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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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85 基地での過ごし方

「おはよう、アレックス。おはよう、フィル。何か変わったことはあった?」


 ザナはいつになく機嫌がよさそうだ。アレックスがそう考えていると、フィルが目をこすりながら答えた。


「やあ、ザナ。こっちはいつもどおり、いたって平穏そのものだね。まあ、嵐の前の静けさとも言うけどね」


 フィルのほうを向いたザナはちくりと指摘した。


「この前の嵐から、まだ十日くらいしかたっていないでしょ。そんなに嵐を呼ばないでちょうだい」

「嵐を呼ぶのはうちじゃなくて、たぶん、お隣さんだと思うけど」


 確かにそうかもしれない。

 ザナがこちらを振り向いて聞いてきた。


「それで、その問題のお隣さんの、最近の動向は?」

「キリーの話だと、部隊の置き換えはほぼ終わったそうだ。こちらとの接続部もちゃんと機能しているようだし、今のところは問題なさそうだ」

「地下を進んでいる第二形態への、対策はどうなの?」

「オリエノールは我々に合わせて、5000メトレ下げることになって、昨日から実施するとカティアに報告があった。それに伴って、右側の接続点の調整を今日の午前中にすませてしまう予定。これと並行して我々のブロック5から8までもそろって下げる。そいつが終われば、右半分はしばらくは安泰になるな」




「それで、問題の左側は?」

「ああ、そっちも壁全体を後退させることはやっと決まったらしい」


 セスが口を挟んだ。


「インペカールも新しい壁を設置する前に決めればよかったものを。いったん配置した壁を全部下げるのは大変なことだと思うけどな」

「どうして?」


 ザナの質問は当然だが、19軍は新設の部隊だ。ちゃんと先を見ているかどうか。


「そりゃ、一つひとつのユニットが小さいから。全部の歩調をそろえて後退させる必要があるだろ?」

「そんなの最初から考えてあるでしょ。どっちみち、いつかは停止させて交替する必要があるんだし」

「そうかもね」


 ザナはこちらを向いて続けた。


「それで、キリーの部隊はどうしているの?」

「本隊からかなり下がった位置に(とど)まったままだ。どういう命令を受けたのかさっぱりわからん」

「ちゃんと見張っておいたほうがいいわ。あのキリーのことよ。何をしでかすかわからない」

「わかっているさ。ちゃんと指示は出してあるから」




 部屋の扉が開く音に振り返ると、レナードとエルが入ってくるのが見えた。

 ザナがさっそく聞いた。


「エル、空艇の修理状況はどう?」

「最優先でやっているわ。外回りの修理と交換はほぼ終わったし、今日はエンジンを交換する予定。もう一日あれば試運転までいけると思う」

「そいつはいい。あれがあるのとないのでは戦力が大違いだからな。引き続きよろしく頼むよ」

「了解、アレックス」

「それで、手前に再設置したセンサはどうなの?」


 エルは飲料機のそばにいるレナードに指を二本立てて合図したあと答えた。


「今のところ、反応はなしよ。といっても、安心できないところが問題だけど」


 新しく設置したセンサに反応があれば地下を進む速度が推定できるはずだ。その結果をもとに計算すれば、我々に残された時間が判明する。きっとかなり縮まるだろう。とても十年は持たないだろうな。


「インペカールには、予備部品の供給を依頼しているがいつになるかわからん。セスには別途ウルブからの取り寄せも頼んである。たぶんこっちのほうが早く手に入りそうだ」


 エルはため息をついた。


「そう、本国から見れば辺境は後回し。いつものこと……」

「今は愚痴を言っても始まらない。あるもので何とかするしかない」




「それで、隣の機械化部隊をどう思う、エル?」


 椅子を引き寄せて座ったエルは身を乗り出した。


「昨日、ブロック1のところに行ったときに偵察してきたのですが、あれは予想よりかなり小さいですね。あそこまで貧弱だと高さが足りないのが少々問題」


 ちょうど戻ってきたフィルが口を出した。


「それは本体を阻止線に近づければ解決じゃないのですか?」

「そう簡単にはいかないの。近くに壁を作れば確かに高さは稼げるけど、近くに張ると、フィールドの曲率が大きくなる。そうすると隣との接続の難易度が上がる」

「ああ、そうか。曲がりの大きいものを並べると、重なり部分をちゃんと合わせないとすき間ができる」

「そうよ」

「でも、うちのブロック1との接続はどうするの? そんなに違っていたら歩調を合わせるのも無理なんじゃ?」

「ご明察。いわば平面と曲面をつなげるようなものだから、交差面を深くする必要があるの。まあ、そのあたりの打ち合わせは昨日、向こうの技術者とカティアとの間で議論されたわ。カティアが言うには大丈夫だろうってことだった」




