表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/358

68 ドニの悩み

 フェリシアがフィオナとクリスと、荷物を載せた車で戻ってくるのが窓から見えた。

 カレンがペトラと一緒に、急いで入り口のホールに行くと、すでに三人が荷物を運び入れているところだった。


「お帰り、フェリ」


 カレンは入り口に置かれたかばんをホールの中央まで引きずってきた。

 ペトラはかばんの周りにできた水たまりを見ながら聞いた。


「クリス、ここまでの道はどうだった?」

「けっこうな回り道で時間がかかった。やはり、あの船でも車よりは早かったようですね」


 そう答えたクリスだったが、ペトラと同じように城の内側を珍しそうに見回していた。

 並べられたかばんを見てペトラは感想を述べた。


「川に沈んじゃうとさすがに(ひど)いありさまだね」


 カレンがかばんの一つを開くと、にごった水がさらに床に(あふ)れた。


「中に水がたくさん入ってしまっている。全部出して洗濯しないと。シャーリンのもあけて中身はかたづけたほうがいいわね」


 すぐにまた、家の者たちが集まってきた。


「洗濯室はどちら?」


 そうフィオナに聞かれたが、カレンは慌てて首を横に振った。


「フィオナはここではお客様です。これの整理はロイスの家事(かじ)におまかせください」

「すみません。つい、口走ってしまいました。でも、何もすることがないと落ち着きません」


 カレンは、自分のかばんを持ち上げながら言った。


「それでは、あちらの荷物をペトラの部屋まで運んでいただけると助かります」

「カル、自分のかばんくらい自分で運ぶよ。フィンは、自分たちが泊まる部屋を見つけに行ったら?」

「はあ、はい、ペトラさま。それでは、わたしたちを泊めていただける部屋を整えにいくとします。それで、どちらへ行けばよろしいですか?」

「アリッサ? フィオナとクリスの部屋まで案内をお願いします」


 ちょうどかごを持って現れた女性に呼びかけた。


「フィオナさん、クリスさん、こちらでございます」


 結局、アリッサは何も持つことなく、先ほどの通路に向かい、ペトラも後ろをついていった。


「なんか、とても、えーと、落ち着かないわ」


 フィオナが自分のかばんを持って首をふりふり去っていくのを見送ると、川から引き上げたかばんの中身を()り分け始める。

 結局、ほとんどのものがアリッサが持ってきたかごの中に消えていった。


 かばんの底でシャーリンの小さな物入れを発見し拾い上げた。表面をきれいに拭くと蓋をあけて中身を確認する。案の定、国子(こくし)(あか)しだった。

 身につけずにかばんに無造作に入れておくなど、シャーリンらしい。これはウルブに持っていったほうがいいわね。あとでペトラに預けておこう。



***



 その夜、全員が大きな団らん室に集い、少しばかり話をしたあと、それぞれ好きなことを始めた。

 ペトラは暖炉の上に飾られた写真を眺めていた。


「これ、ずいぶん前の写真だね」


 ドニは、いつもの自分の席に腰を下ろし、たくさんの書類の入った箱の脇に書き物帳を広げ、箱から取りだした紙を確認してはアリッサに手渡していた。

 ペトラの声に顔を上げて彼女が見ているものを確認したあと答えた。


「姫さま、それは、シャーリンさまが確か十歳のときに撮られたものです」

「シャルのお父さんとの写真はないね」


 ペトラはそれ以外の写真も見たあと静かに言った。


「ご当主は、写真を撮られるのがあまり好きではない方でした。でもどこかにシャーリンさまとの写真があったかと思います。シャーリンさまの部屋にも確か一枚」

「これは、どこで撮ったの?」

「ミンのご当主の部屋じゃないでしょうか。国主と一緒の写真はそれが最後だったかしら。あたしはあんまり覚えてないのだけど」




 隣の書斎から両手に書物を持って現れたフェリシアがすかさず言った。


「あたしは覚えてるよ。あれは冬になる少し前だったと思う。ちょうど今頃かな。ご当主に連れられて、国都の中をあちこち遊びに行かせてもらったの。あたしが、初めてミンに行ったときよ。そっちの写真がそれ。思っていた以上に大きな町で、そりゃびっくり仰天したのを覚えてるよ」


 フェリシアはカレンが座っている椅子の前に置かれたテーブルに本をドンと積み上げると続けた。


「あそこには、機械博物館ってのがあってね、カレン。あれを見て、あたしはそっちのことに目覚めたんだよ」

「そうそう、それが、この家の中のやりくりをいまだにあたしがやっている原因だがね」

「お母さん、あたしだって、家のことはやってるよ、修理とかさ」

「そうそう、修理、配線、工作、通信、どれもとても重要だけど、家の切り盛りのことを少しは覚えてほしいんだがね。そろそろ、シャーリンさまの内事のお役目を譲ってもいいんだけど」


 ドニはペトラのほうを向いて座り直すと言った。


「あのう、姫さまからも一言おっしゃってください。やたら飛び回ってないで、もう少し腰を落ち着けるようにと」

「まだ内事には早いんじゃないの。それは、もっと貫禄のある人がやる仕事だよ」


 すかさずフェリシアが言うと、ドニは大きなため息をついた。




 ひとりがけの椅子に座っていたペトラは、長椅子に座るカレンとフェリシアの間に移動した。頭を傾けてフェリシアが積み上げた本の背表紙を調べていたが、顔を上げると静かに言った。


「ドニ、わたしは、人にはそれぞれ天分と役割と出会いが必ずあると信じています。あなたのフェリシアにももちろんそうであると思っています。それを変えることは誰にもできません。いずれ、ちゃんと収まるところに収まるはずです」


 ペトラは、積み上げられた本に触って、フェリシアがうなずくのを確認した。上から一冊取って椅子に深く座り直すと、中を開いて(のぞ)き込んだ。


「はあ、姫さま。よくわかりませんが……わかりました」


 カレンはまじめな顔を保っていたが、こらえきれずクスッとした。すかさず、本に目をやったままのペトラにすねを蹴飛ばされた。

 思わずうめく。彼女の蹴りは的確だ。足を引っ込めると、手を伸ばしてさすった。




「フェリはとても有能ですから、内事の大変なお仕事もあっという間にこなしますよ……そのときが来たら」


 カレンは顔をしかめながら、そう言うとさらに続けた。


「シャーリンがご当主になったら、内事付きになればいいのではないかしら。それとも、フェリには主事付きのほうがふさわしいかも」

「カレンさんはまっとうなことを言いますよ。姫さまがおっしゃったように天分を生かして、内事付きでも主事付きでもいいから、役割とかいうやつと早く対面してほしいね」


 ペトラは本から顔を上げるとのんびり付け加えた。


「ドニはとても忙しそうだから、国都に来てフィンから内事の仕事を覚えるのもありかも」


 フェリシアは、アリッサの隣に座っていま行なっている作業について話しているらしいフィオナをじっと見たあと、つぶやいた。


「フィオナのほうが師匠としては厳しそうだな……」


 それから観念したように言った。


「はいはい、わかりましたよ。シャーリンさまが正式にご当主になられたら考えることにする。でも、今のご当主がお帰りになったら、当分先送りということで」


 ペトラは本をぱらぱらとめくりながら言った。


「これ、みんな、フェリシアのですか?」

「はい、ペトラさま。昨年、国都に行ったときに買った技術書なんです。どれもすごくわかりやすいんですよ」


 ペトラはうなずくと別の本に手を伸ばした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