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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

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64 ロメル

 シャーリンは、部屋に備え付けの浴室で久しぶりの湯浴みをしたあと、用意してもらった内服(うちふく)に着替えた。

 全員がすっきりした格好で集まったころ、ステファンが現れた。

 ミアとメイの父親は、ディードより背が高い上にとても若く見える。


 床までの大きな窓から庭園を見渡せる部屋に案内された。お茶が用意された席で、ミアはステファンとメイにこれまでの経緯を説明した。ときどき興味深そうにメイがこちらをちらちらと見ている。


 オリエノールの第二国子(こくし)に加えて、国主も襲われたという話に、メイは衝撃を受けた様子だった。彼女は、それにウィルの父親とシャーリン自身が関わっていると知り、口に手を当てたまま目を見開いていた。

 しかし、シャーリンの素性を話し、今どんな立場にあるかについてミアが語ったときも、ステファンは顔色ひとつ変えなかった。


 長い話が終わるとしばらく沈黙が支配した。

 メイの顔に張りついたままだった驚きは、時間がたつと消えていき笑顔が戻ってきた。


 シャーリンは静寂を破った。


「オリエノールについては、何か事件などの知らせがありますでしょうか? 国都での騒乱のこととか?」

「いいや。ウルブには特段変わったことは伝わってきていない。少なくとも昨夜までは。もちろん、何日か前の国都での破壊活動についてはいろいろ聞いているがね」


 ステファンの答えにうなずいた。

 国主が襲われた件は伏せられているのか。そうすると、国主があのあとどうなったかもわからないままだ。

 もしも、国主が亡くなったときは、アリシアが国主になるはずだ。そうなれば、もちろん各国にその旨が伝えられるだろうし、いろいろな行事についても公になるはず。

 まだ存命だろうか? そうあってほしいと切に願った。




「いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありません。それに、ムリンガがあんなになってしまって。わたしの責任です。これは、後ほどきちんと……」


 すぐにミアが口を挟んだ。


「シャーリン、いいかい? ムリンガはあたしの船だ。今回のことは、自分で決めたことだし、あんたもあたしも正しいことをしたんだ。何も謝る必要はないし、修理はこっちでするから問題ない。あんたはまったく気にする必要はないんだよ」


 そうはいっても責任というものがある。


「そんなに甘えているわけにはいきません」


 ミアがこちらを向いた。


「シャーリン、前にウルブの信条について話したことがあっただろ。あれは、あたしたちのすべての友人にも同じく適用される。あんたはあたしの大切な友だよ。というか、もう友だち以上だと思ってる」

「娘の言うとおりだ、ウルブは他国からの干渉は絶対に許さない。それを犯すものに対してはあらゆる手段をもってことに当たるし、ウルブ全体の問題として対処する方針になっている。だから、何の心配の必要もないのです。ここにも、好きなだけ滞在して構いません。それに、今回はマイセンで、きわめて質の高いメデュラムを買い付けられたようだし。あれだけあると、うちはかなり有利になる」


 ステファンはミアに目をやりうなずいた。


「ミアにもオリエノールにも感謝している」




「ありがとうございます。それでは、甘えついでに、もう一つお願いがあるのですが、実は、オリエノールのロイスに連絡を取りたいのです。通信室をお借りすることはできますでしょうか?」

「もちろん、構わないとも。きっと皆さん心配しているでしょう」

「ここから、国に連絡をとることでご迷惑にならなければいいのですが……」

「ウルブでは、各家の内情は堅く守られていますから大丈夫です。そうでないと、お互いまっとうな商売はできませんからね」


 なるほど、それなら安心。


「それにしても、強制者とは、これから物騒なことになるな。他国に平然と干渉するとあらば、それは西の王国のどれかでしょうな。まあ、しばらく静かにしていたのが不思議なくらいだが」


 彼らの目的がよくわからない。このあとどうしようというのだろうか? オリエノールの支配が最終目標なら、わたしを巻き込む意味がわからないし。そう考えていると、ステファンが口にした。


「その黒い空艇のことだが、こちらでも調べさせよう。でも、これからウルブで活動するとなると、そんな目立つものは使わんだろう。みんな十分に気をつけたほうがいい」


 全員が同意した。


「とにかく警備は強化しよう。少なくとも、この館の中にいれば安全だ。こちらにもかなりできる作用者がそれなりにそろっているから」

「それは心強いです。ありがとうございます」

「しばらくは、外には出ないほうがいい」

「はい、そうします」




 ウィルが話を変えた。


「あのムリンガの二番艇とお聞きした船は、どこからか注文を受けたものですか?」

「ああ、あれか。あの船は、一番艇を試作したあと、いくつか改良を加えたものだよ。あの船は売り物じゃない。ロメルで所有するものだ」

「何度も乗せていただきましたけど、ムリンガはすばらしい船ですね」

「そうだろ? あれには、うちの最新の技術を全部投入してあるからな。まあ、自慢じゃないが、あれに勝る海艇はそうないと思っている」


 何度もうなずいたウィルは身を乗り出して続ける。


「港に入ってくるときに、たくさんのドックが立ち並んでいるのを見ました。ここはすごいところですね」

「いま造船業はすごいことになっている。特に外洋船が。旅客船に加えて、最近は貨客船と貨物船の受注が多いんだ。とても受けきれないほどさ。これも、とんでもないあの紫黒の海のせいだ」

「移住先を探しているんですよね?」

「探査船による移住先の確保、特に大きな島で住みやすいところは、どの国もだいたい確保が終わったと聞いている。たぶん、この大陸の人々は世界中に散らばることになるね。ここのような大きな陸地は他にはないから。これからは、大勢の住民をその多くの目的地まで運ぶ船がたくさん必要になってくる。どの国も、できるだけ早く移住計画を進めたいところだろうし」


 移住計画はまさに遠大な事業であり、しかも人の移動を開始したら数年で終わらせる必要がある。もう物資の輸送が始まっている国もあると聞いた。


「そんなに進んでいるんですね? その移住用の船ってどれくらいの人を運べるんですか?」

「大型の旅客船だと、一度に数千人だろう。世界の反対側まででも、ひと月あればいけるはずだ。それでも、一年間に数万人しか運べないから、数十隻単位で必要になる」

「気が遠くなる話です。それだと、全員が移住となるとすごく時間がかかりますね?」


 ステファンは首を振った。


「問題は、人だけ運ぶわけにはいかないことだ。物資を輸送しないとならない。何もないところから生活を築くなど考えられないからね。こっちのほうがずっと大変さ」

「ますます壮大な計画ですね」

「紫黒の海を撃退できれば、そんな必要はなくなるんだが。今の技術力では対処できないだろう。あの海の大本を探し出して壊滅させない限り」

「そんなふうになればいいですね。この大陸から追い出されないですむし」


 ステファンは同意するようにうなずいた。それからミアに目を向けた。


「それにしても、ムリンガははでにやられたらしいな」


 ミアが無言で肩をすくめるのが見えた。


「まあ、十日もあれば元どおりになるだろう。ついでに、二番艇と同じ改装もしておこうか?」


 ミアは大きくうなずいた。


「それは、とても助かる」

「さて、わたしはこれからまた出かけなければならない。明日の夜はみんなで食事にしよう」


 何はともあれ、ここまで来られた。みんなのおかげ。


 第1部 第2章 おわり です。


 ここまでお読みいだだきありがとうございます。


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