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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

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54 待ち伏せにあう

 少しの間、分隊長は船とペトラを交互に見ていたが、意を決したように命令を発した。


「防御態勢をとれ。相手は作用者だ。油断するな」


 兵たちは、すばやく散らばると腰を落とした。そこかしこで武器を構える音が響く。


「低い姿勢を取ってください。作用による援護をお願いできますか?」


 ペトラはカレンをちらっと見たあと答える。


「わたしたちは、どちらも、戦闘用の作用力は持ってないの。あなたたちだけで何とかなる?」

「作用者との戦闘経験はありません。でも、距離をとっていれば……おそらく何とか……」


 最後は聞き取れないほどの小さな声になっていた。


 カレンは隣の若い指揮官をちらっと見た。

 これくらいの軍人にそもそも実際の対人戦闘経験はあるのだろうか? たぶん、紫黒の海が出現して以来、軍事衝突はなかった。そうだとすると、他国の作用者と対峙する機会もなかったはず。


 すでにアセシグの高まりを前方に感じ取っていた。

 向こうの作用者はふたり。どちらも、ふたつもちだ。攻撃と防御、それに遮へいと感知。攻撃を受けたら防ぎようがない。

 こちら側の兵士たちの持っている銃を見た。普通のエネルギー銃は対作用者用の武器ではない。




「ペト、ふたつもちが二人よ。それなりの武器もなしでは勝ち目がない」


 ペトラは振り返って自分たちが下ってきた道を見上げた。


「でも、戻るとしても、ここを登れば丸見え。他に道はない?」


 カレンは左右に広がる、丈の短い草むらを見たが、どの方向も何ら遮へい物がない開けた場所だった。


「戦闘用意!」


 分隊長の低い声が聞こえた。

 このまま戦いになってしまったら、この人たちもわたしたちも、あっという間に殺されてしまう。

 意を決するとカレンは声を出した


「ちょっと待ってください、隊長。ここまで護衛してもらってありがとうございました。わたしたちだけで、あちらに行きます」

「でも、カル。向こうに行ったら前と同じように……」

「だめよ、ペト。この方たちをこれ以上危険にさらすわけにはいかないわ。結局これはわたしたちの問題だし。さあ、行きましょう。向こうがしびれを切らして攻撃してくる前に」


 カレンは立ち上がると、服についた草と土を払い落とそうとしたが、汚れが酷くてどうしようもないことに気づき諦めた。


「待って、カル」


 ペトラは慌てて立ち上がると、指揮官のほうを振り向いた。


「ここまでの護衛、感謝します。気をつけて戻ってください」


 そう言うなり、さっさとマイクの船に向かって歩き出す。

 ペトラはいったん決断するとそのあとは行動が早い。


 急いでカレンも続いた。見ると正面の川向こうの空がいつの間にか橙色に色づいている。その手前の山肌は色濃く、もう日暮れが間近。半日近く歩き続けたということ?

 これ以上歩き回っていたら真っ暗になるところだった。


 それにしても、足がすごく重い。たいしたことのない地面の出っ張りに頻繁につまずく。ペトラはしゃきっとしてすたすた歩いているように見えるが、わたし同様、相当疲れているはずだわ。




 船の前に立っていたふたりは、こちらを見ながら話をしているようだったが、船上にいるマイクがはっきりと確認できるようになった。

 もうどちらの作用者からも作用の高まりが感じられない。どういうこと?

