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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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69 不穏なメダン

 カレンは、カイと並んで、作戦室と呼ばれている部屋にいた。


「メダンに守備隊を送り込むために、この先で少し停泊します。夜にはセインに着く予定です」

「メダンには通信塔があるのですよね?」

「我が国最大の通信設備があります。あの塔がなければ北方の紫黒の前線にいる隊との連絡ができませんから、とても重要な通信拠点です。国都での一連の事件といい、反体制派の活動が活発になっているので、大幅に増員されることになりました。かなりの人数ですよ。これから春までの間、守備と通信塔の機能維持にあたります」

「セインとの連絡にもメダンが使われるのですか?」

「セインならロイスの通信塔からでも結ぶことはできます。でも、ロイスからだと、北方や中立地域にいる部隊との直接通信は無理でしょうね。もちろん、そのあたりの町ともです」

「東海岸沿いの山にも通信設備があるのでしょう?」

「もちろん、ありますよ。いくつもの通信経路がないと故障したときに困りますからね。さあ、見えてきましたよ」




 少し前に現れたペトラが感嘆の声を上げた。


「へえー、湖みたいに広いね」

「実際、湖なのよ。確か、ここが一番高いところで、ここからセインまでは今度は下りになるのですよね」

「そうです。けっこうな高さまで川を上ってきたんですよ。カレンはセインに行かれたことがあるんですか?」

「ええ、何度か。国都は初めてでしたけれど」

「すごーい。本当に湖だ。いい眺め」

「あそこに船を泊めるところがあります」


 カイは進行方向のやや右側を手で示した。


「それで塔はどこにあるのですか?」

「ほら、あそこの港のすぐ後ろに山が見えるでしょう。あの頂上にちょっと見えているのがそうです」

「湖のすぐそばにあんな山があるのですね?」


 けっこうな高さの山が湖にせり出さんばかりにそびえていた。確かにその山頂と思われるあたりに針のようなものが見える。




 カイは遠視装置をペトラに差し出した。


「これでご覧ください。よく見えますよ」


 ペトラはあっという間に迫ってきた山に装置を向けたが、しばらくしてうなった。


「うーん。船が揺れるとすぐ見えなくなる。これ、まっすぐ向けているの難しいね。首が痛くなってきた」


 船は桟橋の近くに来てからは操船でかなり揺れていた。大自然のまっただ中とあってとても静かだ。町のようなものは影も形もないのがわかった。大きな建物が一つあるだけ。


 窓から頭を出して秋の冷たい風を頬に受ける。それから、感知力を伸ばしてみた。人がもたらす作用力はこの船以外からは何も感じない。本当の自然界だった。


 最後に少しだけ震動した船が桟橋に横付けされた。すぐに揺れもおさまり、足に力が入ることもなくなる。窓から見下ろすと、甲板ではさっそく下船を開始したのがわかった。




 通信塔があるという山の上に力を向ける。ここでは、何の心配も制限もないので、思い切り手を伸ばしてみた。

 目を閉じて耳を澄ます。すぐにシグを感じた。おやっと思い目を開く。たぶん山のてっぺんだ。今いる守備隊の人たちだわ。


「カイ、あの山の通信塔には力軍(りきぐん)も人を派遣しているのですね」

「いや、通信塔の維持と守備は正軍だけで行なっています。少なくともメダンには力軍はいないはずです」

「山の上には作用者がいるみたいです。遮へいされているようで、はっきりしないのですが」

「遮へいですか……」


 そう言ったあと、カイは山に顔を向けてしばらくじっとしていたが、首を振って目を開いた。


「わたしには無理ですね。人数はわかりますか?」

「たぶん、二人かと思います」

「操舵室に上がって、守備隊の指揮官と話してきます。桟橋のそばに建物が見えるでしょう。いったん降りて、あそこで休むといいですよ。少し体を動かしたほうが気分転換になりますから」


 カイはそう言うと、急いで部屋を出ていった。


「それじゃ、クリスとフィンをつかまえて一緒に行こう。あそこには何か食べるものがあるかな」

「またおなかがすいたの? あそこにはきっと何もないと思うけど。ここからだと、ただの倉庫に見えるわ」

「わたしは食べ盛りなの。いいから、とにかく降りるよ。フィンを探してくる。桟橋で待っててね」


 ペトラはそう言うと小走りで部屋を出ていった。



***



 カレンはクリスと並んで港の施設の中に入った。外から見えた以上に奥行きがあり、けっこう広々としているのがわかった。


「ここは、休憩所でもあるけど、向こうは宿泊施設のようです。ここに寝泊まりして、塔の維持をするんでしょう」

「あの機械は何でしょう?」

「たぶん、水の浄化装置じゃないかと思います」

「物資が山のように積まれていますね。それに、よくわからない設備がいろいろあるわ」


 そこに、カイがやってきたが、いささか深刻そうな顔をしていた。


「ここから上と連絡できないので、中隊を派遣することになりました。すでに敵が現れたと想定するしかないようです。被害があるかもしれないので技術班と医療班も同行させます。そういうわけで、船の出発はここの安全が確保されるまで待ちます」




