表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/358

56 奥の手

 しばしの沈黙のあと、ウィルが口を開いた。


「それで、この下の部屋は何ですか?」


 ディードの感心したような低い声が聞こえた。


「こいつは飛翔板だ」

「え? 飛翔板って、空艇の? でも、これ、海艇ですよね」


 それまで黙っていたシャーリンは、一応確認することにした。


「この船、本当に飛べるんですか?」

「ああ、そのとおり」


 すぐにウィルはうれしそうな声を出した。


「すごいですね。じゃ、ここから飛んで行けば、臨検なんか簡単に回避できますね?」




 ミアはあきれたように頭を左右に振った。


「ウィルは時々おもしろいことを言うね。あたしは気に入ったよ」


 しばしクスクスと笑うのが感じられ、反対に、ウィルはきょとんとしていた。

 ミアの笑い声が止まったあと、ディードが小さな声で確認した。


「それで、この船を飛ばしたことはあるんですか?」

「実は、まったくない」

「えー? じゃあ、どうするんです?」


 ウィルの素っ頓狂な声にシャーリンはため息をついた。


「ねえ、ウィル、そもそも、ここにいる人だけでは船は飛ばせない。ディードは訓練を受けているけど、もうひとり必要だから」

「ああ、確かにそうでした。考えてませんでした。それじゃあ、どうするんです?」


 そこで、やっとウィルも理解したようだ。


「まさか……」


 そう言いながら下の飛翔板格納庫を見下ろした。


「ご明察。この下に入ってもらう。飛翔板は、純度の高いメデュラムで、しかも新品はかなりの厚みがある。感知者でもこの下に作用者がいるとは気づかないだろう」

「でも、この蓋をあけられたら?」

「たぶん、ここからじゃ見えないと思うが、動作させてみろと言われるかもしれないな」


 ミアはニヤッとした。

 ウィルは飛翔板の下を(のぞ)き込んだ。


「え? 動作させると……この下はたぶん船の外になるんですよね」

「そう、この下の船底壁が開いて、飛翔板が船外に展開される。そうすると、あんたたちは水中に押し出されるってことになるな」

「えー? そんな。ミアさん、酷すぎます。おぼれちゃいますよ」

「いや、おぼれはしないと思うけど。単に水面まで浮き上がればいいんだから。でも見つかって一巻の終わりだな」


 これを聞くと、ウィルは黙ってしまって、床下で光っている飛翔板をただ見つめていた。

 水中で開いたらこの部屋は水浸しになる。見た感じ、どうやら一度も展開したことはないようだ。




 ミアが陽気な声を出す。


「大丈夫だ、ウィル。そう深刻になるなって。川のような水深が浅いところで飛翔板を展開するつもりはないよ。それにこの下でじっとしていれば、ここからは見えない、たぶんね」


 ディードが付け加えた。


「それに、そもそも、海艇に飛翔板が装備されていること自体、考えもしないから、たぶん気がつかないだろうな」

「でも、また、この下の暗く狭いところに隠れるんですね。はああ」


 ミアはずっと持っていた四角い箱を、ため息をつくウィルに押しつけた。


「これは炭酸定着機だ。これとそのボンベで、たぶん三人でも二時間くらいは大丈夫のはず。それくらいあれば海港を抜けられるだろう……と期待してる」

「期待ねえ」


 そう言いながら、ディードは小部屋の縁から足をゆっくり下ろすと、床に寝そべって飛翔板の下を(のぞ)き込んだ。


「かろうじて人が入れるすき間はあるよ。しかし、メデュラム製の飛翔板を毛布代わりにして寝るなんて、まったく、ありえないな」


 ディードはウィルから箱とボンベを受け取ると、飛翔板の下に這っていきやがて見えなくなった。

 その間に、ミアは扉の隅の点検口を棒でつついて開いていた。丸い穴が見えた。空気の取り入れ口か。でも、まったくないよりはましという程度の小ささだ。


「さあ、これで見学会は終わり。ほら、あんたたちふたりも下に降りた。全員入ったら閉めるよ。それから、あたしは戻って出発だ。とっとと検問所を通過しちまおう」



***



 この部屋は真っ暗というわけではない。前後に細長い窓がはまっていて、そこから水中の様子がかろうじて見えた。

 ここに入ってしばらくたつと、しだいに薄暗がりに目が慣れてきて、周りの景色がぼんやりわかるようになった。頭を回すと隣のウィルとその向こうにディードの緑色の顔が見える。

