83 破壊作用
「最初に言っておきたいことがあるの」
ザナは歩みを止めて、後ろについてきたペトラと向き合った。
その向こう、かなり離れたところにある基地は建物の一部がかろうじて見えているだけだ。これだけ距離を置けば十分だろう。
「破壊作用を持つ人のほとんどは、本当の意味での破壊を行うことはできない。この力は使い方を間違えると大変な事態になるのは想像がついていると思う。つまり、それだけ、真の破壊作用を使う際には重い責任を伴う」
ペトラの顔を見ながら言う。
「あなたにはその覚悟がある?」
「はい、ザナ。この力の危険性はよくわかっているつもりです。だからこそ、その正しい使い方を知っておくべきだと思います」
こちらにまっすぐ向ける目を見ながらうなずいた
「いいわ。それでは、最初に、何ができるかを見せてもらえる? ここなら遠くまで何もないから、間違ってほかのものを壊したり生き物を傷つけたりする心配はない」
「わたしにできるのは、本当に些細なことです」
ペトラはあたりを見回し何かを探すように、地面を見ながら歩き始めた。
「小さなものならそれに力を及ぼせるんです。分解ではない何か別の作用を。今までやったことのあるのは、木の実とか果物とかそんなのでした」
ペトラは戻ってくると顔を上げた。
「ここにはそういう物はないです。あたりまえですよね」
持ってきたかばんを地面に下ろすと、中から透明な袋を取り出して見せる。
「これならどう?」
「はい、それです。どうしてこれが必要だとわかったんですか?」
袋の中から、ベリーの実を出して渡した。
「最初はこういうものから始めるのが普通だから」
ペトラは近くの岩塊の上にベリーを一つ置くとその前にしゃがんだ。こちらをちょっと見たあと、小さな果実に向き合った。
一瞬、距離が近すぎないかと言おうと思ったが、考え直して見守ることにした。彼女自身はこれから何が起きるかを把握しているはず。
すぐに、見逃してしまいそうな白いかすみがぽわっと発生し、周囲の岩肌にはわずかに黒っぽい液体が飛び散った。ペトラは尋ねるようにこちらを見上げた。さほど苦労せずにやっているようだ。
「いつ、これができるようになった?」
ちょっと考え込む仕草を見せたペトラから、すぐに答えが返ってきた。
「正確にはわからないです。半年くらいか、もう少し最近だと思います」
「それをやるときに何を考えている?」
「いつもやっているように分解を意識しているんですけど、頑張って力を入れるとこうなってしまうんです」
言葉を探しつつゆっくりと説明する。
「真の破壊は、徐々に進む分解と違って、物質を一気にばらばらにする作用よ。分解には、それができるものと、そうでないものがあることは知っているわね? できないものの代表的な物質は水よ。破壊者は水をどうにかすることはできない」
ペトラがうなずくのを確認してから続ける。
「ペトラがさっきやったことは、この中の水を壊したのよ」
持っていた袋を掲げる。
「このような果物はほとんど水でできているといっていい。その水を一度にばらばらにした。一見、水が気化したように思うけど、実際はもっとすごいことが起こった。わかる?」
「水だけに作用していたんですか?」
「水に作用力を働かせるのが最初にできることで、すべての基本よ。だけど、それ以外の簡単な有機物もそれほど苦労せずにばらばらにできる」
岩塊にこびりついた黒いものを指した。それを見たペトラから質問が返ってきた。
「水があれば、ものをばらばらにできるという意味ですか?」
「そう、水が含まれていればまず破壊できると考えていい。だけど、水だけを破壊すると水のあった空間だけが一気に膨張する。だから、周りのそれ以外の組成物は飛び散ることになる。それで、破壊作用を見ている者には、まるで爆発したように見えてしまう」
教えるのが決してうまいとはいえない。これで伝わっているかしら?
