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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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72 メイの部屋で

 シャーリンはウィルを捜していた。

 廊下にディードがいたので声をかける。


「ウィルがどこに行ったか知らない?」

「さっき見ました。ミアのねこを捜してるみたいでしたよ」

「リンのこと?」

「そう、それ、リンです。ミアから頼まれたらしいですよ」

「なんで、リンを?」


 ディードは肩をすくめた。


「それは知りません。ねこのことですから何を考えているのか検討もつきません。ぼくは、メイに教えてもらった練習室に行こうかと思ってたところで。このところ、運動不足でして」


 なるほど、練習室か。わたしも、そこで力の使い方を訓練しようかな。作用者訓練用の部屋もあるのかな。


「うん、わかった。それで、ミアはどこ?」

「さっきは、あっちの部屋にいましたけど」


 彼は後ろを手で示した。


「そのときは、上の階を捜すとか何とか言ってました。こっちです」

「はあ、ありがとう」




 リンはねこだし、ねこはたぶん自由気ままに歩き回るか、どこかで寝るかのどっちかだよね。なんで、今さら? 

 二階への階段が目の前にある。この上だけど、勝手に歩き回っていいのかな。まあ、それにしても、だだっ広い屋敷だ。


 階段を上がり始めると、ディードもついてきた。

 振り向いて聞く。


「どっち?」

「さあ、わかりません。えーと、こっちを見てきます」


 ディードが右に向かった。

 反対側を見てから左に曲がる。途中で分かれていて、どちらに行こうかと考えていると、ウィルがリンを呼ぶ声がかすかに聞こえた。


「ディード。こっち」


 大声を出すと、急いで声のしたほうに歩いていく。

 廊下の角を曲がると、扉の開いている部屋が一つあり、その前にウィルが立っているのを発見した。


「ウィル、そこで何をしてるの?」

「ああ、シャーリンさま。リンがこの部屋に入っていったんです」


 中からメイの声が聞こえた。


「あら、リン、何しに来たの?」

「あのー、メイさん? ウィルです」

「入っていいわよ」


 ウィルはこちらを振り返った。


「ミアさんに捕まえるように言われたんですよ。逃げ出してしまって」


 そう言うと、部屋の中に入っていった。




「ウィル、待って……」


 ディードもやってきた。

 しょうがないな。扉から頭を入れる。


「メイ、入ってもいいですか?」


 正面の窓際に立っていたメイがひらひらと手を振った。


「あら、シャーリン、ディード、いらっしゃい。もちろんどうぞ」

「リンはどこですか?」

「あそこよ。窓枠の上」


 ウィルの問いにメイは天井の近くを指差した。


「シャーリンさま、その扉を閉めてください。また、逃げられたら大変です」


 扉をしっかりと閉めてからあらためて聞く。


「いったい、何の騒ぎ? なんでリンを捕まえるの?」

「よくわからないけど、注射が必要らしいです」

「リンは病気なの?」


 びっくりした。そんなふうにはまったく見えなかったけれど。

 代わりにメイから答えが返ってきた。


「はい、そうです。生まれつきなんです。定期的に薬を入れる必要があるんですけど、食べ物に混ぜてもなぜか見抜かれるので、最近はもっぱら注射に頼っています」


 ウィルはリンのいる窓を見上げて言った。


「でも、何かされると察知したのかな。降りてこないよ」




 シャーリンは窓に近づいて呼びかけた。


「リン、おいで」


 手のひらを体の前で上に向けてそのまま待つ。しばらくこちらをじっと見下ろしていたリンは、前触れもなくいきなり飛んできて腕の中に収まったが、その勢いに少し後ろによろけた。彼女はけっこう重い。

 急いで近づいてきたウィルの腕にリンを押しつける。


「ありがとうございます。助かりました」


 振り返って窓からの景色を見る。港が一望できることに気がついた。


「すごいですね、ここからの景色。ここってこんな高台だったんですね。港からこんなに上がってきたとは思っていませんでした。ああ、そうか、あの長い階段ですよね」


 ディードも窓のそばにやってきて見とれていた。


「ええ、ここからだと、外から戻ってくる船とかがよく見えるんですよ。ほら、今も大型船が入港してくるところ」

「すばらしい場所ですね」


 思わず感嘆のため息がでた。

 そこで、まだ扉の開く音がしないことに気づいた。


「ウィル、ミアのとこまでリンを連れていくんじゃなかったの?」


 返事がない。振り返って声をかける。


「ウィル?」


 いったい何をしているんだ?

