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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

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57 強襲

 甲板までの階段を上がったシャーリンは、思い切り新鮮な空気を吸った。


「もうすぐ、海に出る」


 ミアはそう言うとさっさと戻っていった。

 船倉をぐるっと回って操舵室に向かいながら、両側の景色を眺めた。

 両方の川岸ともかなり遠くに見え、川幅がすでに大きく広がっている。前方には果てしなく水面のみがどこまでも続く。振り返ると、かなり遠くに船が数隻いるほかは何も見えなかった。空はすでに晴れ上がっていて、飛行物体はどこにも確認できない。


 シャーリンは久しぶりの自由を味わいながら大きく息をついた。ここまでくればたぶん大丈夫。途中で捕まらなくてよかった。

 頭の中では、捕まって殺される前にする説明というか言い訳をいろいろと考えていたが、それももう必要ない。

 ほかのふたりと同じように、手足を曲げ伸ばしして固まった体をほぐすと、やおら船首に向かった。


 操舵室に足を入れると、いつものように窓際にリンが座っているのが見えた。みんながぞろぞろ入ると、リンは大儀そうに振り向いて一瞥したあと、また前方の窓に顔を向けた。

 たぶん生まれ故郷だろうと思われるウルブ1に向かっているのがわかっているのだろうか?




 しばらくして、ミアが声を出した。


「ここから海領になる。ウルブ1に向かうよ」


 そう言いながら操舵かんをゆっくり動かした。

 だんだん船の上下動が大きくなって、一箇所にうまく立っているのが難しくなってくる。

 ミアの隣の椅子に座るとやっと落ち着く。リズミカルな上下の揺れが、どういうわけかだんだん心地よくなる。しばらく、その動きに体を預けて目を閉じる。


 再び目を開くと、リンがのそのそ歩いてくるのが見えた。制御卓の上からこちらをじろりと見たあと、大きなあくびを見せつけた。

 それから、面倒くさそうにシャーリンの上にドサッと飛び降りると膝で丸くなる。


 真っ白いねこを見下ろしながら、シャーリンはため息をついた。

 首を振りながら見上げると、ミアが不思議な笑顔を浮かべてこちらを見ているのに気がついた。

 シャーリンが肩をすくめると、ミアは誰にともなく言った。


「ああ、これが、いつもどおりってやつかい」


 リンの背中に手を当てながらも、ウィルとディードはどこに行ったのかと考える。

 操舵室にはいない。また、船の中を探検しているのか。そんなに見る場所があるのかな? 


 カレンたちはそろそろアリシアのところにたどり着く頃だろうか。わたしたちはウルブに着いたあとどうすればいいのだろう? これからのことをいろいろ考えながらも、いつの間にか、うとうとしてしまった。



***



 突然、頭ががくっと揺れるのを感じて目が覚めた。膝の上にまだリンがいるのを確認したあとしぶしぶ顔を上げた。左前方に大きな船が見え、ものすごい速度で近づいてくる。その船体がかなり高く海面に出ていることに気がついた。

 ミアは、シャーリンの視線の先に目をやった。


「探査船だ。最近よく見かける」

「探査船?」

「あの手の船は、高速で進めるように船体を浮き上がらせる装置がついている。たぶん、この船の倍の速度は出るんじゃないかな」

「どこに行くんでしょうか?」


 シャーリンは遠視装置を手に取ってちょっと(のぞ)いたあと口にした。


「あれは、見たことがない型だな。インペカールのじゃない。おそらく、西の王国のどれかだろう」

「ほかの大陸に向かうんでしょうか?」

「うーん、大陸と言えるかどうか。ここ以外は、ほとんどは島みたいなものだからね。どの国も移住先を確保するのに力を注いでいるから、その調査だろう、たぶん」

「本当に移住することになるのかな、わたしたち」

「北のあの黒い海がどんどん南下してきたら、あたしらの住むとこなんてなくなるからね」


 シャーリンはうなずいた。オリエノールでも移住計画は着々と進んでいると聞いた。二十年もすればここには誰も住めなくなる。あと十年もしないうちに移住はほぼ……。




 シャーリンの思考を遮るかのように、ウィルとディードが操舵室に駆け込んできた。扉を激しく閉める音が続いた。今度は何事だ?

