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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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76 ペンダント

 翌日、地下の倉庫を探し回って問題の箱を見つけると、メイの部屋に運んだものの、中身からは特に手がかりになるものは見つからなかった。

 再び倉庫に戻って、それ以外の箱も片っ端から蓋をあけて調べたが、関係ありそうなものは何も出てこない。


 午後になって、ディードとウィルが練習室に出かけてしまうと、残った三人はメイの部屋に集まってお茶にした。

 シャーリンはミアから作用力の高度な使い方について、いくつかの助言を受けた。


 メイの話によれば、作用者が訓練するための部屋があるという。そこには、攻撃や防御の習練が可能な設備も備わっているらしい。

 とてもいいことを聞いた。ここに滞在させてもらっている間に上達するように練習してみよう。




「ミアはウルブ7に住んでるって言ってましたよね」

「そうだよ、シャーリン。交易の仕事が一段落すれば、いつもウルブ7に戻ってる。あたしの家はウルブ7の南側の丘陵地帯にあるんだよ。今度うちにも来てほしい。まあ、ここに比べたら極小の家だけどね。でもひとりで住むにはあり余るほど広い」

「ここからだとどれくらいかかるんですか?」

「ウルブ1からウルブ7までは一本の川でつながっててね、ムリンガなら一日で行ける距離だよ」

「そうなんですか。ウルブ7って確かオリエノールとの国境近くですよね?」

「そう。国境を挟んでオリエノールのセインと同じくらいの位置関係かな。セインもウルブ7も相互貿易の拠点だからどちらも大きい町だ。ここほどじゃないけど、どっちも都市と言えると思う。あそこは、もっぱら電子機器に関連した産業が多い。それから金属を扱う大きい工場とかが並んでる」


 それからもミアの話は続いた。




 メイは話には加わらず、自分のペンダントをはずしていろいろな角度から眺めていた。ここからでも、うっすらと緑色の光を放っているのが見える。

 色が緑であることに今頃気がついた。何を見ていたんだか。わたしのは青色。色が違うことに今までまるで気づいていなかった。


 そうすると、ミアのペンダントの色も違うのかな。もしかすると……。


 突然、メイの大きな声が響いてビクッとした。


「そうか。この形よ。どうして今まで気がつかなかったのかなあ」

「どうした、メイ?」

 

 メイはペンダントを持った手を振り回した。


「お姉ちゃん、シャーリン、ふたりのペンダントを貸して」


 もう一方の手をこちらに向けて差し出す。


「いきなりどうしたんだ」


 そう言いつつも、ミアは自分のペンダントをはずしてメイに渡した。


 やっぱり違う色だ。しかも赤。ミアのは赤。赤に緑に青。シャーリンも自分のをメイの前に置いた。すぐに光が薄れ、普通のペンダントに戻る。


 メイは、それぞれのペンダントを手に取って慎重に調べていたが、したり顔でうなずいた。それから、三本のペンダントを持ってそろえると一つに合わせた。


「この変な形、何だろうとずっと思っていたの。ほら、こうやって合わせると、丸くなるでしょ」


 メイは三つのペンダントの、角のある側を内側にして合わせて一つにして掲げた。外側が丸い円柱状になったのがわかる。メイは一体になったペンダントの両端を両手で押さえていたが、一本だけが緑色に光っていた。


 そうか。それぞれがさわると光を放つ。そうならば、もしかすると……。

 シャーリンはメイが座っているソファに移動して隣に座ると、自分のペンダントに下から触れてみた。


 すぐに自分のペンダントが青色の光を発し、表面の幾何学模様が浮かび上がってきた。やがて、その光は隣にも広がり、シャーリンのものには逆に緑色の光が混じってきた。


「すごいわ」


 メイは興奮してうなずくと、さっとミアを見た。


「お姉ちゃん?」

「わかった」


 ミアが反対側に座って自分のペンダントに手を差し伸べた。

 触れた瞬間、赤い色の光が浮かび上がってきたが、すぐに、すべての光が強まる。少しすると、すべてのペンダントが三色の光に包まれた。光によって描かれた表面の模様が変化して、座っている三人の服にも映し出されている。


