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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

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58 稽古

 どういうわけか頭がズキズキと痛い。

 それに、ふわふわした感覚がなかなか抜けなかった。目をあけようとするが、まぶたがくっついたようで開かない。シャーリンは、しばらくそのまま我慢していた。


 何度か顔をしかめると、今度は目があいた。すぐ先に光のダンスが見える。しばらく黄色い(きら)めきが踊るさまをぼんやりと眺める。

 その間に声を出せることを思い出した。


「ここは、どこ?」

「やっと、気がついたか?」

「ミア?」


 ひと言しゃべっただけで声がかすれた。


「すまんね。ちょっと強かったか? こっちも身を守らないといかんからな」

「え?」


 あたりを見回すと、ここが操舵室の中であることがわかった。


「頭がズキズキする」

「衝撃銃の後遺症だ。そのうち治る。言っておくが、もうこの部屋から出るなよ」




 突然、すべての記憶がどっと戻ってきた。

 強制者に支配されたんだった、またも。これで三回目であることに気がついた。

 何をやっているのだろう、わたしは。


「強制者……」

「そういうことだ」

「ディードは?」

「そっちで寝てるよ」


 首を回して示された方向を見る。ディードは仰向けでだらしなく伸びていた。


「ミア、ごめん。つい、かっとなってしまって」

「すぐ熱くなるのはシャーリンの悪いとこだね。まあ、いいことがまったくないとは言えないかもしれんが……」


 体を起こすと水の入ったポットを手渡された。


「でも、強制者に見られたらそれで万事おしまいだ。視線を向けられなければ大丈夫。よく覚えておくことだ」

「はい」

「これで、あの空艇から攻撃してきた敵さんには、この船にあんたとディードが乗っているのがばれてしまったわけだ」


 そうだ、一番やってはいけない失態をしでかした。左手首を右手で押さえきつく握る。すでに終わってしまったことはもう取り返せない。でも、あの強制力で何をさせようとしたのだろう? 思い出そうとしたが、あのあと何をしようとしたのかわからない。


 突然、両手に持ったずっしり重たい銃の感触が(よみがえ)ってきた。思わず手を握りしめたもののぶるぶると寒気が走り、頭を何度も振ってその記憶を消し去ろうと頑張った。腕の震えがなかなか止まらない。


「わたしは強制者に何をさせられようとしてたんですか? 階段を上がったところで記憶が途切れていて……」


 ミアが肩をすくめるのが見えた。


「さあな。ふたりが急に操舵室に向かってきたことしかわからない。そのあと何をするかを見届ける余裕はとてもなかったんでね。すぐさま気を失ってもらった」




「そういえば、あのあと空艇はどうしたんですか?」

「あたしがふたりを眠らせたあとも、しばらく併走していたが、少し前にいなくなったよ」

「諦めたんでしょうか?」

「そんなはずはないと思うね。まあ、この船の行き先がすでにばれた上に、この速度だ。目的地まで当分かかる。空艇にとっては、目をつけた海艇を見失うはずもない」

「何をするつもりなんでしょうか?」

「これは推測だけど、この船にあんたが乗っているかどうかと行き先を確かめたかっただけだろう。たぶんね。そうでなければ、ムリンガはとっくに海のもくずになってたさ」


 この船に誰がいるかと、ウルブ1に向かっていること。というか、この状態ではウルブ1に向かうしかない。それさえわかれば、先回りして港で待ち構えていればいいというわけか。


「本当にすみませんでした。このあとどうします?」

「どうもこうもないよ。オリエノールに戻るわけにはいかない。だから一番近い港はウルブ1の海港ということになる。そこに向かう以外の選択肢はないだろう?」

「はい、でも、やつらが、あの強制者たちが今度は船で襲ってきたら……」

「この速度じゃ、とうてい逃げられないね。そうなったらもうお手上げだ」




「あれから、どれくらいたったの?」

「かなり。だいぶ日が傾いてきた」

「いつウルブ1に着くんですか?」

「推進機がやられたし、左に傾いているんで速度が出せない。この分だと着くのは、明後日(あさって)の朝になりそうだ」

「船は大丈夫なんでしょうか? ずいぶん煙が出てましたけど」

「あの空艇がいなくなるのを待ってから、くまなく調べてきたけど、はでにやられたよ。でも、やつらは最初からこっちを沈める気はなかったということになるな。たぶん、あんたを挑発して姿を現すまで待ってたってとこだろう」

