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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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67 ロイス滞在

 フェリシアとフィオナがかごを一つずつ持って坂を登ってくる。

 かごを下に置いたフェリシアはペトラに挨拶したあとこちらを向いた。カレンはフェリシアの背中に手を回してギュッと抱きしめる。


「フェリ、ごめんなさい。ウィルがシャルと一緒にウルブに行ってしまったの」

「聞いたわ、カレン」


 手を離したフェリシアは、まだ、ちょっと息を切らしていた。


「あの子、いろいろご迷惑をおかけしたんじゃないかと心配でした」

「いえ、そんなことありません。いろいろなところで助けてもらいました。とてもよくしてくれたと思います」

「本当ですか? それならあたしもうれしいですけど」


 フェリシアは(はじ)けるような笑顔を見せた。


「そうそう、マーシャに頼まれてお茶を持ってきたの」


 ペトラはかごにかけられた布をめくって中を(のぞ)き込んで言った。


「すてき。マーシャはなんていい人だろう。ちょうどおなかがすいてたとこなの」

「ペトはいつもおなかがすいているみたいね」

「育ち盛りの子どもだから」

「昨日は、もう大人だって言っていなかった?」

「そうだっけ? 覚えてないけど」

「ペトラさまのお好きなものだと言ってました」

「ショウガのクッキーだね。このいい匂いは」


 そこで、自分の頭をトントンと叩いた。


「そうだ、アリーから手紙を預かってきたんだった。すっかり忘れてた。戻ったらマーシャに渡さないと」



***



「想像していたのとかなり違うなあ」


 ホールでペトラが見上げながら何度も体を回すのを見て、カレンは聞いた。


「どこが?」

「ロイスの、つまり、シャルの家はもっと、なんて言うか、普通の建物に住んでるんだと勝手に想像してた」

「以前にもここに来たことがあるのだと思っていたわ」

「もちろん初めて。遠くに旅するのも小さいころ以来かも。イリスの家にも近頃は行くこともなくなったし」


 もう一度体を回してからさらに感想を述べた。


「それに、はっきり言えば、ここはただ、お城と呼ぶのがふさわしいね。殺風景な冷たい造り」

「確かに。石造りの外観は昔のまま変わっていないらしいわ」

「ここはアッセンとセインのちょうど中間だから、昔は交通の要衝で、こんなお城が造られたんだね。セイン、アッセンはどっちもミンのようにすごく大きな町に発展したけど、ここは全然そうならなかった」


 ペトラはかばんを持って少し移動すると、また下に置いて周りを眺めた。


「そうね、昔ならこの地を守るのはとても重要だったのかもしれない。それに町ができるにはいろいろ条件があるだろうし。そういう意味では、ここはあまりいいところじゃないわ」

「そもそも、ここは平地じゃないから町になりにくいよね。山が迫ってるし。まあ、だから通信塔が設置されるのにはいい場所なわけだけどね。それにしても、こんな大きなところに住んでるとは思わなかったなあ」

「うん。でも、ほとんどの部分は今は使われていなくて、こちら側の比較的新しい増設部分だけを使用しているの。それで、わたしが使わせてもらっている部屋はこっちよ」




「そういえば、シャルは自分の住んでる場所についてはあまり話したことがなかった……」

「はい、ここです」


 そう言いながら扉をあける。


「うへ、だだっ広い部屋だけど、中も殺風景だね。それにほとんど物がない」

「まあ、ここに来て一年だし、何も持たずにやって来たし、このあたりに買い物に出かけるような場所も全然ないから。だから物が増えるはずもないわ」


 ペトラは机の上に並べられた品物を見ながら言った。


「いろいろな地図がやたらあるね。これは、このお城の間取り図?」

「それは、ここに来たときから作り始めたの。ここはね、迷路のように入り組んでいるのよ。そっちの地図はお借りしたもので、あちこちの場所を調べるため。地図を見ながら書かれている言葉をいろいろ口にしてみると、そのうち、覚えのある町とか地名が出てくるのじゃないかと思って、毎晩眺めていたの。今はあまり開かないけれど」


