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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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91 思わぬ出会い

 カレンとペトラは軍の病院を目指して歩いていた。


「クリスは来ないの?」

「ダンのことを報告するために力軍(りきぐん)の司令部に出かけた」

「これでダンはロイスに戻れるかしら?」

「たぶんね」


 カレンは隣のペトラをちらっと見た。満足そうな顔をしている。


「ザナによるお稽古はどうだったの?」

「お稽古? うん、ザナはすごいよ。憧れちゃう」


 そう言う彼女の顔が輝いている。


「力の使い方を基本から全部教えてくれた。まだまだ練習しないとうまくはならないけど頑張る。途中からはクリスにも手伝ってもらっちゃった」

「クリス? どうして?」

「失敗したときのために、しばらくは防御面の中から力を使いなさいとザナに言われたの」

「ああ、なるほど。クリスも気の毒なこと」


 ペトラは手を振った。


「それほどでもないと思うけどな。クリスだって、ただ監視塔のように突っ立ってるより、ザナと一緒のほうが楽しいでしょ」

「クリスがザナと?」


 よけいなお節介をしていないといいけれど……。

 ペトラはこちらを向いて何度もうなずいた。


「ザナがカルの知り合いでほんとよかった。ありがとう」

「お礼を言われても、わたしはまだザナのことは何も思い出せない……」


 思わずため息が出る。


「ねえ、元気を出して、カル。そのうち何とかなるから」


 楽観的に考えているらしいペトラは腕をからめてきた。


「わたしはカルを信じてる。カルがわたしを信じてくれたように」



***



 フィオナのいる病室は前とは違うところにあった。部屋を(のぞ)くと、フィオナがわたしたちに気がついて起き上がろうとするのが見えた。見たところ体には一本の管しかつながれていなく、順調に回復しているようだ。


「ああ、フィン、そのまま、寝たままでいいから」

「ペトラさま、もう大丈夫です。すっかりよくなりました」


 ペトラはフィオナの胸から下を隠している毛布を疑わしそうに見ていた。


「本当?」

「はい。二、三日後には退院できるそうです」

「そんなに早く? ……それはよかった」


 ペトラの声は急に明るくなった。


「ペトラさまの医術による処置がよかったからです。医師にも医術者にもそう言われました。本当にありがとうございました。カレンさまにも感謝しかありません」


 これを聞いてペトラは何度もうなずいた。




「それで、今後のペトラさまとカレンさまのご予定は?」

「心配しないで、フィン。わたしたちは少しセインに滞在するから、ゆっくり休養するといいわ」


 フィオナはうなずいた。


「それでね、フィンにいろいろと話したいことがあるんだ。もし聞くのが疲れるんだったらやめるけど……」


 ペトラの声はいつになく遠慮がちだ。

 フィオナは首を横に振った。


「そんなことはありません。ただ寝ているだけなので、実は暇を持て余していました」

「それじゃあ……」


 ペトラは椅子をベッドの脇に持ってくると座って話し始めた。


「まずは、フィンと別れてからの旅のことね。わたしも最初はね……」


 ペトラが北への旅の話を始めたので、急いで口を挟んだ。


「ペト、わたしは先に帰るね。ちょっと調べたいことがあるから」


 彼女はこちらをちらっと見た。


「わかった。わたしはしばらくここにいるわ。クリスが来たら一緒に戻るから大丈夫」



***



 病院を出て宿舎に向かう。フィオナが元気そうでよかった。

 クリスの話では、明日にはアリシアがここに来るらしい。セインを出発する前は、国都に戻ると聞いていたけれど、国都の後始末はもう終わったのかしら。 それとも、こちらにも何か問題があるのだろうか。


 あれ、行きすぎた? 振り向いて左右を確認する。

 もう一つ手前の道だったわ。


 来た道を戻り始める。セインでもこのあたりは人通りが少ない。

 それにしても、セインに戻ってきてから、また、感知が飽和状態で常に頭の中にいろいろな雑音が渦巻いていて疲れるようになった。


 もっと感知力の使い方を練習してみないといけないわ。

 アレックスが言ってたっけ。感知の対象を絞り込むと楽になるって。何でもかんでもすべてを受け入れると、特に、ここセインのような大きな町では暮らしていくのは大変だ。

 とりあえず近くの人からの精分だけに焦点を合わせる。




 いきなり、強い力を感じ、心臓が止まりそうになった。一瞬イオナかと思い全身に震えが走ったが、あらためて()るとそうではなかった。でも、これは強制力。そうだ、きっとレオンのほうだ……。