 飲み物を持って戻ってきたレナードに尋ねる。


「レナード、最近、正軍はどうですか?」


 レナードはエルとザナに飲み物を渡したあと答えた。


「それだがね、あんまりいい状態とは言えないな」

「やはり、そうですか」

「ああ、前から、たまに騒ぎは起きていたもんだが、最近はやたら多い。たわいもないことでもめ事が起きるし、喧嘩(けんか)も絶えない」


 セスが指摘する。


「ストレスがたまりまくってるからね。一日おきにまる一日狭いところで拘束というのが四回繰り返されると、休みが二日でしたっけ。それが一年間続くんですよね」

「そうだ。通常で一年、長いと一年半だ。それが終わると交替して本国に戻れることになってる」

「うーん、長いですよね。まあ、我々もずっとここに居るけど……」


 ザナは首を振った。


「わたしたちの場合はしょうがないでしょ。で、セスは何年契約なの?」

「一応、三年ということになってるけど……」


 フィルがもっともなことを指摘した。


「でも、このローテーションはずっと前から同じだろ。なんで最近になって不満が増えたんだ?」

「それはわからん。以前とは時代が違うせいかもしれんな。昔なら、通常の正軍に配属されていた者が前線に派遣されたものだが、最近は、最初から防御フィールドの維持だけが仕事だからな」




 ザナはカップの中身を確認しているようだったが、目を上げると話し始めた。


「少し前から気がついてはいたんだけど、長非番になってもタリに繰り出さない連中がけっこういるらしいわ。宿の女将(おかみ)がそう言っていた。ここのところ現れなくなった人たちが多いって」

「そうなのか?」

「ええ、アレックス。ここの宿舎で時間をつぶしているらしいわ。たぶん、タリに行ってもすることがないのか、行ってもつまらないのか。それとも、単に面倒くさいだけかもしれないけどね」

「運がよければ、休みは三日になることもあるけど、たいていは二日だよね。それだとタリに一晩泊まって戻ることになるから確かに面倒かも」

「そう言うセスはよく出かけているじゃない」

「まあね、お気に入りの店があるからね」

「いや、店じゃなくて、ひとだろ?」


 遠くからフィルの声が聞こえた。ちゃんと話を聞いていたらしい。

 セスは振り向いてフィルにちらっと目を向けたあと答えた。


「まあ、そうとも言える。どっちにしても、タリまで行く強い口実があるから、わたしにはね」

「確かにタリはちょっと遠いな。もう少し近いといいんだがなあ」


 フィルの意見はもっともだが、あまり近いと海に飲み込まれるまでの期間が短くなってしまうから、何度も新しい補給拠点を造らなければならなくなる。


「そうすれば、もっと頻繁に彼女に会えるからな」


 また、フィルの声が飛んできた。

 レナードが指摘する。


「もう少し、ここで気晴らしができるとストレスも抑えられるんだがな。まあ、若いもんにはそれでどうかなるとはとても思えんが」

「ここに娯楽施設を作るわけにはいかないし、レナードには何か考えがあります?」

「うーん、アレックス、わしには思いつかんが、誰か若いやつにでも考えさせるか? 突拍子もないことを思いつくかもしれん」

「はあ? そんなもんですか。それで、少しでも士気が上がるのならいいですが……」

「休みを組み替える案は検討する価値はありますかね?」


 そう言うセスにレナードはうなずいた。


「わからんけど、それも検討させよう」




 モニターの確認が終わったのか、こちらに合流したフィルが話題を変えた。


「ところで、ザナ、ダンの治療はどんな具合?」

「治療ね。確かに治療と言えなくもない。ここのところ、朝と夕方に二回、解除プロセスを実施しているの。だんだん効果が上がってきた。あと、二日くらいで終わると思うわ」

「それで、どんな指示を埋め込まれていたんだい?」

「わたしも、それが知りたかったのだけど……」

「わからないの?」

「そう、()ることができないの。解除すればそれがなくなるだけ。どうやったのかわからないけど巧妙に仕組まれているわ。きっと時間をかけて構築したに違いない」

「いやはや、ザナが太刀打ちできないことがあるとは驚きだね」

「フィル、いったいわたしを何だと思っていたの? 化け物だとでも? わたしは普通の作用者。相手は強制者にして陰陽よ。どう間違ってもかなうはずがない」

「それでも、何となくザナなら何とかしてくれるという雰囲気がたまらないよね、うん」

「それは褒め言葉には聞こえないわ、フィル」

「いや、いつだってわたしはあなたにぴったりついて行きますよ。地獄でもどこでも」

「たいした自信だこと。じゃあ、今度また、本物の地獄を体験させてあげるわ」


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