表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/358

70 ペトラ頑張る

 クリスが近くの兵士に問いただしている声がかすかに耳に届いた。


「撃ったやつはどうした?」


 カイの声は、耳が何かで覆われたようにこもった音で、聞こえにくかった。


「いま探している。犯人は向こうにいたようだ。あの音だと貫通弾かもしれない」

「肺がやられてる。出血が(ひど)くて止められない」


 ソラが向かい側にいる衛生兵に向かって言う声で我に返った。


「おい、ここをこのシートで強く押さえるんだ。拍動を押さえないとまずい。ここから薬を入れる」


 ペトラの涙声が聞こえる。


「カル、どうしよう? フィンはわたしを守って撃たれてしまった。ソラ、ねえ、何とかして、お願い」


 ペトラは両手をきっちり組み合わせていた。

 隣のクリスの顔は真っ青で、その両手がきつく握り締められ、ただじっと立っている。何もしゃべらずに耐えている姿が、この状況の深刻さを物語っていた。


「ペトラさま、胸を撃ち抜かれたようです。出血がとても多くて、助けようがありません」

「でも、血を止めればいいのでしょ? 違うの? 手術とか何か助ける方法があるでしょ?」


 ペトラは血に染まった手をソラに向かって差し伸べた。

 ソラが首を振るのが見えた。


「ないの?」


 ペトラはそうつぶやくと手をだらりと下げた。


「残念ですが、これだと胸の中がおそらくずたずたです。ここでは手術もできないし、船まで運ぶのも無理だ。それに、あの輸送艇にはちゃんとした手術の設備もない」

「それじゃ、医術者は?」


 ソラはまた首を振った。


「医術者なら助けられるかもしれません。でも、今から、セインから呼び寄せてもとても間に合いません」




 その時フィオナが少しだけ目を開き、何かを探しているようなそぶりを示した。


「フィン、ごめん。フィン、わたしが……しっかりして、どうかお願い。死なないで」


 フィオナの手がかすかに動いた。ペトラはその手をつかんで両手で握ると言った。


「許して、フィン。本当にごめん。お願い……」


 フィオナがやっと苦しそうに言葉を発した。

 その声はほとんど聞き取れない。


「ペトラさま」

「フィン……」


 ペトラの目から涙がどっと(あふ)れてきた。


「ペトラさま、お話ししておきたいことが……」

「だめ、フィン、しゃべっちゃだめ。話はよくなったら聞くよ」


 フィオナはかすかに頭を動かした。


「いましか……ないのです。いま、お話ししなければ……」


 フィオナの口から血が(あふ)れてくると、ソラがフィオナの頭を抱きかかえた。ごぼごぼと苦しそうな音が聞こえた。


「おい、気道管をこっちに。おまえは脇から排液だ。慎重にやれ」


 ペトラは首を何度も横に振った。それから顔を上げるとカレンを見た。


「カル、わたしはどうしたらいいの? 助けて、お願い……フィンを助けて」




 カレンは、フィオナの胸を真っ赤になったタオルで押さえている医療者、何とか呼吸を確保しようとしているソラと衛生兵から視線をそらし、何もない薄暗い空をすがるように見上げた。


 考えるのよ、カレン。フィオナを助けるには医術者が必要。作用者、生成と破壊のふたりが必要。ふたりどうしてもいる。カレンはソラのそばに膝をついた。


「医術者はペアでないとだめと聞いたけど、ひとりでは無理ですか?」

「この状態では、生成者と破壊者のふたりがいて、協力して同時に医術を施さないと。ひとりでは不可能です。出血を排除、それを変換して、同時に、血管を再建しないといけない。それも時間との闘いです」