 どうしよう? いま強制者に出会うのは一番避けたいことだ。

 情報が抜き取られるというザナの言葉が脳裏を横切った。すぐにパニックが押し寄せてきて、心臓がバクバクしてくる。


 次の曲がり角を急いで曲がって、レオンから遠ざかるが、思わず小走りになってしまう。

 まるで、悪いことをして逃げるところみたい。不安を感じて誰か見ていないかとあたりを見回す。


 大丈夫、レオンは感知者ではないから、こちらから先に避ければいいのだわ。早足で歩き続ける。こっちに行くと宿舎から遠ざかってしまうけれどしょうがない。

 まだレオンは気づいていないはず。


 レオンからだんだん遠ざかっているのを感じ、ほっとする。

 それにしても、彼がセインにいるのはどうしてだろう? ここに住んでいるのかしら。


 彼の、また会おう、という言葉を思い出した。ここでシャーリンかわたしを探しているのじゃないといいけれど。

 そんなことを考えながら歩調を緩めた。しだいに動悸もおさまってきた。




 次の曲がり角に立ち止まって、どっちへ行けば宿舎だろうと地図を思い浮かべて考えていると、突然、レオンが目の前に現れた。


 ギョッとして後ずさりする。

 どっちへ逃げようかと一瞬考えたが、そこでなぜか思考が止まり足が動かなくなった。

 どうして? レオンは遮へい者ではないはず。


「カレン、待ってくれ。おれは何もしない。ただ君と話がしたいだけだ」

「でも、あなたは強制者よ。あなたのような強制者と対等に話はできないわ」

「おれは強制力を使わない。約束する」

「この前、使ったでしょ」


 レオンの格好は、この前会ったときとまったく同じであることに気づいた。


「すまない。あのときは時間がなく焦っていて、やむを得ず使ってしまった。もうしないと約束する」


 そんなの、とても信じられない。




 それでも、知りたいことはいっぱいあった。


「あなたは誰なの? どうしてわたしたちにつきまとうの?」

「君たちとおれは、ああ、つまり、普通の作用者とは違う種類の作用者なんだ」

「君たち?」

「君やシャーリンのことだ。他にもいる。おれたちは普通のふたつもちにはできないことができる」

「わたしはひとつもちと言ったでしょ」


 レオンの眉が上がった。


「言った? 言わされたんじゃなくて?」


 慌ててしゃべる。


「あのとき強制力を使ったでしょ。あれは真実よ。わたしはふたつもちじゃないわ」

「確かにそうしゃべったが本当かな?」


 レオンの顔にはなぜか笑みが浮かんでいた。


「本当よ。わたしは感知しかできない」


 少し後ずさりしたが、すぐに背中が石の壁に突き当たる。両手を壁に当てて探った。


「じゃあ、どうして強制力に抵抗できる? どうしておぼれて死ななかった?」

「どうしておぼれ損ねたことが関係あるの? というより、どうしてそれを知っているの?」


 手から力が抜けてだらりと下がった。




 カレンの頭の中では多くの疑問がぐるぐると回っていた。

 突然思いついた。そうだ、レオンのもう一つの力。レオンの顔を見つめる。


「あなたのもう一つの作用力は何なの?」

「君は感知者だろう?」


 カレンが首を振ると、レオンはこちらを見つめて押し黙っていたが、少ししてぽつりと言った。


時伸(じしん)

「時伸?」

「第五作用力。代謝速度を高める作用のこと。促進と言えばわかるか? この作用が働いた者は時間を長く感じる。それくらい知っているだろう? 感知者にはわかるはずだ」


 カレンは首を振った。


「第五作用のことは……よくわからない。記憶が曖昧で……わたしの記憶はこの一年分だけ……」


 カレンはレオンの目をまっすぐに見た。


「あなたのことを感知しても何もわからなかった」


 そうか、普通の人より速く移動できるんだ。だから……。

 レオンはちょっと黙っていたが首を振ると言った。


「本当に記憶がないのか? 第五の陰作用は時縮(じしゅく)だ。代謝速度を遅くできる。君が川で死ななかったのは時縮作用のおかげだとおれは考えてる。誰もそれに気がつかなかったのか?」