 息を切らした様子のウィルが報告した。


「後方から空艇がきます。また、軍のでしょうか?」

「そいつは困ったな。とりあえず、遮へいで乗り切ろう。ウィル、左右の窓のブラインドを下ろして。それから、見られないように気をつけて」

「ぼくたち、また、下に入ったほうがいいですか?」

「いいや、ただの軍の偵察飛行なら、上を通過するだけのはずだ」




 シャーリンたちは操舵卓の陰で床に座って待った。

 自動操船にセットしたミアは、後ろの窓のそばまで行き、遠視装置を目に当ててしばらく見たあと声を上げた。


「確かに空艇だが、オリエノール軍のじゃないな。ウィル、あれはどっちから来た?」

「わかりません、ミアさん。気がついたら後ろに見えていました。急いで戻ってきたけど、もしかしたら向こうに見られたかも」

「いいか、とにかく、そこを動かないように。あれに例の強制者が乗ってるとしたら、絶対に見られないようにしないと」


 しばらくして前に戻ってくると、少しかがんで窓から見上げていたが、突然つぶやいた。


「旋回している。ひょっとして気づかれたかな」


 また後ろの窓に向かったが、ちょっとすると、ほっとしたような声が聞こえた。


「どうやら戻っていったようだ」

「諦めた?」

「うーん、まだわからない」


 そのあとミアはすぐに舌打ちした。


「向こうでまた旋回している。まずい、戻ってくるぞ……どうする気だ?」


 突然、船が激しく揺れ、すぐに船尾から轟音が聞こえた。

 ディードがさっと体を起こした。


「どうした? 攻撃されたのか?」


 船が左に傾くのが感じられ、操舵卓に手を伸ばして(つか)まる。


「そのまま動かないで」


 ミアは大声を出しながら戻ってきた。

 しばらく操舵卓のモニターを見たあと言った。


「左の推進機がやられた。何とか調整する」


 攻撃してきたとすると、やはり、あの強制者たち? それとも、リセンでサンチャスを沈めたあいつらだろうか。

 間もなく船の傾きは若干修正された。首を伸ばして後ろを見ると、小さな窓越しに光と煙のようなものがちらっと見えた。




「また、前に回ってきた。いったいどうするつもりだ?」


 そうミアが口にしたあとすぐに再び、激しい震動と何かが壊れるような音が立て続けに響いた。

 ウィルが声を上げた。


「また攻撃されたの?」

「ああ、今度は前の甲板に大穴があいた。あそこには補助発電機がある」


 シャーリンはさっと立ち上がると傾いた床によろめきながらも後ろの扉に向かった。

 すぐにミアが大声を出す。


「シャーリン、外に出るな。だめだ。強制者に見られると……」


 シャーリンにはミアの声は聞こえていたが、無視してそのまま扉を開いた。


「閉めてください、シャーリン」


 ディードの声も聞き流して、細くあけた扉からそっと頭だけを出す。

 煙のいやなにおいが鼻をつき、船倉の向こう側から黒い煙が盛大に出ているのが見えた。突然、こらえきれない怒りが湧き上がってきた。何てことをするんだ、あいつら。いったい何が目的?


 空をあちこち見渡して、黒っぽい空艇がゆっくりと旋回しているのを発見した。しかも、その船は頭をこちらに向けると再び近づいてくるのがわかった。

 立ち上がって周囲を見回した。前方からも、何かが燃える激しい音がする。今度は、つんとするいやなにおいが感じられた。

 こりゃ、だめだ。また攻撃を受けたらこの船はおしまいだ。


 これ以上我慢ができなかった。大きく開かないように押さえていた扉から手を離す。




「シャーリン、中に戻ってください!」


 そう叫ぶディードの声が聞こえたが、そのまま、階段をひとっ飛びで甲板に降り立つと、走って船倉の側面に回り込んだ。すぐに背中を壁に付けると空を見上げ相手を探す。船倉の角から顔を出し、反対側に動くものを見つけると、空艇が接近するのを待った。


