51 方針
日が昇る前に、アレックスとエルが現れた。
すでに、会議室に各部署の主だった者たちが集められている。
ザナは、これまでの経緯を説明するアレックスの言葉に耳を傾けた。彼はいくつかの質問に答えたあと、今後の計画について話し始める。
「昨日、技術部門の皆と話し合った。まずは、02がトランサーに遭遇した地点から東西に延ばした線上で、十箇所ほど選んで順番に縦穴を掘るつもりだ。ブロック1から5までと9が対象だ。6から8は新たな壁の向こう側になるから除外する。予想どおりなら、トランサーが出現する可能性がある。もし、何も出なかったら、センサを設置して埋め戻す」
フィルがさっそく口を出す。
「やつらが地下を進んでいれば、センサによって探知できるってことか? あのセンサは土の中でもちゃんと動作するのかい、エル?」
「有効距離は半分ほどになるけどそのままで使えるわ。でも、センサの数は十分にはないの。予備品をかき集めても二十何個か」
「センサが反応しなかったら?」
当然の疑問をカティアが口にした。
「トランサーが地下を進んでいるとしても、どこを通るかわからないでしょ。設置位置からセンサで捉えられる範囲には、たまたまいないかもしれない。それに、深度がよくわかっていない」
「それは一理あるよ、エル。でも、地上を進むとき、やつらは一箇所を縦列で進んだりしないだろ? 地下だって、たぶん広がって進むんじゃないかな。行く手のものをすべて消滅させながら」
フィルはそう言ったものの自信なさげだ。
セスは懐疑的な口調だ。
「地上は何も障がい物がないから広がってるけど、地下だと通りやすい部分とか固いとことかあるんじゃないのかなあ」
「うーん、そう言われると、そうかもしれない。今回も、たまたま、あの一帯から湧いてきたけど、他からは現れなかったし……」
フィルは頭をかいて黙り込んだ。
「そうじゃなくて、地下を進んでいたけど、地上にあるメデュラムに引き寄せられた。だから、あそこに群がったんじゃないかとわたしは思うけど」
ザナはほかの人たちを見回しながら続けた。
「下から掘られたんで、放置された転進管が地下に沈んでいった」
すぐにカティアはうなずいた。
「つまり、あの放置された転進管がなかったら、トランサーはそのまま地下を進み続けた。あたしたちはいまだに、地下から忍び寄る危機に気づきもしなかった?」
「そいつは考えたくないな」
フィルは首を振りながらうめいた。
「なるほど、その可能性はあるな」
セスもやっとうなずいたが、ハッとしたように続ける。
「ちょっと待てよ。ということは、あのあたりから向こう側一帯の地下は、やつらでいっぱいってこともあるのか。いや、もしかすると、場所によっては、もっとこっちまで来てるかもしれない。すぐ近くにいたりして……」
自分で言っておきながら、セスは身震いをした。
「冗談でしょ。だいたい、原隊の近くまで来てたら、昨日と同じことが起きるでしょ。きっと、あのあたりにも出現する。というか、地下を進んでるってわかった時点で、地上でいくら頑張って防御してもだめだってことになるじゃない」
エルが議論に止めをさし、これにはセスも同意した。
「でも、なんで、今なんだ?」
フィルが、全員が思っているに違いないことを口にした。
アレックスは言葉を選んでいるのか、いやに慎重に話す。
「考えられる仮説は、まず、地下を進む速度はかなり遅いはず。何しろ、片っ端から岩盤を消滅させ続けないと進めないからね。でも、地上を進むやつらは、最初は何の抵抗も受けずに数十万メトレに渡って広がった。我々が対処法を確立するまでは」
皆を見回して続けた。
「そして、防御フィールドにぶち当たって以降、前進速度が極端に落ちた。もちろん、壁は日に日に後退し続けているが、地下をトランサーが進む速度よりは遅いに違いない。そうこうしているうちに、三十年以上たって地下を進むやつらが地上のやつらを追い越した。フィルが言っていたように、地上を進むやつらの移動速度は昔より速い。おそらくだが、地下を進むやつもそうじゃないかと思う」
アレックスがこちらを見た。
「地下から湧いてきたやつらは地上のやつらと違うようだとザナが言っていたからな」
確かに地下から出てきたトランサーは自力で飛んでいるかのような速い動きだった。
そこで気がついた、アレックスの示唆したことに。
もしかして、やつらの先頭集団は新しい個体? トランサーに寿命があるという話は聞いたことがない。つまり、先頭は常に新しい個体に入れ替わりながら前進している。なら、それまでのものたちはどこに向かったのだろう?
