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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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86 忠告と別れ

「ザナ、カティア、おふたりにはとてもお世話になりました。おかげさまでダンはもとに戻り、家に、家族のところに帰れます」

「あたしは何もしてないけどね。ザナさまさまよ。そんじゃあ、ふたりにお茶を淹れてこよう」


 そう言うと、カティアは立ち上がった。滑るように飲料機のところに向かうカティアを眺めているカレンに話しかける。


「カレン、そこに座って。出発前に話しておきたいことがあるの」

「はい、何でしょうか?」


 椅子をこちらに向けて座ったカレンは、両手をそろえて膝の上に置いた。


「強制者のことよ」

「はい」

「カレンには西の国に関する記憶はある?」

「それが、全然です。地図で見る程度しか……たぶん子ども並みの知識です……」


 ザナはうなずくと説明を始めた。


「いわゆる西の王国と呼ばれる国は六つある」


 すかさずカレンが口を挟んだ。


「そのくらいは知っています。地図を見ればわかります」


 聞き流して続ける。


「いずれの国も作用者が絶大な力を持つと言われる。この中でイリマーンが一番、そして、ハルマン、ローエン、ここまでの三国は特に強いと考えられる」


 ほかの三国が弱いわけではないが、いまのところは問題ない。


「アデルのイオナはハルマンの皇女(こうじょ)。わたしの聞いている範囲では継承順位はそれほど高くないらしいけど、彼女はいわゆる陰陽よ」

「つまり、強制者でしかも対抗者なのですか?」

「そう、要するに、彼女の力は絶大だということ。おそらく、今は、この大陸のどこを探しても彼女を上回る作用者は……おそらくいない」

「今は、と聞こえましたが?」

「以前なら、彼女に勝てるものがいたかもしれない」


 カレンの驚いた顔を見つめる。


「以前……」


 そうつぶやいたカレンは黙った。




 以前なら、わたしが小さい時分には、まだ希望があった。しかし、今は、北からの混とん、西からの脅威、それらに対抗できる者はもはや存在しない。

 気を取り直す。


「それで、話しておきたいのは、西国の強制者は、オベイシャを伴うことがあるということ」

「オベイシャ……ですか?」


 カレンは目を閉じて何かを思い出そうとしているみたいだったが、すぐにこちらを見て静かに言った。


「オベイシャという言葉に関する記憶はないです」


 うなずく。本当にすべてを忘れてしまったようだ。


「オベイシャはいわば強制者の力を中継するものよ」

「中継?」

「わたしも詳しく知っているわけではないけど、強制者はオベイシャを通して、オベイシャが見ている相手に強制力を発動できると言われる」

「それはつまり、強制者自身に直接見られなくても、強制力を受ける。そういう意味ですか?」

「そういうことになる」

「そんな……」

「オベイシャは全員、赤い髪の持ち主だ」

「それはあたしのことだね。はい、お待たせー」


 カティアは二つの飲み物がのったお盆を差し出した。




 カレンはカップに手を伸ばしかけたものの、カティアの髪を凝視して動きが止まった。

 カティアは、ザナが飲み物を受け取ると、お盆を片手で持ち替え、あいた手を自分の髪に伸ばした。


「これねえ、しょうもないところで目立つんだよねー」

「カレン、大丈夫? カティアはもちろんオベイシャじゃないわ」


 カレンは我に返ったように差し出された飲み物を受け取ると言った。


「そうですよね。わたし、どうかしていました。すみません」


 カティアはお盆を机に置くと、ザナが座っている椅子の横に軽く寄りかかりながらさらりと言った。


「あたしの祖母は、西国の出身なんだよ」


 カレンは、カップを口元に近づけた状態で、その存在を忘れたかのように、カティアの顔を見つめていた。


「赤ちゃんの時にほかの人たちに連れられてメリデマールに来たの。そのあと、オリエノールに移って住みついた。だから安心していいよ」

「安心って、どういう意味ですか?」


 カティアに替わってカレンの質問に答える。


「西の強制者は、ごく小さいうちに、つまり、幼児の間にオベイシャを選び、その相手との結びつきを長い時間かけて作りあげるの。つまり、オベイシャは幼児期に強制者と食住をともにする。いったん、強固な結びつきが形成されるとそれは永遠に続く……」

