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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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90 崩れた壁

 地図をしばらく睨んでいたカティアが指摘した。


「セインより前に、カフリ川があるわ。それに、セインは川の南側よ」

「それは、そうだが、ウルブ7は完全に川をまたいでいる。ウルブ5のように川のところで阻止することは絶対不可能だ。もし、ここで川の南側にやつらが回り込んだら、セインも危ない……」

「そうね。やっぱりウルブ7より手前で阻止しないと、どっちもおしまいだわ」

「逆に、ここでカフリ川に沿って左に折れるとタリに到達し、その先は我々のいるここまで来る」


 フィルは地図の上に指を走らせた。


「そんなに、ぐるぐるっと回るなんてあり得る?」

「でも、ザナ。トランサーはひたすら進むだけだろ。行く手に障がい物があればそうならないとも限らないと思うけど」


 その前に何とかしなければならない。


「とりあえず01は先回りさせ、ここ、川の合流点とウルブ5の中間地点に向かわせよう、キリーの部隊の動向も気になる。ちゃんとここで阻止してくれればいいが……」




 ずっと黙っていたレナードが口を開いた。


「アレックス、長非番の連中を呼び戻すか?」


 レナードを見てうなずく。長期戦になりそうな気配が濃厚だからやむを得ない。


「全員ですか? 文句が出そうですね」


 そう主張したフィルを見たザナは静かに言う。


「非常事態だからしかたないわ」

「第二形態がウルブの都市に向かう可能性は大きくなったからな。17軍だけじゃ阻止できないだろ」


 レナードの言うことは正しい。


「非番の全員を戻せば、ローテーションから外れている隊を南下させられるわ。ウルブ5にはどうやっても間に合わないけど、そのまま東に向かってきたら、この川の手前で食い止める必要があるわ」


 ザナはモニターを見ながらそう言った。


「よし、しばらく休暇はお預けだ。カトは各ユニットの再配置と移動計画を立ててくれ」


 カティアがうなずいて自席に向かうのを確認すると、後ろを向いて部屋の全員に聞こえるように言った。


「今から、第二非常態勢に移行する。まずは、全員で全部隊の現況と人員状況を確認して各指揮官に報告。全輸送車両を出してタリにいる非番隊を集める」


 すぐにフィルが近くで待っていた部隊管理官と話し始めた。

 以前よりは、部隊数は多いが十分にはほど遠い。西に向かわせた隊を除くと南下させる隊に当てられるユニットはせいぜい三隊か、短期間なら壁を一つ形成できる数にすぎない。しかし、他に選択肢はない。




 アレックスはカティアの席に向かった。


「カト、もし、19軍が北上するトランサーで崩れたらどうする?」

「うちの左半分を南東に向かって下げないとだめね。今の位置に(とど)まったまま、さらに西側を維持できるだけの部隊はここにないわ」


 カティアは、画面上にペンで、オリエノールのすぐ隣のブロック9から左下に向かって緩やかに曲がる円弧を描いた。

「こうやって斜めに隊を組むしかないわ」

「ここにある丘陵地帯はどうする?」

「残念だけどそこは放棄するしかない。ここから西側全体を監視できたんだけどね。丘のこちら側まで下げる。向こう側を回すのは距離的に無理よ」


 ザナもカティアの描いたウルブ北方の左側半分がなくなった図を見つめた。


「これだと、ここも、近いうちに放棄することになるわね」


 フィルの声が背後から聞こえた。


「うーん。この安住の地ともお別れか……」

「ウルブ5はいずれにしてもだめね。残念だけど」

「しかたない。現有勢力でそこまで壁を伸ばすことは不可能だ。17軍が全部そろっていても無理だな。我々の持っている部隊では東西方向に張るだけで限界だ。斜めに横断して壁を造るにはしょせん資源不足。それに、いずれにしても絶対に間に合わない」

「オリエノールもここまで下げればできるけどね」


 カティアはセインの上に東西に延びる別の線を引いた。


「そうすると、オリエノールの最大の鉱山がやつらの手に渡ってしまう」


 アレックスがそう言うと、全員が黙り込んだ。



***



 翌日、事態は悪化した。今度は、夜明け前に警報が鳴り響いた。

 19軍の壁が崩れた。


 機械化ユニットのもろさ、機動力のなさが露呈した結果となった。

 結局、南側から北上するわずかのトランサーを食い止めることはできたものの、壁全体を南に下げる過程で継ぎ目からの侵入を許し、またたく間に壁の割れ目が広がることになった。

 一度崩れるとどうしようもないようだった。隣との連携が十分にとれなかったせいだ。


 生き残ったユニットはシラナ側の南に向かって移動していた。カルプまでたどり着けるだろうか?


「予備のユニットの西面に沿う配置、完了しました」


 カティアからの報告に安堵(あんど)する。

 あとは、やつらに合わせて全体を南下させるしかない。一昨日、カティアが描いた絵のとおりになりつつある。もはや、ウルブの北西部は全部放棄して、川の南を死守するしか道は残されていなかった。


「テッサから気になることを聞いたんだけど」


 そう言いながら、ザナが西部の地図を出した。


「ここ、カルプに行く途中に丘陵地帯があるでしょ。一部のトランサーはここで向きを変えて、この斜面を登ったあと、反対側は飛び越えたらしいの」

「飛び越えた?」

「そう。テッサの話だと、数千メトレくらいを飛行したらしいの。つまり、第二形態は高いところに上ると、その先に引きつけられるものが何もなくても、そこから飛ぶ可能性があるってこと」

「そいつは大変だ。川も飛び越える可能性があるということになるな」


 川の南側を守るためには、やつらが川の上を飛ばないことが前提だ。


 ザナはうなずいた。


「高いところに上らせないようにしないと……」




 また、面倒なことになった。いずれトランサーは東に向かうだろう。このあたりはずっと平地だからいいが。

 ウルブ5の南側を守れたとして、次はウルブ7だ。あのあたりにはかなりの起伏があるが、その手前で阻止するには、かなりのユニットが必要だ。


 ザナにもわかっていた。マイセンの近くを指で示した。


「キリーのここにいるユニットが絶対に必要よ、アレックス。こんなところで遊んでいる場合じゃない。連絡はとれないの?」

「ああ、直接は無理だ。しかたない。やつのところに行くか」

「02の修理が終わったから、飛ばせられる」

「よし、じゃあ、ここはザナとカティアにまかせて出かけるとするか」

「わたしも行く。ここはフィルにまかせておけば大丈夫。トランサーはウルブ7の手前で絶対に阻止しないとだめ」


 ザナがいつになく焦っているように見える。

 これは、かなり深刻な事態だ。それに、ザナが一緒のほうがキリーも素直になってくれるだろう。

 二日前に南下させ始めた隊がウルブ7に着くのは二日後か。それまでトランサーは待ってくれるだろうか。


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