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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

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55 追跡をかわすには

「後方から飛行物体を確認!」


 船の中を見に行っていたディードの声が後ろの半開きの扉から聞こえた。

 シャーリンが振り返ると、ディードに続いてウィルが入ってくるところだった。

 すぐに聞く。


「軍の船かどうかはわかる?」


 ウィルが扉を閉めた時にはすでに、ディードが操舵室後方の小さな窓に張りついて遠視装置を(のぞ)いていた。間もなく答えが返ってきた。


「まだ、遠すぎてわからない」


 ミアは前方に身を乗り出してあたりを確認したあと、入り口で心配そうにディードを見ていたウィルを呼んだ。


「そこの真ん中の床板をあけてくれるかい? 椅子が置いてあるところだ。その下は発電機室になってる」


 ウィルは椅子を動かしてしゃがむと、小さなとってのついた板に手をかけた。


「そう、それだ。みんなはその中に入って。発電機の周りでできるだけ動かないでいるように。軍の船だとしたら、おそらく低空で接近してきて中を確認するだろう。もちろん遮へいはするけど、探知機も使うことを考えておかないと。わかった?」


 ウィルはすでに蓋を開いて中を(のぞ)き込んでいたが、顔を上げると言った。


「ここに入るんですか? ほとんど場所がないですけど」

「周囲に点検するためのスペースがあるだろ。ぜい沢言わないで、さっさと入った。ほら、急いで」

「はいはい、仰せのままに」


 ウィルはそう言い残して中に飛び降りると、残りのふたりも続いた。

 最後にディードが手を伸ばして蓋を倒して閉めると、中は真っ暗になった。すぐに椅子を引きずる音が響く。


 ディードが小さな灯りをつけた。

 低く規則的にうなるような音を発する発電機に、ウィルが膝を抱え込んだ状態で寄りかかっている。とても足を伸ばす場所はなさそうだ。

 シャーリンとディードがそれぞれ自分の居場所を確保すると、ディードは灯りを消した。




 体の位置が落ち着くと、発電機の少しやかましい音に加えて、水を切るリズミカルな音がかすかに聞こえてきた。この騒音の中では、上の気配はあまり聞き取れない。床の防音性能はかなりのものらしい。

 しばらくすると、船が左右に小刻みに揺れだした。なんだろう? かすかに感じられる水切り音のリズムは変わっていないから、速度を落としたわけではなさそうだ。


 背後からディードのささやき声がした。


「空艇がすぐそばを飛んでる。そのせいでこっちが揺れているらしい。動かないようにしたほうがいいです」


 そうか、やはり、空艇の窓から船の中を確認しているのか。

 熱源探知機で詳しく調べられたら、ここに人がいるのがわかってしまうのではないかと思うと、冷や汗が出てきた。

 発電機の振動が体に伝わってくるためか、あちこちがむずむずしてくる。

 まだだろうか?


 時間の経過がとてもゆっくりと感じられる。何もしないでただ隠れてじっと待つのは性に合わない。

 そういえば、今日というか、昨夜はあまり寝ていなかったことを思い出した。とたんに睡魔が襲ってきた。



***



 上からドンという低い音が聞こえ、ビクッと震えるとともに目を覚ました。あれから、どれくらいたっただろう?