「死ぬまで強制者の……力の中継者になるということですか?」

「そう、もちろん、オベイシャを通しての力には限界があると思うよ。正確にはわかっていないけど」




 カレンはこちらを凝視したまま。必死に何かを考えているようだ。


「これは、確実ではないけど、強制者は直接見たことのある者にしか、オベイシャを通しても、影響は与えられない。それに、はるか彼方から何でもできるわけじゃないし、もちろん超能力者でもない」

「強制者にオベイシャ。つまりイオナにもオベイシャがいるのですね?」

「イオナほどの者がオベイシャを持たないことはないはず。あなたたちは、一度、イオナに遭遇している」

「そうでした。それは、とても困りました。わたしはどうすればいいのでしょう? オベイシャも作用者なのですか?」

「いいえ、オベイシャ自身は何の力も持たないことが多い。でも、強制者と共鳴する能力があるのだと思う。どういうわけか、オベイシャになれる人はごくわずからしいの。強制者がどうやって適任者を探すのかは謎の一つよ」




「それでは、わたしはどうすれば?」

「結論から言うと、どうしようもない。さっきも言ったけど、オベイシャを通しての力は弱いはず。それにかけるしかないわ。でも、このことを知っているのと知らないのでは雲泥の差がある」


 カレンならおそらくかなりの程度まで対抗できるはず。


「わかりました、気をつけます。何に気をつければいいのかわからないのが問題ですけれど」

「あたしのような者に気をつけよってことじゃない?」


 カティアはほがらかに言うと、お盆を持ちあげて足取りも軽やかに去っていった。

 カレンはカティアの後ろ姿をあっけにとられたように追っていた。

 ザナもふわふわと歩くカティアを見ながら話を続ける。


「世の中には彼女のような髪を持った人はそれなりにいる。でも、彼女はあんなに陽気に振る舞っているけど、きっと大変な努力の積み重ねで今の地位にたどり着いたんだよ。しかも、この混成部隊で、オリエノール側の責任者だ。かなりの苦労があると思う。さらりとこなしているように見えるけど」


 カレンはカティアの背中を追いながらうなずいた。


「幸いなのは、ほとんどの人はオベイシャについて何も知らないことよ。もし知っていればたちまち深い溝が形成されてしまう。わたしも……」




 扉の開く音に振り向くとペトラが部屋に飛び込んできた。


「カル、準備ができたそうよ。クリスとダンはもう車に向かったわ」


 さっと立ち上がる。カレンが慌てて腰を上げるのが見えた。


「帰りは送っていけなくてすまない。こっちでいろいろやることがあってね。ここのところ、指令室でのシフトは全部ほかの人にまかせっきりだったしね」


 ペトラがこちらを見上げた。


「ありがとうございました、ザナ。とても多くのことを学べました。ダンをもとに戻していただけたのも、何とお礼を申し上げたらいいのかわかりません」


 そう言うと、ぱっと近寄ってきて、両手を広げるなり首に抱きついてきた。一瞬驚いたが、こちらもペトラの背中に手を回して、細い体を引き寄せるとぎゅっと抱きしめる。すぐに手を解いたが、彼女のほうはなかなか離れない。


 小さかったときのことが突然(よみがえ)ってきた。あの頃はわたしも同じように……。ふっと目を上げると、カレンがにこにこしてこちらを見ていた。


 思わず胸が締め付けられるような息苦しさを覚える。この感情はなんだろう? そのまま残った温かい感触に浸っていると、やっと手をほどいたペトラがこちらを見上げたまま少しだけ赤くなった。


 ペトラはひょこひょこと近寄ってきたカティアに向き直ると言った。


「カティア、とても助かりました。あなたがここに居てくれて、ザナのお友だちで、本当によかったです」


 すぐに、カティアの背中にも手を回して同じように抱きしめるのが見えた。

 カティアはペトラの甘えたような所作に少し驚いたようだった。


「はい、ペトラ。わたしは何もしてないけど、お役にたったのならとても光栄です」


 その間ずっとこちらに笑顔を見せていたカレンとも挨拶をした。


「それでは、これで失礼します。アレックスに、それに、フィルとセスにもよろしくお伝えください」


 ザナはうなずくと尋ねた。


「シャーリンたちがどうしているかはわかった?」

「まだですけれど、えーと、これから見つけてもらいます」


 再びうなずく。シアがいればそれは大丈夫だろう。


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