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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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89 警報

 甲高い音で鳴り響く警報で飛び起きる。

 招集警報。けたたましい連続音が部屋に反響している。

 とにかく、部屋を飛び出しそのまま外に出る。その足で宿舎棟の間に回り込み北側に向かう。角を曲がったとたんに、はるか彼方の壁が目に入る。


 立ち止まって確認した。空がどんよりと曇って薄暗いため、そこかしこで一瞬だけ光が見え壁の位置がわかる。急いで左から右まで確認した。見て取れる範囲に切れ目はないようだ。少し安心する。


 それじゃあ、何の警報だ? 左に曲がり指令棟まで一気に走る。

 あまり眠ってないことに気づく。今日はザナとカティアが日勤であることを思い出した。それなら大丈夫だ。少し歩調を緩める。


 階段を駆け上がり指令室に飛び込む。

 フィルとセスはすでに到着していた。


「何があった?」


 フィルが振り返って言う。


「司令官、うちじゃありません。19軍です。壁の後ろを取られたようです。しかも、昨日のことらしいです。今頃になって連絡がありました」


 あっ気にとられ、すぐには声が出ない。


「まる一日もたってからか? いったいどういうつもりなんだ」


 フィルは肩をすくめただけだった。

 すぐに気を取り直す。


「それで、どの部分だ?」

「報告では、中央より西寄りらしいわ。壁からの距離は不明です。シラナ川からは離れているとも言っています」


 カティアは、モニターを操作して問題の場所を示した。


「やはり、あっちにも来ていたか。結局、壁を下げるのは間に合わなかったな。それで、壁自体はどうだ?」

「今のところ、特に問題はないようです」

「今度のも第二形態なのか?」


 ザナの声が聞こえた。


「まだ、確定ではないけど、壁の後ろに現れたとしたらそうとしか思えない。とりあえず、西側を監視させるためにブロック2から空艇を出した」

「よし。中央ブロックだとしても、こちらとの接続点に直接の影響はないだろうが……出てきたやつらは北上するかもしれんな」

「普通なら、挟まれてしまう前に壁を後ろまで下げることになるわ。接続点を監視しておいたほうがいいと思う」


 こちらを確認したカティアにうなずく。


「そうすると、非番の戦闘隊も西に回しといたほうがいいな。うちの予備隊はどうなってる?」


 セスが自分の席から報告した。


「全隊、通常どおりの配置です」

「では、非番の戦闘隊はブロック1原隊位置で合流して待機。万が一に備え、ブロック2から非番のユニットを西に移動させる」


 外はすでに暗くなり始めていた。壁も明るさを増してきた。これだけ見ていると普通の日と何ら変わりない夜の始まりに思えてくる。

 問題は壁の後ろに出現したトランサーがどこに向かうかだ。報告を待つしかない。



***



 翌朝には、詳細な情報がそろった。

 トランサーは第二形態だが地上を進んでいる。大部分が南に向かって移動しているが、それ以外の方向に流れているものもある。地上を進んでいるにしては移動がかなり速い。


 19軍は壁を後退させる準備中だ。出現場所の南まで移動できれば事態を収拾できるはずだ。


 こちらのブロック1から3を下げる準備と、西からやって来るやつらを阻止するためにブロック3から5までの非番の隊も西面に回すことにした。

 それにしても、17軍がすでに移動してもういないのは問題だ。急いで移動しすぎたな。彼らがいれば、後ろに出現したと同時に対処できたものを……。


 ザナの声と後ろの席からの返答が聞こえた。


「17軍の現在位置は?」

「先ほどの報告では、依然、1ブロック隊が東に移動中です。このまままっすぐ進むとタリの北を通過しそうです。残りの2ブロック隊は南西に移動中です。カルプから5万メトレくらいの位置にいます」


 カルプはシラナ川とルリ川との合流点にある要衝だ。インペカールにとっては東端の重要拠点だ。あそこは絶対に死守しなければならない。

 振り向いて尋ねる。


「東に向かっている隊は、川を越えるのか、それとも、川に沿って南下するのか、どっちだ?」

「まだ、わかりません」


 南下すればウルブ7、川を越えれば国境だ。

 まさかとは思うが、オリエノールとことを構えるつもりではないだろうな。それともウルブ7へのけん制か。どっちにしても問題になりそうだ。本国はいったい何を考えているのだ?


 南西に向かった部隊は、カルプの前に展開するつもりだろう。いずれにしても壁を越えたトランサーと遭遇する可能性が大きい。


 そういえば、地下を進んでいたのになんで地上に出たんだ? 地上には何もないだろうに。それとも、今度も何か地上にあったのだろうか。とにかくやつらの行き先を探る必要がある。


「ザナ、第二形態の行き先をできるだけ早く突き止める必要がある」

「了解。そっちにはここから空艇01を出します。テッサに行ってもらう」

「よし、そうしてくれ。ただし、遠方からの監視だけだ」


 ザナはうなずいた。


「わかっている。2000以内には近づかせないようにする」


 さて、どうするべきか。

 やっかいなことになった、19軍の壁自体が崩れた場合にも備える必要がある。これはフィルにやってもらう。壁の後退とつなぎ目の維持はカティアにまかせておけばいいだろう。第二形態の追跡はテッサに。

 あとはキリーか。



***



 カティアから報告があった。


「アレックス、南に出たトランサーだけど、情報ではこれまで飛行はしてないとのこと。とすると、南下してルリ川に突き当たれば曲がる可能性が高いと思う。ここで、西に行けばカルプ、東に向かえば、その先はウルブ5よ」


 ザナがフィルのほうを向いた。


「ウルブはどうするつもり?」

「ウルブ5にはトランサーを阻止できるような自衛軍はない。少なくとも壁を作れるユニットは一つも配置されてない」

「それじゃあ、やはり……」

「そう、ルリより北側は放棄するしかない」

「それは、トランサーが飛ばないことが前提よね」

「もちろんそう。川を越えて飛んできたら、もうどうしようもない」

「できるだけ早く、やつらの南側に壁を築く必要がある。本当は17軍で押し返すべきだが、キリーは……」


 こちらを向いたザナは肩をすくめた。


「きっとカルプの防衛を優先するわね」


 うなずく。川のこっち側は見捨てられる可能性もある。

 セスが尋ねた。


「それで、トランサーの本体が東に向かってきたらどう対処しますか?」

「間違いなく東に向かって突き進んでくるわ。どこかで阻止しないと」

「でも、ザナ、途中にはウルブ5があり、そこを過ぎるとその先はウルブ7。そして、次はセインに到達する。どこで迎え撃つんだい。そもそも間に合うのかな」


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