


「もうすぐ夜になる。今日はここに泊まる」

「また、船で寝るんですか?」

「いや、あたしの家にしよう」

「へーえ、ミアさんの家ですか?」

「あらかじめ言っておくが、あたしの家はメイの屋敷とは大違いだ。ただの普通の家」



***



 夜中に何度も目が覚める。どうしても寝付けなかった。

 あのヤンという男から聞いた話が気になってしょうがない。そのたびに寝返りを打ち、ギシギシという音にますます目がさえてくる。


 朝が近づいてきたころ、やっと眠りについたものの、窓の外が薄明るくなってきたころには、また目を覚ましてしまった。

 しかたなく、ベッドの上に体を起こすと足を床に降ろした。そのままの状態でしばらく目を閉じていたが、ため息をつくと立ち上がる。


 静かに外服(そとふく)に着替えて玄関のところまで来たところで、背後からメイの静かな声が聞こえた。


「眠れませんでしたか?」


 ゆっくりと振り返る。


「まあね。なんて言うか、いろいろ考え事をしていると、どんどん目がさえてきてしまって。よくわからないけど、何か見落としているような気がしてならないです」

「それ、よくわかります。わたしもたまにあります。大事な商談を控えた早朝に飛び起きたりとか」


 メイの顔から下に目をやる。彼女も外服に着替えているのを見て少し驚く。


「それで、今から散歩に行くのですか?」

「体を動かすと考えがまとまるし、すっきりするんでね」

「わたしもご一緒していいですか?」

「もちろん。散歩をするのに許可はいらないでしょ?」


 メイはころころっと笑ったあと、まじめな顔に戻って言った。


「これを言ったらきっと叱られるとは思うけど、実は、姉に言われたんです。シャーリンは後先を考えずに行動するから気をつけてやれって。それでも、よけいなこととは思ったのですが……」




「つまり、わたしが変な行動を起こさないように見張れと言われたわけだね? わたしのお目付役を言いつかったんだ?」

「おもしろい方。単に姉はあなたのことをとても心配しているのです。ご承知でしょうけれど、姉は、とても、なんて言うか、冷たい人と思われています。単独行動が好きなんです」

「そう? わたしにはそんな感じはしないけど」


 確かに、ロメルでの滞在中、ミアはあんまりほかの人と話はしていなかったようだ。


「でも、あなたたちに、いえ、あなたにお会いして、少し変わったような気がします。そんな姉があなたのことを心配している。きっと最初にお会いしたときから妹だと感じていたのだと思います」

「そうでしょうか?」

「わたしも、あなたと姉妹でとてもよかったと思います」

「どうして?」


 フッと笑うメイの顔は輝いて見えた。


「飽きないから。わたしの単調で灰色の生活に色をもたらしてくれたから」

「え? そんな理由?」

「そうです。おかしいかしら? わたし、今回、思い切って家出してきてよかった」


 思わず絶句する。


「これは家出ではないでしょう。ただの小旅行です。それに、ロメルの人たちだってミアとメイがどこに向かったか知ってる」


 メイは首を振った。


「フレイには当分帰らないだろうと言っておきました。家のことも全部まかせてきました」


 きっぱりとした口調に驚いた。なぜそこまでする必要があるの?


「どうして? ウルブ5に行けば、予想どおりなら、あなたたちのお母さんの残した何らかのメッセージを受け取れ、あわよくば、あなたたちに関することが何かわかり、それが終わったら、ウルブ1に帰るのでしょう?」


 メイは立ち止まると、くるっと振り返ってこちらをじっと見つめた。


「わたしたちのお母さん、です。シャーリン。まあ、それは置いておいて、本当にそう簡単なことだと思っています? わたしたちはもっと大事なことを見落としているかもしれない。あなたが眠れない理由はそこにあるのでしょう? あなたのカレンならその奥にあることを見つけたかもしれない。そうじゃなくて?」


 立ち止まってメイの顔を見つめる。

 カレン、そう、カレンと一緒に来ていたら、何もかも違っていたかもしれない。ロメルの家であの写真と対面したカレンの記憶さえ戻ることも考えられた。




 いつの間にか、人通りの多い場所に来ていた。朝早いのにこれほど大勢の人が歩いている。先のほうには露天の店がたくさん見えた。早朝の市らしい。思わず立ち止まる。


 その時、メイの肩越しに見覚えのあるものを見てぎくっとした。メイの手を引っ張って、すばやく近くの柱の陰に隠れる。横を向いていたから気づかれなかったはず。


 いや、彼女がいるということはもうひとりも。感知者からは隠れられない。見つかる前に逃げないと。反対側を見回す。彼はどこだ?


 シャーリンにしたがって素直に隠れたメイは、しゃがんでこちらを見上げながら静かに言った。


「いかがしました?」

「ソフィーがいた」

「ソフィーとはどなたですか?」

「わたしたちを捕まえたやつらのひとり、たぶん、あの強制者の手下よ。ここをすぐに離れないと。感知者もいるはず」

「落ち着いて、シャーリン。遮へいはしていますから」


 人の流れを見ていたシャーリンは慌ててメイを見下ろす。


「え? メイは遮へい者? ミアと同じ?」


 メイはうなずいた。


「相手に見られなければ大丈夫。姉が自分ではなく、わたしをあなたに付き添わせたのには理由があります。わたしならあなたに危害を加えた人たちに見られても誰だかわからないでしょう」