急に寒気が襲ってきた。
フィルは腕を頭の後ろで組んで天井を睨んだ。
「てことは、ほかのすべての前線でも、地下ではとっくに突破されている可能性があるってことか?」
「ああ、その可能性はあるが、まだ何の証拠もない」
アレックスの言葉に、みんな、黙り込んだ。
ザナは考えながら口にする。
「地下が掘り進められているってことは、下が、すかすかになるってことでしょ。崩落が起きるんじゃないの? 今まで、地面が崩れたという話はどこからも出ていない」
「そうだな。大きな空洞ができればそういうこともあり得るけど、どの深さを、どれくらいの厚みで掘られてるかによるんじゃないかな。現に、昨日の場所も崩落なんて起こってないし」
アレックスの説明にうなずいたフィルが現実的な話に進んだ。
「それで、もし、掘った縦穴にすでにやつらがいた場合はどうするんです?」
「まず、水を流し込んで時間稼ぎをして、すぐに埋め戻す。突破されていたら、壁を後退させるしかない。やつらがまだ来ていないところまで」
カティアはエルに向かって聞いた。
「それで、調査の結果はいつわかるの?」
「穴を掘って、トランサーがそこにいなければ、センサを設置して埋め戻すでしょ。これだけで、まる一日かかるわ。だから、全部のセンサを設置し終えるのに十日かかることになる。作業に慣れればもう少し早いかも。まあ、やつらに遭遇しなければの話だけど」
細かい議論が続いたが方向性は決まった。
それに、調査が終わるまで、各国への報告は控えることにする。とても重大なことゆえ、確実な証拠が必要だった。
***
ザナは自室に戻ると、ベッドの上にドサッとひっくり返って、思い切り手足を伸ばした。
最近、少し疲れやすくなったような気がする。まだ薄暗くて、部屋の窓からは何も見えない。でも、朝の光がもうすぐ差し込むだろう。
最近、暖かい太陽の光がなぜか恋しい。天井をぼんやりと見ながらそう思った。
この毎日の、ただ紫黒の前線と向き合い、いずれ迎えるだろう終えんへの道をたどるだけの日々から脱却したい、という願望がますます強くなる。
配下の戦闘員の中でも、特に気心の知れたものは、そんなことはない。でも、それ以外のほとんどの人たちが、自分に対して畏怖の眼差しを向けてくるのもうんざりだった。
昨日の戦闘で、またひとつ壁を築いてしまったような気がする。単に、自分の失敗をかろうじて自分でばん回しただけだとしても。すべてはこの黒い目に黒い髪のせい。
ここで、やっと自分の居場所を見つけたと、ずっと信じようとしていた。でも実は、子どものころと状況は何ら変わっていないことに、今さらながら気づかされた。
結局、どこにも逃げ場はない。そろそろ覚悟を決めるときかもしれない。
大きなため息をつくと目を閉じた。
***
気がつくと、部屋の中がすでに明るくなっている。
顔を傾けて横を見ると窓の外には日の光が溢れていた。あれっ? そのまま寝てしまった? 困ったことに記憶がない。
頭の下に両手を入れ、顔を起こした。
壁のほうを見ると、すぐそばに置いてあるサイドテーブルの上、いつもの場所に、ティアが丸くなっているのを発見した。
寝ているのか寝たふりなのか? 腕を伸ばしてちょっとつついてみたい衝動に駆られる。
しばらく見つめていると、腕を伸ばして一度体を反らしたティアは、起き上がるとあぐらをかいて座り直した。わたしが起きているのに気づいてないのかな?
ザナは目を細める。
「ティア、いつ戻ったの?」
静かに話しかける。
ティアはその姿勢からいきなりぱっと飛び上がると、空中を優雅に一回転したあと、ザナの胸の上にふわりと降り立った。手を腰に当てた格好はとても愛らしい。
「だいぶ前よ。ザナが部屋に入ってきたときにもいた。その服のままで寝てしまったのね。とても疲れているみたいだったから話しかけなかった」
「それはありがと。最近、力を出し切るとすごく疲れるの。で、どうだった?」
「大丈夫、メッセージは伝わったと思う。シアが怠慢していなければだけどね」
ティアの深い緑色の瞳が少し大きくなった。
本当に怒っているかのようにさえ見える。表情豊かなティアを眺めながら、自然と笑みが浮かんでくるのを感じる。シルの住人も本物の怒りを見せることはあるのだろうか?
ザナは心を開き、ティアの感情をそのまま受け入れた。目を閉じて待つ。
しばらくすると、伸ばしていた足を回してゆっくりと床に下ろした。立ち上がって窓際の椅子に向かう。
ザナが動き出したとたんに、ティアはぱっと飛び立って先回りした。ザナが椅子に座る前に、窓の張り出しに腰掛けて足をぶらぶらさせている。
そのまま窓枠に、ティアのそばに、肘をつくと顎を手で支えて外を眺めた。しばらくティアから得られた情報を吟味する。
だいぶ出遅れた。ザナは顔をしかめる。
これは、早く会う必要があるわ。伝言がちゃんと届いているといいけど。そう考えながら、ティアをちらっと見ると、向こうもこちらに目を向けその小さい肩をすくめる動作をした。
またもや自然に笑みが浮かんでくる。
さて、しばらくは、何事も起きないだろう。
とりあえず、遅い朝食を摂るために、椅子から立ち上がると部屋の扉に向かって歩いた。
扉を押しあけてから振り返ると、窓枠にティアがつま先立って、外を熱心に見ているのが目に入る。
ここには、森はないし、それ以外にもあまり観察するものはないのだが。
それとも、シルの記憶を今見えている殺伐とした風景に重ねているのかもしれない。そんな気がした。
後ろ手に扉をそっと閉める。