 突然、ミアの声がかろうじて耳に届く。


「もう出てきていいぞ」


 すぐに、ウィルのしゃがれ声が聞こえた。


「よかった。扉はどこだっけ? 灯りをお願いできますか?」


 突然まぶしい光を浴びてシャーリンは目を細めた。


「あけますよ」


 そう言ったウィルが蓋を押し上げると、真っ白な光があたりに溢れて完全に目を閉じてしまった。



***



「ここはどのあたりですか? ミアさん」

「あと半時間もしないうちに、海港に着く」

「サン・オレノ?」

「ああ、そうだ。海港の近くでは、間違いなく臨検があるだろうな。どうします?」


 ディードが、徐々に広がってきた川の両岸を確認しながらミアに尋ねた。

 ウィルはため息をついた。


「また、この下に隠れなきゃならないってことですね?」


 ミアは大きく首を振った。


「いや、今度はきっと、作用者が乗り込んでくるだろう。遮へいしたらかえって怪しまれる」

「遮へいしないと、おふたりのことがばれてしまいますよね? どうするんです?」

「先ほど、船倉の中を見たんですが、メデュラムの原板が積まれてますよね。あれの中に隠れれば、作用者にも発見できないかもしれない」


 ディードの提案をミアは即座に却下した。


「それはだめだ。船の中は念入りに調べられるだろう」

「それじゃあ、どうするんです? 何とかしてくれるって言ったじゃないですか、ミアさん」

「そう焦るなって。ちょっと待ってろ」


 手を前に振るのが見えた。


「もう少し先まで行くと、川が広くなるから」


 しばらくたって、川幅が膨らんだところに船が入ると、ミアは減速させて船を岸に寄せた。自動装置をセットすると、ほとんど静止状態になる。

 彼女は操舵室の左右の窓から何度か頭を出して念入りにあたりを確認した。


「さ、ついてきな」


 ミアに続いて、ぞろぞろと操舵室を出て階段を下りると、後ろの船倉に向かった。

 中に入ると奥に金属の板が積み上げられているのが見えた。あれが、ディードの言っていたメデュラムか。


「あのメデュラムは交易の商品なんですか?」

「ああ、北鉱山のマイセンで買い付けた物だよ。知ってるかい、シャーリン? オリエノールの北鉱山産のメデュラムは最高品質だから高値で取り引きされているんだよ。たったこれだけの量を買うのもけっこう大変だったんだぜ」

「たった? ずいぶんたくさんあるように見えますけど」


 ウィルがそう言うとミアは肩をすくめた。


「もっと仕入れたかったんだが、今回はこれで精いっぱいだった。マイセンのメデュラムがいくらするか知ってるか? まあ、これだけ買えたのだから満足するしかないだろうな」


 ミアの話に納得してうなずく。

 北鉱山は今すごい増産体制にあると聞いた。紫黒の海がすぐ近くまで迫ってきたら、あの場所は放棄するしかない。それまでにできるだけ多くの資源を回収するつもりらしい。

 南にも鉱山はあり、採掘にはイリスとロイスも絡んでいる。けれど、ミアが言ったように、北に品質では負けている。


「すごいですね、ミアさん。それで、ウルブ1に行くと聞きましたけど、そこの誰かに届けるんですか?」

「そういうこと。通常のメデュラムでもマイセン産のやつを混ぜると性能がぐっとよくなるんだよ」




 ミアはメデュラムが積み上げられている脇を通りすぎると、後部甲板へ続く扉をあけた。しばらくあたりを確認したあと振り返った。


「さあ、出ていいぞ」


 船倉の後ろ側に取り付けてある棚をあけると、小さなボンベを二本取り出すのが見えた。ミアがこちらを向いたのでボンベを受け取る。さらに、別の四角い装置を取り出してから棚を閉めた。

 それから、隣の扉を開く。シャーリンがミアの体越しに(のぞ)き込むと、狭くて急な階段があった。


 皆がミアに続いて階段を下りると、そこは甲高い音に包まれた、天井の低い部屋になっていた。ディードは頭をかがめて歩くしかなかった。

 見たところ機械室のようで、左右には船の推進装置と思われるものが並んでいる。その間の狭い通路をさらに進む。壁に突き当たったところで、ミアはしゃがんだ。


「これがロック解除のレバーだ」


 そう言いながらミアが操作すると、床が音もなく左右に割れて開いた。そこには、鈍い銀色に光る巨大な板が収納されていた。

 初めシャーリンはそれが何なのかわからず、大きな磨かれた曲面をただ見つめていたが、やっと気づいた。もしかしてこれもメデュラム?


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