 カレンはポケットから小さな瓶を二つ取り出して机の上に並べた。


「それ何?」

「これ? マーシャからもらったの。薬よ。マーシャ特製の特効薬。シャーリンの手の怪我(けが)にはすごい効き目があったわ」

「へーえ。マーシャには薬師の才覚があるんだ」


 ペトラは瓶を取って眺めていたが机の上に戻すとまた部屋を見回した。


「うーん、それにしても静かだね、ここ。それで、シャルの部屋はどこなの?」

「ちょうどこの上の階よ。ああ、こっちから外にも出られるの」


 外庭に通じる解放窓から庭に出る。遠くに正軍の兵士が何人か見える。補給物資を運んでいるようだ。ペトラも後ろをついてきた。

 窓に向き合うと、ふたりそろって見上げる。


「ほら、この上の窓のあるところがそう。シャルはよくそこから滑り降りてきたわ」


 カレンは隣に垂直に延びる長い棒を指し示した。

 本当はいざというときの脱出用だったらしい。この並びの二階の部屋には必ずついている。確かに緊急時だとしても普通の三階近い高さから飛び降りるのは無理。


「うへっ、シャルらしいね。それで、部屋に戻るときはこれをよじ登るの?」

「まさか。いくらシャルでもそんなことはしないわ。正しく階段を使っていた。うーん、よく考えたら、よじ登るところは見たことがない、というのが正しいかも。ここは客間の一つなの。この一階の通路の並びはみんなそう。ペトの泊まる部屋はこの隣だってアリッサから聞いたわ」




「ここには、図書室はあるの?」

「みんなが書斎と呼んでいる部屋なら団らん室の隣にあるけれど、本はそんなにないわ。書棚が三つ、四つといったところよ」

「うへっ、こんなへんぴな場所に住んでいて、しかも本がそうないとなると、退屈……」


 ペトラはサッと口を押さえてあたりを慎重に見回した。


「……だよね」


 カレンもペトラにつられて天井を見上げたが、シアは少なくとも明日の夜までは戻らないはず。


「だいたいは、大きな暖炉のある団らん室で仕事をするか、もしくはそれぞれ好きなことを始めるか、みんなでおしゃべりってのがいつもの過ごし方よ、ここではね」

「うん、それはそれでいいかもって気がしてきた」

「今日からは、反対側の棟に正軍が常駐するらしいから、少し雰囲気が変わるかもね」


 裏山の通信塔を警備するらしいが、冬になるとあそこまで往復するのはきっと大変。それでも、国都で複数の通信設備が襲われたことを考えると、守備を強化しないといけないのは当然かも。


「それで、ドニはどこへ行ったの?」

「ダンに会いに行っているわ。また、しばらく会えないことになるし」


 ペトラは納得したようにうなずいた。




 室内に戻るとペトラは机に向かって椅子に座り、カレン作のお城の地図を眺めていた。しばらくして、くるっと反対を向くと、ベッドに腰掛けていたカレンと向かい合った。


「カルはここに来たとき何も持ってなかったの? 何も身につけてなかったの?」

「ちゃんと服は着ていたわ」


 ペトラがおもしろそうな顔をしてうなずくのを見て、慌てて続けた。


「それとペンダントが一つ。レンダーは持っていなかったらしいの」


 指で額をトントンと叩いて、他に何か出てこないかと期待したがそれっきりだった。


「ペンダントだけ?」


 ぺこんとうなずく。


「見せてあげるわ。これよ」


 カレンは服の内側に手を入れると、鈍い銀色の二つリングを取り出した。

 指にぶら下げたペンダントを、ペトラは目を細めて見ていた。


「変わってるね。どこかの地氏を示す(あか)しなの?」

「わからないわ。これが、わたしの素性を知る唯一の物なの。でも、レンダーには見えないでしょ。わたしのレンダーはどれもここに来てから作ってもらったの」


 カレンはそう言いながら手首の腕輪に触れ、指輪をくるくると回した。これから何が起こるかわからない。もう一度ちゃんと練習しようかしら、これなしで。


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