「第五作用……時伸……時縮……」


 五番目の作用力。わたしがそれを持っている? そんなはずはない。トリルも一つだけだと認めていた。

 突然、シアの言葉が(よみがえ)ってきた。遅滞作用。


「さあ、よく考えろ、カレン。思い出せ。おぼれかけた時のことを。その時、自分の中で何が起きたのかを」


 目を閉じて耳を手で覆い首を横に何度も振る。


「思い出せない。それに、わたしの中にはほかの作用力を見つけられない。ほかの感知者もそう言っていたわ。わたしはひとつもちだと。やはりわたしは感知だけよ」

「そんなことはないはずだ……」




 突然レオンが最初に言った言葉を思い出した。


「わたしとシャーリンの他にもいるの? その、あなたの仲間が」

「ああ、いる」

「あなたたちは何をしようとしているの?」


 レオンは少しの間、言葉を探しているように見えた。


「おれは、この世の間違いを正そうとしている。そして、トランサーの海を消滅させる」


 あきれた。気がおかしいのかしら?


「何をふざけたことを言っているの? あの紫黒の海を消滅させるですって? 正気なの? あの何千万、何億ものトランサーを?」

「そうだ。あれが発生するもとを絶って、本来あるべき姿に戻す。それがおれの目的だ」

「あるべき姿ってどういうこと?」

「君は紫黒の海がどうして生まれたと言われているか知ってるかい?」


 作用者たちの実験が関係しているというアリシアの言葉を思い出した。レオンはもっと詳しく知っているのかしら。カレンは首を横に振った。

 レオンは吐き捨てるように言う。


「あれは、メリデマールの作用者の集団が北で行なった実験のせいだそうだ」


 やはり実験と関係があるの?


「実験って?」


 レオンはその問いには答えず話を進めた。


「おれはそんな話は信じない。あれはもっと崇高な理念のもとに実施された事業なんだ」

「あなた、いったい何を知っているの?」

「とにかく、ちまたで言われている定説は誤りだっていうことだ。おれたちで証明する」

「おれたち?」

「おれに君、シャーリンも、それにミア、あとは……」

「え? ミア? いったいどういうこと?」


 ミアがレオンの仲間なの? そんなはずはない、あのミアが。




 レオンは何度も首を横に動かした。


「君の強制耐力は十分じゃない。まずは、君の記憶と力を取り戻すことだ。それから、おれたちのところに来てほしい」


 カレンは首を振った。あきれる。いったい何のつもりなの?


「わたしはあなたを信用できない」


 レオンはため息をついた。


「とにかく、早くシャーリンたちと合流しろ。そうすればきっとわかるに違いない。カレン、君の記憶も戻るかもしれない……」


 レオンもシャーリンとミアのところに行けと言うの? なぜ? ザナはレオンのことは何も言っていなかった。


「そうだ、おれ以外の強制者には十分に気をつけろ。今の君では対抗できないかもしれない……」

「ほかの強制者? いったいみんなして何をしようとしているの? 何のためにわたしたちを……」


 レオンは遮った。


「とにかく、ほかの強制者に会わないようにしろ。君のような優れた感知者なら遮へい者に守られていても強制者を先に見つけられるだろう?」

「それより、その強制者のことを教えて……」




 レオンはすでに消え去っていた。先に見つけると言っても、相手がオベイシャなら見つけようがない。

 カレンはひとり取り残された道ばたでしばらく茫然としていた。


 レオン、イオナ、ザナ、みんな何を考えているの? どうして誰もわたしに何も教えてくれないの? 本当にわたしが先に強制者を見つけられるのだったら話してくれてもいいじゃない。

 ちょっとだけ怒りがこみ上げてきたが、すぐに、ほかのことを考え始めた。




 気がつくと、空がかなり暗くなっていた。

 あたりを見回すと同じ場所に立ったまま、しかも背中を石壁につけたままでいるのを発見した。

 ため息をつく。また考え事をぐるぐると……。


 しまった。ペトラたちはもう宿舎に戻っているに違いないわ。時縮だか遅滞だか知らないけれどまったくどうかしている。

 本当にもう。急いで歩き始める。


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