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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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88 不都合な事実

 シャーリンはヤンの話をしばらく考えたが、彼の説は間違っていると思われた。


「そんなことが起きた証拠はない」


 すぐにヤンは首を縦に動かした。


「あなたは正しいです。それでも、そう考えざるをえない事実があります」

「どんな?」

「メリデマールの作用者たちが消えてから何か月もたって、一人の男がイリマーンに現れました。その作用者は、何というか、おかしくなっていました」

「おかしく?」

「ええ、その人の記憶はとびとびになって、明らかに考える力も失われていました」

「その人はメリデマールの作用者たちの一人だったのですか?」

「その集団と行動をともにしていたのは確かです」

「西の国といいましたね? なぜ、そんな遠くに?」

「それはわかりません。いずれにせよ、そのときにはメリデマールはなくなっていましたから、どっちみち帰る国はなかったわけですが」

「それで、そのあとどうなった?」

「イリマーンは帰還者を徹底的に調べましたが、結局、何も収穫はありませんでした。最終的には、その男の言動から、トランサーの出現を見たあとに気がおかしくなったと結論づけられました」

「でも、そんな話は聞いたことがない」

「もちろん、イリマーンはこの事実を公表していません」




「ところで、あなたは、作用力が命を縮めることを知っていますか?」


 話の急な変更に戸惑った。


「……もちろん。作用力を使いすぎると、精分を使いすぎると、それは命を削ることくらいは知ってる。作用者は皆それを理解して、一時に使いすぎないようにしているはず」


 ヤンはうなずいた。


「そうです。それでは、北で行われている、むなしい防衛戦についてはどうです?」


 何も知らないのに気づいた。無言を貫く。どういう話なのだろう。


「防御フィールドを維持するために、大勢の人と作用者をつないで、ばく大な作用力を生み出す。その資源をご存じですか?」

「従軍している兵士から精分を吸い上げ、周囲から集める精気とともに使用して、作用力を増幅しているんだろう? それは誰でも知ってる」

「そうです。でも、それが兵士たちの命を削っているとしたらどうです?」

「それは、一日の許容量を超えた場合だ。そうならないように半日ごとに交替する」


 ヤンは首を振った。


「本当のことは絶対に言えないでしょうから」

「でも、作用者にはそんなことは何も……」

「言っておきますが、作用者の場合は自分で制御できるのです。注意して使えば命を削ることもないです。でも、作用者ではない人から精分を吸い上げると、それは、ただちにそのまま命の代償となっているのです」

「そんな話、これまで聞いたことない」

「もちろんそうでしょう。わたしはあなたの言葉を信じます」

「あなたたちの目的はそれを公表することですか? そんなことを言われたら……」

「北の阻止線で何が起きるかは明らかです。あの壁を維持できなくなりすべて崩壊するでしょうね」

「そんなはずはない」




「これはきわめて重大です。前線を守らされている人たちに真実が知らされずにいるとしたら、大変なことだと思いませんか?」

「でも、壁が崩れたら、紫黒の海は何にも妨げられずにどんどん南下して……」

「そうです。数年で南岸まで到達するでしょうね」

「じゃあ、どうするんです?」

「資源も人もむだにせずに、一刻も早く移住を開始すべきなのです」

「それは、どんどん進められているはずでしょ? 違いますか?」

「壁を維持し続けることが前提。それが問題なのです。壁の維持にかける膨大な資源をほかに向けるべきなのです。我々は二十年前からそれを主張してきました。移住先の調査もそのころから始めています」


 そんな前から? 本当に?