 皆しばらくは無言だったが、やがてディードが独り言のように話し始めた。


「それにしても、ここは狭いな。じっとしていると、せっかく治った足が、またつってしまいそうだ」

「つるって何のことですか?」

「いや、ウィル、こっちの話だ。気にしないでくれ」


 ディードはこちらを向くと言った。


「それにしても、空を飛べる海艇なんて初めてだな。これまで聞いたことがなかった」


 シャーリンはつぶやいた。


「わたしも」

「結局、あのミアって人は何者ですか? 船内を見て回りましたが、かなりの装備ですよ。この船には相当なお金をかけているに違いない」

「ミアさんは、ウルブ7に家があるらしいです。それから、ウルブ1にも。それに、この船にはねこがいるんですよ。あれ? そういえばこの船に乗ってからまだ見てないな。どこにいるんだろう?」

「ミアはウルブの商人ですよね。船倉にあったメデュラムは北鉱山で買い付けたとか言ってましたが」

「とにかく、これまでミアはわたしたちを何度も助けてくれた。いい人だと思う」


 しばらく、会話が途絶えた。




 上から聞こえる単調な推進音が少し変わったのを感じる。

 ウィルがすかさず指摘した。


「船が減速している。検問所でしょうか?」

「ああ、おそらくな」


 ディードがつぶやくとともに、もぞもぞと動く音が聞こえた。

 しばらくすると、推進音がなくなったことに気づき、それから、船体が左右に小刻みに揺れるのを感じた。そのあと、しばらくは何の音も伝わってこなかった。


「本当に、この板で、遮へいできてるんだろうか」


 シャーリンがささやくと、ディードが小声でしゃべるのが聞こえた。


「飛翔板はけっこうな厚みがあって、ほとんど純メデュラムに近いから、大丈夫じゃないかと思いますが。少なくとも、あの待機室の壁よりはよっぽど厚みがある」


 シャーリンは待機室に入れられていた間の退屈な時間を思い起こした。

 突然、目の前に現れた強制者の姿が(よみがえ)ってきて、思わず身震いする。どうやって、あの待機室の大扉をあけさせたんだろう?


 メデュラムの壁を通して力を使うことはできないはずだし、そもそも直接相手を見なければ強制力は発揮できないはず。

 警備室の者たちを支配したんだろうけど、交替時間でなければ大扉は開かないはずだった。もしかすると中の人は最初から……。


「カルなら、こんなの簡単に見破るかも」


 シャーリンはそうつぶやきながらも、ちょっと震えた。

 力軍(りきぐん)には、カレンほどのできる感知者は他にもきっといるに違いない。そういう作用者が乗り込んでこないことを祈るしかない。


 時間のたつのが非常にゆっくりと感じられる。こんなところで、何も行動せずにただ隠れているだけなんて耐えられない。

 それに、もう二本目のボンベをだいぶ消費しているような気がしてならない。




 それから相当に時間が経過したと感じられた頃、やっと、背中にかすかな振動を感じ取った。続いて推進機の規則的な音が伝わってきた。

 シャーリンはホッとして息をゆっくりと吐き出した。体のあちこちがしびれてきた。そろそろ限界に近い。早いとこ進んでくれ。


 ディードが突然ささやいた。


「こいつはそろそろ空になりそうだ。この上の扉は内側からは開かないだろうな、きっと」

「それって、ボンベが空になったら、息ができなくなるってことですか?」


 こちらを向いたウィルの、緑色の顔が白くなったように見えた。


「小さな空気孔をあけてはくれたけど、ほとんど効果はないだろうね。しゃべらないでじっとしていたほうがいい」


 心なしか、空気がどんよりと生暖かくなってきた。すでに限界を超えている。

 こんなところにいつまでも閉じ込められていると気が狂いそうだ。まだだろうか。ミアが蓋を開いたときには三人とも死んでいるかもしれない。

 そんなことをすぐに考えてしまう。またもや震えが体に走った。


 突然、上から扉の開く音が聞こえ、続いて黄色い光が足元に差してきた。すぐに、ミアが何か言うのがわかったが、大きく深呼吸するのに忙しくて何も聞き取れなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