 ゆっくり手を構えて、慎重に狙いを定めて攻撃作用を送り込んだ。力の矢は船に向かって瞬時に伸び、きちんと当たった。うまくいったと思った。激しい光の渦に、ちょっとの間目を閉じる。


 再び、目をあけて上を見ると、空艇は何事もなかったかのように飛行を続けていた。そのまま、左に船体を傾けると再度滑るように接近してきた。

 防御者がいるのか。まあ、当然か。ならば、もっと近づいてからだ。


「シャーリン、気をつけて。防御者が乗っている。こっちも防御しないと」


 いつの間にかディードがそばにいた。


「わかってる。でもその前に、もう一回攻撃してみる。もっと近づいてから」


 空艇がこちらに向かってくるのを確認すると、上を通りすぎるところを狙って、再度攻撃した。やはり、防御フィールドに完全にはじかれた。

 隣で、ディードが銃で攻撃するのが見えた。ディードの持っている大型のエネルギー銃はどこから持ってきたのだろう?

 そのあとふたりとも急いで反対側に移動する。


 背中を船倉の壁にぴったりつけ唇をかみしめた。そのあと大きく息をつく。ムリンガは再び激しく震動した。また、どこか壊れたのか?

 ディードの落ち着いた声がする。


「あっちの防御者のほうが上手だ。たぶん、距離がありすぎます」


 船が旋回するのが見え、空艇が側面を見せた。今度こそ。


「いまよ!」


 ふたりの攻撃が同時にすっとのび、目もくらむような光は放った。しかし、白く光る雲の中から何事もなかったかのように、そのまま飛行を続ける空艇が確認できた。




「やはりだめか」


 足の力が抜け、ずるずるっと床に座り込む。でも、船を沈められる前に何とかしないと。頑張って体を起こす。


「ディード、もう一回、攻撃してみる」


 今度は、空艇は横向きのまま接近してきた。できるだけ近づくまで我慢して力を解放しようとしたが、その前にディードに体を激しく引っ張られ床に倒れた。近くでバシッという音が響いた。


「何するの?」

「だめです。機械式です」

「物理銃?」

「やつら、撃ってきました。おそらく貫通弾を使っているはず。相手に姿を見せてはだめです。さあ、今度は向こう側に行きます」


 移動したあとディードを見る。どうすればいいかわからない。完全に自信を失い無力感に支配されていた。


「どうしたらいい?」


 ディードがこちらを見た。


「物理銃は、防御フィールドの中からは撃てません。いくら貫通弾でも、フィールドを通過させれば揺らぎますから」

「ああ、外に出してるのね?」

「そういうことです。そこを攻撃すればうまくいくかもしれません」

「よし、同時に攻撃する」

「了解」


 何とか体をしゃきっとさせた。




 遠くまで行って旋回すると再びこちらに向かってきた空艇は、すぐそばでくるっと回って側面を見せて近づいてきた。今度ははっきりと銃が突き出ているのが確認できた。

 ふたりは立ち上がると、その一点を目標に攻撃した。一瞬、橙色の光が空艇の中に見えた。


「突き抜けた?」


 ふたりはそのままの姿勢で頭上を通過する空艇をじっと見つめた。

 気がつくと、ディードが怒鳴っていた。


「シャーリン、向こう側へ、急いで隠れて!」


 シャーリンが船倉の側面を回って向こう側に行こうとした瞬間、急に目の前が暗くなった。続いてなぜか足がふにゃりとなるのが感じられ、手を壁に向かって伸ばす。頭の中に衝撃が走った。

 しまった。強制者。


「ディード、戻るよ」


 しゃべろうとしたものの、声が出たのかどうかわからなかった。

 立とうとしたが足が動かない。頭の中に低い声が響く。ああ、どうしよう。全力で抵抗するが、まったく効果がない。


 シャーリンは、頭の中の意見に従うようにゆっくり立ち上がると、船首に向かって歩き出した。階段を一段ずつ上がる。すぐ前にディードがいる、とどういうわけか感じた瞬間、その彼の姿がこつ然と消えた。


 ディードがいなくなったため、前方に開いた扉が見えた。え? どうしたの、と考える間もなく意識が遠のいていった。最後に視界に写ったものは、ミアの構えている銃だった。


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