 突然、答えが出た。


「ペトラは両方できる」


 ペトラが顔を上げ、血だらけの右腕で目をこすった。


「どっちか片方なら、何をするか教えてもらえればできるかもしれない。けど、もうひとり必要なんでしょ。ここには、ほかに誰もいない。カルもクリスもカイも違うし……」




 カレンはペトラを手で制して言った。


「ペトは両方できるでしょ」

「どっちかならできる。わたし、やるわ。でも、もうひとり……」

「ペトラは両方の作用を使えるでしょ。どうなの?」

「だって、同時にでしょ。そんなのありえない」

「どうしてありえないって言えるの?」

「ふたつもちは二つの力を同時に使うことはできない。ちゃんと教わらなかった?」

「何を言っているの? 自分で確かめたの? 真実の扉は自分で探さなければ決して開かれないのじゃなかった? そう言ってなかった?」


 ペトラは口を開いたまましばらくカレンの顔を見つめた。それからフィオナを見下ろした。

 何か話したそうだったフィオナはすでにこん睡状態にあるのか身動きひとつしない。ソラが操作する小さな機械の、規則的な動きだけが見える。


「フィン……」


 それから顔を上げた。その表情には強い決意が垣間(かいま)見えたような気がする。ペトラはこくりと首を縦に振った。


「カル、わたし、どうすればいい?」




 カレンは、大きく息をつくと、ペトラとカレンを交互に見ていたソラに向かって言った。


「ソラがどうしたらいいかを指示してくれます。わたしがペトラの作用を補助してあげる。大丈夫、自分を、自分のしようとすることを信じなさい。ふたつもちが同時に二つ使えないなんて教わったのは全部忘れること。いい? さあ、まずは右手をわたしに預けて、左手を使って仕事を始めなさい」


 カレンは場所を空けてくれた、ひとりの衛生兵の代わりにペトラの隣に座った。ソラはフィオナの上服を開き、肌衣(はだい)は切って取り除いた。みるみる血が(あふ)れてくる。

 ペトラが差し出してきた手首を左手でそっと握ると言った。


「ソラ、ペトラに指示をお願いします」


 右手を動かしてフィオナの手首に置く。とても冷たかった。そのまま握りしめる。普通の人に精気を送り込んでもしょうがない。


 シャーリンとつながったときに、精気に加えて作用そのものの流れも感じたことを思い出した。あれが作用の補助になったのだとしたら……。

 普通の人でもそういった力を投入すれば少しは助けになるのかしら。


 ソラはすぐに早口で話し始めた。


(あふ)れた血でもう補助呼吸も難しくなっています。まず、その血を分解して無害化したあとそこに保持します。すぐに再建に使うので消滅させないように気をつけてください。自分のでないとうまくいきませんから」

「それはやったことがある」


 ペトラは左手をぐちゃっとなったフィオナの血の海に押しつけると目を閉じた。

 ソラはカレンに向かってうなずくと、近くにいた別の衛生兵に向かって言った。


「何人か連れて、これから言う物を船から運んでこい。全速力でだ」




 ちょっとして、ソラの落ち着いた声が聞こえた。


「今の作業を続けながら、たぶんずたずたになってると思われる血管を再建して血液を通せるようにする必要があります。生成者の出番です」


 カレンはうなずいた。静かに話しかける。


「聞こえる? 今の作業は左手にまかせるの。作用力の流れは全部左手に向けておいて。右手への力はわたしが入れる。右手でしたいことを考えるだけでいい。わかった?」


 答えるつぶやきが聞こえ、右手が動き左手の隣に押しつけられた。カレンはその手を覆うように左手を乗せる。


「うん、何をすればいい?」

「まず、一番太い血管を探してください。それをたどって損傷したところを見つけて生成作用を使って管壁を合成するのです。つながるまで全部直す必要がある」

「探すのはたぶんできる。そのあとは……見つけてから考える」


 ソラは周囲の者に指示していた。


「体をできるだけ温める必要がある。ショック状態になってからだいぶたつ。血が足りないからこのままだと頭と末端が死んでしまう。さあ、どんどんやって。輸液だけじゃあまりもたない……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