「本当にすみませんでした。わたしは……相手の思うように行動してしまった。まるで、子どもみたいに簡単に……情けない」


 ミアに背中を何度か叩かれた。


「そう気を落とすな。元気を出せ。とりあえず、あんたはまだ生きているんだから、これからどうにでもできる。それにあたしの大事な商品も全部無事だしな」

「はい」


 高価なメデュラムを失わなくて本当によかった。

 ミアはくるっと椅子を回してこちらを向いた。


「それにね、シャーリン、一つ指摘させてもらうと、あんたは防御と攻撃を持ってるだろう。もっと力があるはずだ。作用力の使い方がまるでなってないよ」


 そうではないかと薄々感じてはいたけれど、こうはっきりと指摘されるととても無念でならない。


「そうですか……」


 やはり、作用力の使い方がへただということか。本当に悔しい。


「もっと、力の使い方を練習したほうがいい。なんなら教えようか?」


 顔を上げる。ミアの顔には笑みが浮かんでいた。


「え? 教えてもらえるんですか? あの、ぜひお願いします」

「じゃあ、ウィルが戻ってきたら彼に操船をまかせて、その間に特訓してやろう」

「はい、よろしくお願いします」



***



 ミアは前部甲板に散らばっている残骸の中から木の板を一つ拾い上げると、船首の高台に固定した。それから、操舵室の下まで戻ってくると言った。


「さてと、それじゃあ、まず、あれを撃ち抜いてごらん」

「撃ち抜く? どういう意味ですか? あの板を破壊すればいいんですか?」


 ミアは首を振った。


「あの板に穴をあけてごらん」

「穴ですか。はい」


 いつものように、手を向けて作用力を使う。穴を作るんだったらすごく弱くしないと。普通に攻撃すると全体が無くなってしまう。

 シュッと光が伸びると板自体が空高く飛んでいくのが見えた。吹き飛ばされた板は火の玉になってそのまま海に落下していった。まだ強すぎた。

 ミアを見ると、彼女は何度も首を振っていた。


「穴だよ。板を燃やしてどうする?」

「でも、攻撃力を使うと、こうなるでしょ?」

「もっと力の焦点を絞ることを覚えないとだめだ。その程度なら、ディードが使ってたエネルギー銃のほうがよっぽどましだぞ」




 どうすればいいのかまるでわからない。


「どうやって絞るんでしょうか?」

「そうだな、それにはいろいろな方法がある。今のやり方を見ると、あんたは単に力を解放しているだけだ。遠くに行けば広がって弱くなるし、それじゃあ、ひとつもちの防御フィールドにすら負けてしまうだろう」


 そうか、だからあの空艇には何の効果もなかったのか。一点に力を集中する必要があるのか。考えてみれば当然だった。今まで何も知らなかったことになる。どうやればそうできるの?


「すみません。具体的にはどうすればいいんでしょう?」

「オリエノールではいったい何を教えているんだ?」

「すみません。わたしは、そのう、個人的に習っただけなのですが……」

「まあ、国子(こくし)ともなれば、熟練者に守ってもらえるから必要なしか」


 首を何度も振るのが見えた。

 そんな言い方は酷い。思わず手を握りしめた。


「いいえ、そのようなことはありません。わたしは、準家のものですし、国政とも無関係です。でも、ロイスには他に誰も住んでなくて……」


 ミアはぐいっと眉を上げた。


「すみません。どれも、単にちゃんとできないことの言い訳でした」




「よし。まず、攻撃することと手を使うことはまったく関係ない。あんたは手の動きに頼っているように見える」

「でも、手を攻撃相手に向けないと、狙いが……」

「それが、そもそもの間違いだ。それでは、手を使わないでやってみてごらん」

「手を使わないで……ですか?」

「そう、攻撃力の収束点を頭の中でイメージする。見るわけじゃないよ。目に頼ってるからだめなんだ。ついでに、目も閉じてみようか」

「手も目も使わないのですか。でも、どうやって目標を……」


 まったく途方に暮れた。しばらく動けないでいた。

 その時、突然思い出した。あのとき、あの部屋では、何も見ないでやっていた。手を持ち上げて、いまだに傷がうずく手首を眺めた。そうだ、あのときの感触。

 ミアは、新しい木の破片をセットすると戻ってきた。


 シャーリンは、少し前に出て、両手を後ろに回して右手で左の手首を包むと、あのときのことを思い起こした。あの部屋で左手の先に目標を感じていた。

 目を閉じ船首に立てられた木の板を思い浮かべる。その大きさ、形を、色や模様を頭の中に描く。


 突然、その板きれのザラッとした木肌が目の前に浮かび上がった。その真ん中を視る。表面に触れそっと撫でる。なでる? 確かに指先に何かを感じているような気がしてきた。

 あのときは実際に指先で鋭い切っ先に触れていた。今も、あの板に触っているかのように手は伝えてくる。


 板を感じられたことで肩の力が抜けた。あらためて周辺に当たらないようにその中央に向けて力を込める。耳先でシュッという空気の流れを感じ取った。

 おそるおそる目を開いて結果を確認すると、木の板はそのまま残っていた。かなり大きな穴があいてはいたが、少なくとも穴をぐるりと取り巻く木はまだかろうじてあった。




 ミアに目を向けると、彼女は満足げに何度もうなずいた。


「よし、あっという間にできたな。なかなか筋はいい。やはり、あたしの思ったとおりだ」

「え? 何がですか?」

「いいかい、陰陽の持ち主はきわめてまれで、それに、非常に強い力を出せると言われている。わかってるか?」


 ミアの顔を見つめる。陰陽であることはそんなに珍しいのだろうか。ペトラも陰陽だし。


「しかし、あたしの見たところ、その力の強さゆえ、力そのものに頼っているようにしか見えなかった。そこを直せば劇的に進歩するはずだとわかっていた」


 先ほどのことを考えながらゆっくりと説明する。


「実を言うと、この前、あいつらに捕まって部屋に監禁されていたときに、自分でしたことをさっき思い出したんです。あのときは、背中の自分の目では見えない場所で力を使っていたのを」

「ああ、なるほど、それでわかった。あの日、手首を怪我していたのは、見えないところにあった腕のそばで力を使用したからか」

「はい、そのとおりです」

「よしよし、いいぞ。じゃあ、もっと収束して、小さい貫通孔をあけられるようにしよう。これからだ。まだまだ穴が大きい、焦点が甘いということだ」


 それから、ミアがセットする木の板に対して、何度も練習が続けられた。空艇の攻撃と破壊のせいで、練習用の木片には事欠かなかった。


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