 思わず声を上げる。


「すごい仕掛けだ。いつもと違う絵になった。何てことなの」




 しばらく見とれていたが、メイの興奮した声が静寂を破った。


「これは、地図じゃない?」

「どれどれ、まぶしくてよく見えない」

「お姉ちゃん、ペンダントのほうじゃなくて、ほら、わたしの服に映し出されたのを見てよ。きっと宝の地図よ」

「そんなわけないだろ。おとぎ話じゃあるまいし」


 そう言いつつも、ミアの口調には熱がこもっていた。


「ちょっと待って。部屋を暗くして壁に映してみるわ」


 メイは部屋を走り回って、中の灯りを消し全部の窓のカーテンを閉めた。

 みんなで壁の前にソファを移動させ、真ん中に座ったメイが模様を壁に映し出した。

 しばらく、あれこれ眺めていたが、その間に、残りの二人がペンダントに直接触る必要はないことがわかった。

 メイの体に触れていれば、三色とも発光するらしい。


 メイはしばらくぐるぐると動かしていたが、最終的にペンダントを縦にした。ゆっくり回していたが、あるところで止める。


「ほら、お姉ちゃん、これ、ウルブの地図に見えない? 青いところは海と川よ。緑色は農地か森かな。赤はきっと町と道だわ」

「ああ、そこの右下がここ、ウルブ1だな」

「ほら、そのずっと上の赤いところがウルブ7よ。すごーい、本当に地図だわ」


 シャーリンもただ見とれていたが、やっと口を動かすことができた。


「びっくりで言葉が出ないよ。ぐるっと回して……オリエノールの西側とインペカールの国境付近も入ってるね」

「メイ、ちょっと止めて。その上の白い点はなんだろう? あれは色が混じって白くなってるんだよな」

「本当だわ、お姉ちゃん。他にも白いところがあるのかしら?」


 ミアとシャーリンは、メイがゆっくりと回す地図をじっと見つめていたが、最終的にミアが断定した。


「白く光っているのはあそこだけだ」

「あれはどこですか?」

「ちょうどウルブ5の少し南だな。距離がよくわからないが、あの赤い町の大きさが正しく表されているなら、町の大きさと同じくらい離れた位置だ。あとで地図を見て調べてみよう」

「それで、あの白い点は何を示しているのでしょうか?」

「宝のありかではないわね」

「これはきっと、あたしたち三人に関係ある場所に違いない。こりゃ、あそこまで行ってみるしかないな。それ以外に確かめようがない」


 すぐにメイがきっぱりと言った。


「わたしも行くわ。絶対に行く。これは、きっとわたしたちのお母さんからのメッセージよ。そうだ、名前をつけないといけないわ」


 意味がわからず尋ねる。


「名前? 何の?」

「わたしは、あそこにお母さんの家があると思う。だから、ケイトの家、と名付けるわ」

「ケイトの家、か」


 そうつぶやいたミアは腕組みをした。


「そこにきっと、何か重要なものがあるに違いないわ。ね、ね、すごいわ。わたし、興奮してきた」


 メイはペンダントを膝に置くと、両手で顔をあおいだ。上気して赤くなった頬が見えた。自分の体も熱っぽくなってきたことに気づく。

 立ち上がると窓に近づきカーテンを開く。窓も全開にした。空はすでに茜色に染まり、吹き込む風がとても心地よい。


「それじゃあ、あたしは船の修理状況を確認してくる」


 そう言い残すとミアが部屋を出ていった。


 ウルブ5か。遠いな。ミアの船が直らないとあそこには行けない。でも、あの強制者はきっと、この町のどこかにいるはずだ。どうやって出会わないようにできるだろうか?

 この家はずっと見張られているのだろうか? そう簡単にあの場所には行けないような気がしてきた。



***



 翌日、再び全員が集まった。ディードとウィルにもペンダントに隠された地図のことを話した。ミアが計画を説明する。


「ケイトの家まで行くには、まずウルブ5まで行く船が必要だ。ムリンガの修理にはまだ何日もかかる。さっき、ステファンに昨日のことを話してきた。このまま、ここをムリンガで出発したら敵に見つかる可能性が高い」

「別の船にする?」

「いいや、メイ、ここから出る船はどれも見張られている可能性が高い。そこでだ、二番艇はムリンガとそっくりだ。ステファンに頼んで、あれを試験航海に出す手はずにしてもらった。こっちが出かける前日の夕方だ」


 全員を見回してから続ける。


「それから、ムリンガの修理と並行して、艤装(ぎそう)も船体の塗装も変更してもらうことにした。それで、二番艇を海に出したあとで、こっちは夜明け前に川を(さかのぼ)る。これで、あいつらをまくことができる」

「そんな簡単にいくでしょうか?」


 ミアはこちらを向いて肩をすくめた。


「とにかく、やってみるしかない」


 全員が同意したあと、準備と用意するものについて話し合った。



***



「シャーリン、ロイスはどうでした?」

「ああ、ディード、昨夜、連絡してみた。やはりダンは強制者にやられたらしい。それで、アッセンでアリシアに怪我を負わせた」

「ダンはどうなったんです?」

「それが、強制者に支配されたままらしく、深層指令を取り除いてもらうために対抗者のところに向かったと言ってた。ウルブの北だそうだ」

「え? 国外に出かけたんですか?」

「そうらしい」


 不安そうなディードの顔を見つめる。


「クリスも一緒ですか?」

「カレン、ペトラ、クリスとフィオナが一緒に軍の輸送艇でセインに向かったらしい」

「ペトラとフィオナもですか?」

「ああ、そうらしいよ」

「ペトラを国外に行かせて大丈夫なんでしょうか?」

「うん、わたしもそれが少し心配。ディードがいないしね。やっぱりクリスと一緒に行くべきだったんじゃないの?」


 ディードは肩をすくめた。


「ペトラとクリスの命令ですから」

「うん、そうだった」

「でも、司令官がペトラの同行を許可したってことですよね?」

「ああ、たぶんね。あのアリシアのことだから、一緒に行かせるのにはちゃんと理由があるんだろう」


 ディードはうなずいた。


「それから、わたしはしばらくウルブにいるようにと言われた。まだ、国に戻るなと」

「それは、どうしてですか?」

「まだ、国都には強制者の影響下にある者がたくさんいるってことじゃないかな」

「対抗者が仕事を終わらせるまではだめという意味ですね?」

「そうみたい」


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