78 風変わりな同行者
一行の先頭に立って宿までの道を歩きながら、ザナは紹介された人たちについて考えていた。
カレンがひとりで来るとはこれっぽっちも考えていなかったが、そこに、オリエノールの国子が加わることはまったくの予想外だった。それに、クリスとかいうおそらく作用者は、見たところペトラの守り手と思われた。
わからないのは、ダンという男だ。何のために行動をともにしているのだろう? オリエノールの国子は、どこへ行く場合でもお付きの者を従えるのだろうか?
それにしても、どう見てもまだ子どもじゃないか。多くの疑問が次々と湧いてきたが、とりあえず宿についてからだ。
坂道に差し掛かったところで、ザナは後ろについてくる人たちに向き合った。
「宿はこの先の坂を登ると見えてくる。タリでは唯一の一等だが高台にある。ところで、晩食はまだだったかな?」
カレンがうなずいたのを確認してから続ける。
「たぶんそうだろうと思って頼んでおいたよ」
全員の顔にちょっとした驚きが浮かぶのを内心楽しみながら、まじめな表情を保ったまま話す。
「ここに来るまでに聞いたかもしれないが、前線部隊の兵士たち、インペカールにしろオリエノールもウルブの連中も、長非番になるとたいていここに来て滞在する。ここしか気晴らしをする場所がないからね」
それから、ペトラを見て言った。
「夜は出歩かないほうがいい」
彼女が神妙な顔つきでうなずくのを確認してから続ける。
「実は、部屋を二つしか取っていない。すまないが、二人で一部屋を使ってくれるかい? ここはいい宿だが、いつも混んでいてね」
***
四人とザナは丸いテーブルについて温かい食事を摂っていた。
食堂の一番奥の一角に席をとってもらったのは正解だった。それでも、ほかの人たちがこちらを気にしているのがわかる。
好奇の目で見られるのには慣れっこだが、黒い髪に黒い目のわたしがいるためか、それとも、この見慣れない組み合わせの旅行者たちを不審に思っているのか?
まあ、今回は後者ということにしておこう。
「そういえば、ちゃんと自己紹介をしていなかった。わたしはザナ、中立地帯混成軍の戦闘指揮官」
カレンが顔を上げた。
「え? そうだったのですか。わたしは、てっきり……」
「西国から来た観光者とでも思った?」
ザナはちくりと言ってみた。
カレンの顔がポッと赤らむのが見える。
「いえ、いえ、そういう意味ではなくて、あのー、受け取った伝言が簡単すぎて……」
ザナはひらひらと手を振ったものの、ため息をついた。
「どうやら肝心なことを伝え忘れたのかな? 困ったもんだ。実はあとでちょっとカレンに話しておきたいことがあるんだ」
「はい。わかりました」
「ところで、詮索するわけではないけど、カティアに会いに来たと言っていたね。どういう種類の用事があるの? もし、そちらの公用なら答えなくていい」
カレンは体を捻ってペトラを見たが、ペトラがうなずいたあと、こちらに向き直って話し始めた。
「国としての正式な訪問ではないのです。実は、こちらのダンのことなのです」
カレンは隣の連れを見た。
「ダンはわたしが住んでいるロイスの者なのですが、あー、その、なぜか強制者に拉致されてしまって、そのあと深層指令を埋め込まれて、第二国子のところに送り込まれたんです」
思わず身を乗り出す。このテーブルは離れているから、ほかの人たちに話を聞かれる心配はない。
「どんな命令?」
「爆弾を駐屯地に持ち込み動作させることだと思っています」
ザナはうなずいた。
爆弾を持たせただと? いささか物騒な手段だ。オリエノールの重要人物を抹殺しようとしたのか。
オリエノールの第二国子、確か、軍のトップだったな。まさかインペカールじゃないだろうな。そうだとしたらとても面倒なことになる。
ザナはダンを見て尋ねた。
「その指令がわかっているということは、実際に爆発させたんだね?」
「はい。仰せのとおりです」
「結果は?」
「申し訳ないことに、第二国子に大怪我を負わせてしまいました」
なるほど、暗殺には失敗したってことか。でも、手の込んだことをするのなら複数の深層指令があるだろうな。
「それで、その強制者に関する情報は?」
「実は、国都にも強制者が現れたのですが、わたしたちは同じ人ではないかと考えています。短い黒髪の若い女性でした」