「ところで、先ほどの話ですが、おそらくオリエノールでは、そのときの国主にのみ伝えられる。そう考えられます」

「知っていてなお、それを黙認している?」

「そのとおりです」

「もし国主が亡くなれば……」

「そうです。第二国子(こくし)がこの事実を受け継ぐことでしょう。この真実を知ったときにどうするでしょうか?」


 ヤンは身を乗り出した。


「次期国主には正しい判断をしてもらいたいものです」




「このことを、すでに第二国子にも話したのか?」

「会見は何度も申し込んでいます。いずれ、我々の話を聞いてもらえる時が来ると思っています」

「それじゃあ、あんたはなんでわたしに声をかけたんだ? こんな話を聞かせるのが目的じゃないだろ?」

「まあね、実はシャーリン国子、あなたのことが知りたいんですよ、わたしは」


 反論しようとしたが、ヤンは手を振って止めた。


「わかっています。それでは、代わりにわたしのことも話しましょう。わたしは、メリデマールの生まれです。でもその記憶はありません。ほんの小さい頃にインペカールの侵攻を受け、両親とともにウルブに逃れました。わたしは今でもメリデマールのものだと思っています。その意味では、メリデマールを亡国にしてしまった作用者たちのことは許せません」


 シャーリンはしぶしぶうなずいた。もし、作用者が原因で国を追われたんだとしたらだが。


「さて、よろしければあなたのことも教えてください。フランク国子はどこに行かれたのですか?」


 ゆっくりと首を振る。


「たとえ言いたくても知らないことは言えない。父は一年前に出かけたきり戻らなかった。どこに行ったのかも、そもそも、いま生きているのかそれとももうこの世にいないのかも不明」

「やはりそうですか。それでは、あなたのお母上のことはどうです? お母上はメリデマール人だという話ですが」

「なんで、誰も彼もが母のことを知りたがるんだ? わたしは、産まれる前に父に連れられてロイスにやってきた。父によれば母はメリデマール人。それ以外は何も聞かされていない」


 たとえ、母があのケイトだとしても、何も知らないのは同じ。

 だとすると、この人たちは、ケイトのことが知りたいんだろうか? 自分たちの目的が彼らと同じなことに突然気づいた。ケイトには何か秘密があるのだろうか。


 いろいろ考えながらも、ヤンがじっとこちらを見ているのが気になる。考えを読もうとしているかのように思える。


「ああ、そうですか。もちろん期待はなかったのですが、同じメリデマールのものとして気になったので」

「ご期待にそえず残念だ」

「よいのです。わたしは、あなたとお話しできただけで満足です」

「もしも……もしも、あんたの仮説が正しいとした場合の話だが、そうであるなら、わたしは、あの海の根本を絶ってこの大陸を人の手に取り戻したい」

「それには、伝説のメリデマールの、作用者集団並みの力量が必要ですよ」


 確かにそのとおりだ。



***



 シャーリンはひとり食堂をあとにして港に戻り始めた。丘には登らずぐるっと迂回して平地を歩く。しばらく行くとディードにばったり会った。


「シャーリン、どこに行っていたんです? 焦りましたよ。近くに姿が見えなくて。また……」

「ちょっと散歩しただけだ。いい運動になった」

「本当ですか?」


 ディードは後ろ向きで歩きながら、シャーリンが来たほうを見ていた。


「誰もいないよ」

「そうですか。ああ、ミアはもう帰ってきました。ぼくたちが戻りしだい出発するそうです」

「ああ、それは悪かった」


 上の空で答える。

 ディードはまだこちらをちらちら見ていた。

 あの、ヤンという男の言ったことは本当だろうか? どうやって調べたらいいか。ペトラがいれば……。彼女はきっと何か知っているはずだ。



***



「前方から空艇が来る。姿を見せないように」


 ミアがそう言うと、残りの三人はおとなしく窓から離れた外から見えない場所に移動した。


「これで空艇に遭遇するのは三回目ですよ。隠れるだけで彼らの追跡をかわせるんでしょうか?」


 ディードは心配そうだった。


「あれがあいつらの空艇かどうかはわからない。でも、ムリンガは、前と艤装が変わっているし船体の色も違う。それに、リンモアが海に出ていれば、まず彼らはそっちを追うはず」


 シャーリンも楽観的にはなれなかった。

 あの経験はもうごめんだ。


「そんなのでごまかせる相手とは思えないけど」

「とにかく、できるだけ早くウルブ5にたどり着くしかない。そこに何があるのかわからないがな」


 結局、今回も何事もなく空艇は南に飛び去っていった。


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