「え? そんな大変なことになってしまうんですか? でも、爆発には見えませんでしたけど」
ペトラは自分の作業結果をもう一度見つめた。
確かに、水だけではない。
「そうね。ペトラはたぶん、水と同時に周囲の有機物もまとめて破壊しようとしたのだと思う。だから、その実のかなりの部分が同時にばらばらになったと考えていい。それで、破壊しきれなかったものだけがそのまま飛び散った」
無意識のうちに全部を破壊しようとしたのだとすると、これはかなりのものだ。
ペトラの驚きが手に取るようにわかる。
「それじゃあ……」
口ごもるペトラに向かって伝える。
「もし、基本どおりに、水だけに力を向ければ、たぶん、ペトラは飛び散る破壊物を浴びてその服は台なしになったわね」
ペトラは思い切り額にしわを寄せた。
「もしそうなら、部屋の中ではやりたくないわ」
「これまでは、室内でそれをやっていたの?」
「はい」
単に幸運だったというか、それとも強運がついているのだろうか。
「もし、その力を人に向ければ、その人はばらばらになって飛び散る」
ペトラは顔をしかめたあとブルッと震えた。
「力をきちんと制御するのがいかに重要なことかわかる?」
「はい、ザナ。理解しました」
答える声が震えていた。
「それでは、まずは水だけでやってみようか」
かばんから水差しと小さな金属の皿をだして、先ほどの岩塊の上に皿を置いて水差しから中身を少しだけ入れる。
それからしばらくの間、何度も実践が続けられた。
最初は破壊しきれない水が残ったが、しだいにすべての水が消えるようになった。なかなか筋はいい。
「少し休憩しようか」
地面に座ると、かばんからいろいろなお菓子が入った缶を取り出して蓋をあけ、ペトラに勧める。作用力を使うと疲れるはず。
ペトラの顔が輝き、すぐに手が伸びてきた。タリで買っておいたのがこんなところで役立つとは。
飲み物の入ったポットも取り出し、カップを並べて注ぐ。その一つを手に取り両手で包み込む。じんわりと温もりが伝わってくる。お茶を味わいながら話を進める。
「破壊作用を使うときは、相手を探して、そこに力をあてることからやると思う」
ペトラは食べながら耳を傾けていた。
「たとえば、その玉菓子のような簡単な組成だと、それらを作用力で押すことで分子のつながりが壊れる。作用をあてること破壊者は押すという」
「そうなんですか。押す……わかりやすいですね。確かに押してる感じがします」
「少し複雑な、たとえばある種のタンパク質のようなものであれば、もう少し大変だが、基本的な軽い元素で構成されている分、原理は同じよ。押せば、より小さな分子になる。でも、元素レベルになるわけではない。このさじ加減を習得すれば、医術とか飛翔術に応用できる。それで、ペトラは何を目指しているの?」
「医術です」
そうだわね。継承権の所有者が産業に携わることなどないし、飛翔術を学んだとしても、たぶん使う機会は永遠に訪れない。
「ここまでは習ったとおりのはず」
「はい」
ペトラはお茶を飲み干して満足げだ。
「さて、破壊というのは、本来は、物質を元素レベルまでばらばらにすることよ。それと、分解が押したところから順に変成していくのに対して、破壊はまるで速度が違う。対象物をまとめてつかむことで一気に作用する。だから消滅したように見える」
「つかむってどういうことですか?」
「押すと分解作用、つかむと破壊。便宜上そう区別しているの」
「わかりました。もっと重いもののときはどうなりますか?」
「水が含まれない場合や重い元素だけで構成されている場合はまるで違うことになる。たとえばその岩に対しては、玉菓子や果実を相手にするように押しても何も起こらない。あるいは、水のようにつかんでやったとしても何も変化がない。金属のときも同じよ。一般的に圧縮に強い物体はすべて同じ結果になる」
そこで一息つきペトラの顔を見る。
「では、どうするか? 発想の転換が必要よ。重い元素が含まれている場合は、内側から押す必要があるの」
「内側から? 意味がわかりません。どうやって中から押すんです?」
ここが説明の一番難しいところだ。
「初めはさっぱりわからないと思うわ。ここがたぶん破壊の一番の鍵なの。まず、自分を物体の内側に投影する必要がある。なんて言ったらいいかしら。物質の内側に潜り込む必要がある。わかる?」
ペトラは首を横に振った。少し考えてから言い直す。
「普通の破壊者は外側からしか作用をあてられないの。でも、わたしたちは、その概念を捨てて、内側に入ることを第一に考えないといけない。中に入りさえできれば、そこから外側の全体をつかんで力いっぱい作用をかける。これで、ばらばらになるのよ。この岩だって、金属の塊だってばらばらに分解される。力が中途半端だと、砕ける程度だけど、きちんと全体に力が伝わっていれば、物質が消滅したように見えるところまで上達できるわ」
ペトラの顔には信じられないといった表情が見える。確かに、わたしだって最初はそうだった。きちんと教えてもらえる人がいなければ使えないし上達しない。
「もちろん物質を構成する元素が消えてなくなるわけではないし、いったんばらばらになっても不完全なら再構成されることもある。これは何を相手にするかによって変わり、その効果は千差万別なの。残念ながら、一つひとつ自分で確かめるしかない。大変なことよ。特に初めて相手にする物質の場合はとことん慎重に。実行結果が自分に跳ね返ってきて大惨事が起きないようにね」