やはりそうか。西の強制者。
「国都にも? それで、その彼女は何をした?」
「ロイスのシャーリンも拉致されそうになりました。何とか防げましたけれど」
シャーリンもか? もうそこまで実行していたのか、大変だ。
そこで、カレンの言葉に引っかかりを覚えた。防げただって? それはありえない。彼女ならそんな失敗は絶対しないだろう。
「西の王国のどれかが関与していると思っている?」
「はい」
ザナは少しためらったが、さわりだけ話すことにした。
「それは、きっと、アデルのイオナに違いない」
「アデルのイオナ? どうしてわかるのでしょうか? 黒髪の若い女性というだけで」
「彼女なら、かなり長続きする強制力をかけられるだろうし、たぶん西では一番じゃないかと言われている。国を出たとの情報もある」
「西の強制者に詳しいのですね? その人をご存じなのですか?」
どこまで話すべきか。
「この外見からお察しのとおり、わたしは西国の作用者の血を受け継いでいる。だから、彼らのことは多少は聞かされている」
何か言いたそうなカレンを手で制する。
「まあ、いずれにしても、ほかの指令も強制されているのは明らかね。一つなんてことはないし、だから非常にやっかい」
腕組みをして考える。まだ聞いていないことがある。
「それで、それがカティアとどういう関係があるの?」
この質問には、ペトラが答えた。
「力軍の司令官から聞いた話では、カティアの友人に優秀な対抗者がいると言われました。その方にお会いしてお願いすれば、ダンの強制を解いてもらえるのではないかと期待しているのです。カティアにお会いしてその方へのお口添えをいただこうと思って、それでここまで来ました」
ザナは、前屈みになっていた体を起こすと背中を椅子につけた。なるほど、そういうことか。あらためて一同の顔を順に見た。
「その話に登場するカティアの友人というのは、どうやらわたしのことらしい」
ペトラが身を乗り出した。
「え? あなたがその対抗者なのですか?」
そう言ったあと、さっと横を向いてカレンを非難がましい目で見た。
「カルは知ってたの?」
「いま知ったところよ。わたしは不作法なことはしない……ように努力しているの」
カレンは感知力をまだ使っていなかったのか。あらためて彼女を眺める。
再び身を乗り出しながら、あたりをそっと見回す。ここに、オベイシャはいないはず。試してみても問題ないだろう。
ダンの顔をまっすぐ見て、少しだけ探りを入れる。すぐに壁に突き当たった。そこでやめて背中をもとに戻す。
「ちょっと視させてもらったが、封印されている。これが、イオナの仕業としたらやっかいね」
「解くことができないということですか?」
不安そうなカレンの質問に答える。
「いや、たぶん解くことはできるけど、時間がかかるの。まず、ここですぐには無理。雑音のない静かなところでないと。基地に行ってからのほうがいいと思う。どうせ、みんな来るだろう?」
カレンとペトラがうなずいたのを確認すると付け加えた。
「ああ、すまないが、基地内ではそちらの方を隔離させてもらいます。安全のためにね」
「承知しております。指揮官どの」
ダンの顔にはわずかに安堵の表情が見えた。
「どうもありがとうございます」
そう言ったペトラはカレンと顔を見合わせていたが、明らかに喜んでいるようだ。
それから少したって食事も終わったころ、ペトラがこちらを見ておずおずと話し始めた。
「不躾な質問なのはよくわかっているのですが……ザナは対抗者であって、もう一つは何でしょうか?」
カレンがすかさず声を上げた。
「ペトラ、そんなことを作用者に、それも、初対面の人に聞いてはだめよ」
「そりゃあ、カルは聞かなくてもわかるからいいよね」
「使っていないと言ったでしょ」
「使わなくてもわかるんじゃないの?」
こりゃ、まるで姉妹の会話だな。
一度咳払いすると、ふたりがこちらを見た。
ザナは手をぐるっと回した。
「もう一つは破壊。どうせ、このあたりの作用者はみんな知っている」
「うわー、わたし、すごく感激しました。こんな出会いはめったにないです」
そう言いこちらを見つめてくるペトラの声には、いささか尻込みをした。
カレンは首を何度も振ったが、それ以上何も言わなかった。