 メイは立ち上がると柱から一歩外に出てあたりを見回した。


「どの人がソフィーですか?」

「少し先を歩いていた。白っぽい服。金髪でわたしより背が高い」

「ああ、わかりました。市の方向に向かっています」

「ソフィーは感知者じゃない。もうひとりの男が問題だ」

「どのような人ですか、その感知者は?」


 覚えている範囲でジャンの姿を説明した。

 メイはあたりを一瞥(いちべつ)したあとこちらを見た。


「ここから見える範囲にそのような姿の男の人はいないようです」

「それでも、近くにいるかもしれない」

「わかりました。とにかく家に戻りましょう。それらしい人は見えませんが、ここは早く離れたほうがいいでしょう」



***



 ミアの家に戻るとほかの三人を呼んで、ソフィーを見かけたことを報告する。

 ウィルが焦ったような声を出した。


「すぐに出発したほうがよくないですか?」


 ミアは首を横に振った。


「この時間だと、まだほとんどの船は動いてないからかえって目立っちまう。もう少しして船の往来が多くなるのを待ったほうがいい」


 結局、朝食を()ったあとは、ミアの家の中に籠もって時間が過ぎるのを待つことになった。

 お昼近くになりやっとミアが腰を上げた。待ちかねたように全員が移動して船に乗り込む。すぐに船が動き始めた。


 だんだん町の中心部に近づき、周囲に船が多くなってくる。ぼんやりとすれ違う船を眺めているとき重要なことに気がついた。この船が海艇であることに。周囲の船はほとんどが川艇だ。


 これは非常に目立つな。船の名前と色を変えたくらいではごまかせそうもないと思われた。


 突然、ウィルが声を出した。


「あの船じゃないですか?」


 ウィルの指差した方向を見ると、白っぽい川艇が見えた。


「あれがどうしたの?」

「ぼくたちが乗り込んだ船はあれかもしれない」


 ミアがその船を見たあとこちらを向いた。


「本当か? あれがやつらの船? あの船で海港の検問を通過できたとは思えないが……。いずれにしても、この前は夜だったから、あれが同じ船だとしてもあたしにはわからない。まあ、とにかく、向こうから見えないように隠れて」


 ウィルとシャーリンはおとなしく窓の下にしゃがみ込んだ。


「ぼくも確信はないけど、たぶんあれですよ」


 どっちにしても、ソフィーを見かけたことからして、彼らの船がウルブ7にいるのは間違いない。

 メイはすぐそばに立ったままその船を見ているようだったが、外に目を向けたまま告げた。


「誰も乗っていませんよ」


 助かった。そのまま通りすぎたところで、ミアとメイは前方に注意を戻した。シャーリンはウィルと顔を見合わせたが、結局ふたりともそのまま床に座り続けた。


 町の中心部を通過すると、ムリンガはルリ川に入った。ウルブ7をあとにしたところで、やっと全員がほっとする。

 それにしても、彼らはここで何をしていたのだろう? わたしたちを探していたのでないといいけれど。



***



「ウルブ5は農業の拠点だ」

「そうなんですか。どんな町ですか? ほかのように大都市なのですか?」

「いいや。ウルブ5には、農業製品の出荷場が川沿いにたくさんあるほかは、ごく普通の町だな。それほど大きくはない」

「へーえ。それはぼくでも落ち着けそうだな」

「それに、よそと違って、ウルブ5には作用者があまりいない」

「作用者がいないの?」

「そう、確か住人には作用者はほとんどいないはずだ。もちろん、ウルブ5を訪れる者の中には作用者もいると思うが」

「無作用主義派ってことですか?」


 思わずそう口にした。ヤンのことを思い出した。彼らの拠点なのかもしれない。


「いや、そういうわけじゃないから、安心しな。別に作用者が嫌われているわけでもない」


 ミアは肩をすくめて続けた。


「どうしてかわからないけど、ウルブ5だけだ。作用者が極端に少ないのは」



***



 ミアは川港に入ると、もよりの岸壁に船をつけた。

 あたりを見回す。とても静か。本当にのどかな町だ。こういうのはとても落ち着く。


「さて、ここからは車で行くことになる」

「車で?」


 ミアはぶっきらぼうに言った。


「歩くには遠すぎるだろ。車を借りに行ってくるが、もうすぐ日が暮れる。ケイトの家に行くのは明日の朝にしよう。帰りに食料も仕入れてくる。今朝、町で買い損ねたからな」


 立ち上がってミアを見る。


「わたしも行く。ひとりだと大変だから」

「いや、ここはひとりがいい。作用者がぞろぞろ歩くと目立つ」

「それじゃあ、ぼくが一緒に行ってもいいですか? ふたりのほうが絶対いいはずです」


 ミアはウィルを見ながら少し考えているようだったが、結局うなずいた。


「わかった。じゃあ、ウィルも来てくれ」

「メイ、あとは頼んだよ。船から出ないようにな。シャーリンとディードは目立つ。いかにも作用者風だし、特にその服は」


 自分の服を見下ろす。そんなに変かな。これメイの家で借りたというかもらった服なんだけど。


「そうですか? でも、ミアもその格好じゃ、もっと目立っていると思いますけど」

「もちろん着替えてくるよ。この町で溶け込めるような服にね」



***



 少したって現れたミアはおとなしい緑色に茶の格子柄の服を自然に着こなしていた。ウィルと並ぶと違和感がまったくない。このふたりがこの町に住む姉弟だと言っても問題ないと思われた。


 ディードが素直に感想を述べる。


「びっくりだな。あんたたちはそこらにいる普通の家族に見えるよ」

「お褒めの言葉と受け取っておきましょうか。それでは行ってまいります」


 話し方まで変わっている。そういえば、前にも聞いたっけ。

 そうだ、最初にアッセンに着いたときだ。やはり、商売をやっているだけあって変わり身がすごい。


「気をつけてね、お姉ちゃん」


 そう言うメイに、ミアは手をひらひらと振ったあと出ていった。


「すごいね、ミアは」

「昔からああなの。演じるのが大好きなのよ」

「へーえ、驚いた」


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