 船室に寄りかかっていたマイクが突然手を振り始めた。何か言っているようだが、よく聞こえない。

 下で待ち構えているのは、女性と背の高い男性。


「ペトラ国子」


 女性が口を開いた。

 突然の呼びかけにペトラは立ち止まる。


「はい? あなたにはお会いしたことがないと思いますが、どなたですか?」

「サラです。総司令官の副官をしています」

「アリー、いえ、アリシア国子の副官……ですか?」

「はい。こちらは、トリルです」


 カレンに向かって続けた。


「あなたがカレンですね?」

「はい」


 どうやら、この人たちは全部知っているようだ。


「うーん、あなた、想像していたのとちょっと違うわね。トリル、どう思う?」

「え? 何のお話でしょうか?」

「とりあえず中に入ろう」


 そう言うとサラはトリルと並んでマイクの船に向かった。

 振り返って斜面を見たが、動きは確認できない。


「あの人たちに……」

「わかっている、カレン。あなた方の護衛には、正軍から事情を説明しておく」


 サラは振り返ってにんまりすると、隣に停泊していた船から走ってきた士官に何か指示を与えてから、マイクの船に乗り込んだ。




 ペトラとカレンはサラに続く。サラがマイクに何か言うのが聞こえ、彼はこちらを見てうなずくと操舵室に消えていった。

 ふたりが船室に入ると、そこにクリスがおとなしく座っているのを発見した。

 常に持ち歩いているらしい書機を(のぞ)き込んでいた彼が顔を上げるより、ペトラの口のほうが早かった。


「クリス、いったいどこに行ってたの? ここで何をしてるの? 大変だったんだから」


 さらに声が高くなった。


「もう、だめかと思った……」

「申し訳ありません、ペトラ。川への道を探しているときに、力軍(りきぐん)の副官に遭遇しまして。わたしとしては……」


 ペトラはすでに立ち上がっていたクリスを見上げた。船が動き出すと、少しよろめいたが、腰に手を当てると、クリスの顔の前で指を振り回す。


「やはり、護衛はわたしから離れてはだめなのよ。今度から、単独行動はだめですからね」




 すぐにペトラはソファにすとんと座ると手足を伸ばした。


「行軍は疲れるよー」


 クリスは床にあぐらをかいて座り、サラとトリルもその隣に腰を降ろす。サラに促されるままにカレンがペトラの隣に腰掛けると、サラは話し始めた。


「結局、総司令官の読みは半分しか当たってなかったわね」

「どういうこと?」


 ペトラは膝に両手をつくと身を乗り出した。


「執政館の事件のあと、全員が消えたとの報告を受けたアリシア国子は、ペトラ国子が川を上ってアッセンに向かうと予想しました。それで、敵より先に発見してアッセンまで無事に来てもらうために、わたしたちを派遣したのです。万が一に備えて両岸の巡回も大幅に増やした」


 ペトラはカレンに目をやるとニヤッとした。


「そうでしたか。あそこで待ち構えていたのは、あなたたちだったのですね?」


 サラはうなずいた。


「ところが、どういうわけか乗客の消えた船が現れて、あなた方が途中で上陸したことがわかり、慌てて追いかけたってわけです。追いつくのに苦労しましたよ」




「さっきカレンを見たときに、想像と違うって言ってたでしょ? あれはどういう意味?」


 サラはトリルを見ながら口にした。


「最初、あなた方がどうして上陸したのかわからなかった。だけど、わたしたちから遠ざかってるのを知ると、トリルが言ったの。感知されたに違いないって。つまり、遮へいを突破されたんだろうって」


 カレンとペトラは目を合わせた。


「でも、トリルが言うには、カレン、あなたはひとつもちね」


 カレンがうなずくと、サラはためらいがちに続けた。


「それなのに、わたしの遮へいをかいくぐったわけだ」


 カレンは体を強ばらせる。この人たちにいろいろと知られてしまった。

 サラはトリルに目をやり、彼がうなずくのを見ると、話を続けた。


「これは、ここだけの話だけど、トリルは権威ある者の後継ぎ候補者のひとりなの。力軍内でもまれに見る逸材よ。力軍からいなくなるのはとてもおしい。つまり、何が言いたいかというと、作用者の力を見抜く素質があると認定されたってこと。それで、トリル、どうなの?」




 トリルはうなずくとカレンを見て話し始めた。


「わたしは、候補者のひとりにと指名されただけで、まだ何の訓練も受けてはいませんが……」


 カレンは緊張して次の言葉を待った。


「でも、ほかの作用者が持つ力の度合いをある程度見極めることはできます」

「つまり、トリルは感索者なんだ……」

「いえ、まだ違います。訓練を受けないとなれません」

「それでも……」

「はい。ペトラさまの力が非常に強いのはわかります。カレンさんのも同じくらいの強さを感じます。サラの遮へいを突き破ったのも当然かと思います」


 そこまではっきりわかってしまうの? それなら、権威ある者に見てもらうと、自分の作用力のことがもっとずっと理解できるに違いないと確信した。いつになったらお会いできるかしら? 思わずため息が出た。

 ペトラはしたり顔で何度もうなずいている。


「ほーらね、カル、わたしの言ったとおりでしょ。カルはひとつもちではないって」

「あのー、トリルさん、わたしにほかの作用力があるのでしょうか?」

「申し訳ありません。わたしの今の状態では、カレンさんはひとつもちとしかわかりません。でもこの強さはそうじゃないと言っているのも確かです」

「そうですか……」


 残念。このもやもやが晴れるのかと思ったのに。




 クリスがおもむろに口を開いた。


「副官、それで、これからの予定はどうなりますか」

「だいぶ時間をむだにしてしまったが、アッセンに着いたらすぐ司令官のところに行く。時間が遅いから、今日はそんなとこか。その後のことは司令官からお話があるだろう」


 クリスが頭を少し下げたあと、フッと息を吐くのが見えた。


「わたしは、久しぶりに山を駆け回って疲れたよ。このところデスクワークが多くてね。ちょっと休ませてもらうよ」

「すみません。こちらを使ってください」


 カレンは立ち上がったが、サラはぱたぱたと手を振った。


「いいから。そっちもあれだけの距離を移動したんだ。くたくただろう。アッセンに着くまでそこでひと眠りすること。こっちはここで大丈夫」


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