 クリスは山を見上げて、不安そうな様子を見せた。


「カレン、その作用者たちの動向はどうです?」

「まだ感じられます。この遮へい、かなり強いです」

「作用者相手だとやっかいだな」

「中隊は対作用者用の武器を所持しているし、それなりの訓練も受けている」


 カイの言葉にクリスはうなずいた。


「それでも心配だな。彼らの居場所が特定できないと」


 カイはちょっと考えていたが、あらためてカレンを見て言った。


「あの山の上まで、一緒に来てもらえませんか? 危険がないように正軍がお守りしますので」


 それからペトラのほうを向いた。


「レノ・ペトラ、カレンさんをしばらくお借りしたいのですが」


 ペトラはうなずいた。


「クリスをカルの護衛につけるわ」


 そう言いながら、振り向いてクリスの袖をポンポンと叩いた。


「でも、ペトラ……」


 ペトラは指を立てた。


「クリス、わたしは大丈夫。ここは安全です。大勢の兵士がいるから」

「わかりました。この建物か船の中にいてください。それに、何かあった場合には、すぐに待避してください。いいですね?」

「わかってる。カルをよろしくお願いね。アリーももっと力軍から人を送り込んだほうがよかったんじゃないかな」

「力軍にはそれほど余裕があるわけじゃない。国都のほうも大変だし」


 クリスは何度か首を振った。


「では、すぐに出発しますので、支度をお願いします」

「フィオナ、ペトラにはくれぐれも注意していてください」

「はい、クリス。おまかせください」



***



 カレンはクリスのすぐ後ろに続いて、黙々と坂を登っていた。けっこう急な上りだ。通信塔がしだいに大きくなってくるにつれて、それが山の上にそびえる巨大な塔であることがわかってきた。


 一瞬だけ複数の作用がはっきりと感じられた。思っていたより多い。三人か。しかし、すぐにまた遮へいに閉ざされた。

 カイがこちらに近づいてくるのが見えた。

 カレンが立ち止まったのに気がついたのか、クリスが振り返った。


「どうしました?」

「塔の少し右に三人います。防御者に攻撃者がふたり、そのうちひとりは遮へい者」


 これを聞くと、カイはうなずいて近くの岩場を指し示した。


「カレン、あそこでお待ちください。敵の場所はわかりましたので、中隊はこれから交戦することになります」


 素直にカレンはうなずいた。




 間もなく、前方が静かな戦闘状態に入った。エネルギー兵器の発光が何度か見えた以外は物音がしないまま、時間が過ぎていく。少したったころ、機械式銃の音が幾度か響き渡った。


 クリスは岩陰から武器を構えて前方を見ていたが、カレンは岩盤に寄りかかったまま、反対方向、登ってきた道をぼんやりと眺めていた。

 振り返ることなく尋ねる。


「クリス、敵は何のためにここを襲撃したのでしょうか?」

「わたしも疑問に思っていました。ここから見た感じでは塔に被害はなさそうだし、下の建物も見た目には異常ない。国都でやったように、通信施設を破壊しに来たのかと考えていたけど、どうやら違うようだ」


 目を閉じて集中する。


「ここに来る道はほかにもありますか?」

「さあ、それはわからない。道を使わなくてもいざとなれば登り降りはできそうだが」


 閉じていた目をあけて言う。


「作用者たちが遠ざかっていくみたいです」


 振り返ってクリスを見た。

 彼は構えていた銃を下ろすと、こちらを向いて安堵(あんど)の表情を見せた。


「撤退したか。でも、置き土産があるかもしれないから、しばらくここで待機しましょう」




 結局、塔は正軍が奪い返し、敵は反対側の急斜面からすばやく撤退していった。

 まもなくカイが戻ってきた。


「特に大きな問題はなさそうです。ここに駐留する部隊だけで、あとは何とかなりそうです。負傷者の手当てをしていますが、我々は先に下山しましょう」


 下りも同じ道を通ったが 登りよりさらに大変だった。だんだん足の先が痛くなってきた。自然と歩みも遅くなる。


 やっと平らなところまで降りてきた。あとは山の裾に沿って戻ればいい。かなり先を歩くカイに追いつこうと歩みを早めた。


「もう少しだ。あそこを曲がれば船着き場に出る」


 クリスがそう言ったとき、バーンという音が聞こえ、二度、三度、右の山から残音が響いた。

 カレンは頭の中に衝撃を受け両手で耳を押さえるとうめいた。そのあと、クラッとして片膝をついた。


「あれは物理銃の音か?」


 クリスが振り返ってこちらを見た。


「カレン、どうしました? 大丈夫ですか?」


 彼がすばやく近寄ってくる。心配そうな顔のクリスを見上げた。

 出した声が思いのほかかすれる。


「ペトラが……」

「なんだって? まさか……」


 クリスは、それ以上聞くことなく向きを変えると走り出した。カレンは何とか立ち上がると、クリスを追いかける。

 何度かつまずいて転びそうになった。


 港に通じる道に向かって曲がると、遠くで大勢の人が走り回っているのが見えた。クリスとカイは走りながら何か叫んでいる。

 桟橋の向こう側に目を泳がせて、何が起きているのか把握しようと努力したが、考えもまとまらない。




 桟橋にたどり着いたクリスが振り返ると叫んだ。


「カレン、向こうです」


 クリスとカイが駆けていく先に人だかりが見えた。そちらに向かってがむしゃらに走る。

 やっと、ふたりがいるところにたどり着いた。大勢の人が立っていてよく見えない。息を切らせながら人混みに近づくと、クリスの向こうにペトラの頭が見えた。


 カレンは安堵(あんど)して大きく息をついた。よかった。ペトラは無事だ。


 カイが次々と指示を出し、兵士たちが銃を構えて走り去るのが見えた。いったい何が起きたの?


 その時、ペトラのくしゃくしゃの顔が見え、その下にフィオナが倒れているのが目に入った。そばにはソラともうひとりの衛生兵がしゃがんでフィオナの胸を押さえている。


 ソラが何かしゃべったが、もはや何も聞こえてこなかった。

 フィオナが銃で撃たれたの? どうして? 茫然としてペトラを見る。


 ペトラがこちらを見上げて、震える手を伸ばしてきた。


「カル、どうしよう? フィンが、フィンが撃たれた。わたしの代わりに……わたしのせいで……」


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