 ウィルは壁の前で固まっていた。近寄りながらもう一度呼ぶ。


「ウィル、こら、立ったまま気絶してるんじゃないでしょうね?」




 ウィルは動く気配がない。代わりにかすれ声を出した。


「シャーリンさま、これ、見てください」

「何を?」


 やっとウィルがこちらを振り返って、壁に掛けられていた写真に向かって顎を振った。


「その写真ですよ。これ、カレンさんですよね」

「何を寝ぼけたこと言ってるの?」


 ウィルの隣に移動して示された写真に目を近づける。

 一瞬、心臓が止まりそうになった。その写真の中でカレンがこちらを見上げて座っていた。いや、カレンじゃない。髪が短い。

 もう一度よく見る。やはり間違いなくカレンだった。どういうことかわからず混乱した。


「その人はわたしたちの母です」


 メイの不思議そうな声が後ろから聞こえた。


「母の若いときの写真なんです」


 振り返って、メイの顔を見つめる。


「わたしたちって、メイとミアのこと?」

「そうです」

「あのー、おふたりのお母さまはこちらにお住まいなのですか?」

「母、ケイトは……だいぶ前に亡くなりました」

「え? それは、お気の毒でした」




 メイとミアのお母さんが子どものときの写真。振り返ってもう一度、目を近づけてよく見る。

 そういえば、写真の中の女性は、カレンと比べて目の色が薄いような気もする。でも、どうして? そのわずかな違いを除けばカレンそのものだ。


「でも、カレンさんにそっくりだよ」


 ウィルはまだ主張している。


「カレンとはどなたですか?」

「え? ああ、一年ほど前からロイスに住んでる、わたしの、えーと、妹みたいなものです」

「妹さん?」

「いや、実際はそうじゃなくて、血のつながりはなくて……実は、わたしも彼女がどこから来たのか知らないのです」


 本当にカレンのことを何も知らないことに思い至り、一瞬ゾクッとした。本当にこの写真の女性?

 いやいや、そんなはずはない。この女性はもう亡くなったと聞いたばかりじゃないか。


 いつの間にかディードが隣で同じ写真を見ているのに気がついた。しきりに顎を撫でている。


「確かに、この女性はカレンに生き写しだ。髪の長さが違うほかは……」




 扉の開く音に続いて、ミアの声が聞こえた。


「なあ、メイ、リンを見なかったか?」


 全員が首を回してミアを見た。

 ウィルの腕の中にリンが収まっているのを見たミアは言った。


「ああ、そこにいたか? みんなそろってどうしたんだい?」


 ミアは不審そうな顔を向けた。

 知らず声が甲高くなってしまった。


「ミアは知ってたの?」

「いったい何の話だ?」


 目の前の写真を指差す。ミアはすたすたと近づいてくると写真の前で微動だにしなくなった。しばらくたってメイを見る。


「メイ、これをどこで?」

「この前、荷物を整理してたら出てきたので、わたしの部屋に持ってきたの。いけなかった?」

「ミアのお母さんなんでしょ」


 ゆっくりと縦に首を振るミアを見つめる。


「わたしたちがリセンでミアに会ったとき、カレンを見てびっくりしたはずよね。この写真の人とそっくりだもの。ああ、それとも、前からカレンのことを知ってたの?」


 自分でも声がきつくなるのを感じた。深呼吸して必死に動悸(どうき)を抑える。


「いいや、そんなことはない。あのときは、心臓が止まりそうになったよ。あんたたちに気づかれたと思った」


 シャーリンは首を何度も振った。


「どうして教えてくれなかったの?」

「ちょっと待ってよ。いったい何の話をしているの? わたしにもわかるように説明してちょうだい」


 そこで、みんなが一斉にしゃべり出した。すぐに、ミアが大きな声を出す。


「ちょっと黙ってくれ。あたしが悪かった。ちゃんと説明する。とにかく座ろう。立ってする話じゃない」




 ミアはリセンでシャーリン、カレンとウィルに出会ったときのことをメイに話して聞かせた。


「あたしもカレンを見たときは心底驚いたよ。カレンにいろいろ聞きたいと思った。ケイトとの関係をさ。でも、どう切り出せばいいか、どういうふうに聞けばいいかわからずに悩んだ。その間に、とんでもないことになって、尋ねる機会がなくなった……」


 次にシャーリンがカレンとの出会いをメイに簡単に話して聞かせた。

 ミアの顔を見つめる。そうだとしても、カレンとミアのお母さんはどういう関係なのだろう。単に、たまたま似ているだけなのだろうか。いや、そんな偶然はそうそうあるものではない。

 偶然なんかで終わらせてしまうことはできない。


 ミアは大きく息をつくと言った。


「あたしは、カレンが妹じゃないかと思ってる」


 メイのびっくりした声が続く。


「妹? わたしたちの? 妹がいるなんて、そんな話、お母さんからもお父さんからも聞いたことないわ」

「わかってるよ、そんなこと。でも、そうじゃないと説明がつかないんだよ。さっきの話を聞いていただろう。一年前にひょっこりシャーリンの前に現れたケイトに生き写しの女性」

「あ、そうだわ。妹だとしたら、わたしたちと同じ氏を……」

「カレンの氏は両方とも、あたしたちのと同じだ」。


 え? ミアたちとカレンは同じ承氏(しょうし)継氏(けいし)を持っているの? 知らなかった。

 メイは両手を口に当てた。


「それじゃあ、お父さんに聞けばわかる?」


 ミアはしばらくメイの顔をじっと見ていたが、とても静かな声で言った。


「承氏が同じでも、父親が同じという証拠にはならない」


 みんながまた一斉に声を上げた。ミアは両手を何度も振ってほかの人たちを黙らせる。


「とんでもない発言だということぐらいわかってるよ。明日ステファンが戻ってきたら聞いてみるよ。違うかもしれないだろ?」

「でも、それって、お母さんがほかの人と……」

「うん。そういうことになる……それはそれで大きな問題だな」


 みんな黙り込んでしまった。

 カレンの母親がこの写真のケイトだとして、父親は誰なのだろう? その時一つの考えが浮上してきた。

 もしかして、わたしの父がカレンの父親なの? わたしたちは本当の姉妹なの? まさかね。


 でも、よく考えると、その可能性は捨てきれない。あの日、カレンがロイスに現れた日、すでに父は出かけていて、そのあと戻らなかった。

 どこに出かけたのだろう? カレンを迎えにどこかに行ったのだろうか?

 いくら考えてもわからない……。


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