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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

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43 作用の名付け方

 カレンはしばらくペトラを凝視した。

 そう言われると確かにそうだ。目を閉じて少しの間、ケタリシャに関する記憶が何か出てこないか頑張ったが、すぐに諦める。


「だから、ふたつもちの中でも能力に優れた作用者ってことでしょ? ほかの作用者の能力を見極める権威ある者になれるほどの。違うの?」

「ねえ、カル。多くの、よ。二つじゃない。普通に考えると、二を多いとは言わないわ。一、二、たくさんならまだしも……」

「……ということは、ケタリシャは、三つ以上の作用力を持った人のことなの?」


 ペトラはカレンをまっすぐに見つめるとうなずいた。


「うん、わたしはそう思う。権威ある者というのは、単に、昔から脈々と受け継がれる、特別な役目のことよね。人の作用を調べ、その力に触れられる感知者のみがなれる。オリエノールにはひとりしかいない。でも、ケタリシャと呼ばれる人たちとはおそらく違う」

「驚いたわ。すごい考えね。ペトの話は説得力がありすぎて怖いくらい。でもね、この世に三つもちなんていないでしょ? そんなのこれまで聞いたことないわ」

「それはどうかなあ?」


 ペトラの顔を(のぞ)き込むと、すごく真剣な目つきでこちらを見つめていて、思わずドキッとした。

 すぐに、その顔は満面の笑みに変わり、カレンを得意そうに見上げる。


「へへへ、どう、すごいでしょ」




 どこからともなくシアが現れ、カレンの前に下りてくると、お茶の受け皿のふちに腰掛けた。


「シア、お帰り。シャーリンの様子はどうだった?」

「シャーリンはベッドの上でくつろいでたよ。何かは知らないけど本を読んでた」

「あ、そう……」


 本を取り寄せることはできたんだ。それなりの待遇とはいえるわね。まあ、国子だからそれも当然か。


「退屈で死にそうだと伝えてほしい。そう言われた。人は退屈すると死んじゃうの?」


 シアは髪と同じ、薄緑色の大きな目をいっそう見開いた。

 かすかに光る服の色も若干濃くなったような気がする。


「ただの誇張よ、シア。もう、知っているくせに」


 カレンは、午後に発見したペトラの台所に行き、一番小さいスプーンと皿を取ってきた。お茶を追加でカップに注ぐとスプーンにもたらした。

 このお茶を寝る前に飲むとぐっすり眠れる。昨夜、体験ずみだ。スプーンを皿に置いた。


 シアは、皿の前に陣取ると、両手でスプーンを持ち上げた。ちょっとの間、スプーンの中のお茶を、目を寄せて見ていたが、すぐに器用に飲み始める。

 ペトラは、テーブルに両ひじをついて、その様子を楽しそうに眺める。

 昨日のいらいらした感じがだいぶ失われているようで、ちょっぴり安心した。




 カレンは、ふと湧いてきた疑問を口にした。


「そういえば、どうして生成者、破壊者っていうの? 実際の作用は合成と分解ってことだと思うけれど。言ってみれば、化学反応のようなものよね」

「それはね、わたしもそう思った。つまり、作用力が発見されて千年以上と言われるけど、この分類は初期の頃に定められたものらしいの」


 ペトラの話を聞きながら、彼女のからっぽのカップにもお茶を注いだ。


「今では、生成者は合成作用を行うものとして、主として医療行為に使われ、彼らは医療技術を学んでそれに生かしているでしょ。破壊者は、物質の分解作用をつかさどるわけだから、これも医療行為になくてはならない存在ね。だから、医術は、必ず生成者と破壊者がペアになって仕事をするわね」


 ペトラはカップを持ち上げて口に運んだ。


「最初の頃にはなかった使い方として、空艇の操船がある。破壊者と生成者は空艇要員になれれば即エリートよ。わたしも医術じゃなくてそっちを目指そうかしら?」

「国子が空艇の飛行担当? そんなのおかしいわ」


 カレンは目をぐるっと回した。

 ペトラは肩をすくめると続ける。


「そういえば、破壊者と生成者は船を飛ばせるのに、なんで自分たちは飛べないのかな?」


 シアを見ながら付け足した。


「幻精のように」

「さあ、わからないわ。わたしは破壊者でも生成者でもないから。でも、推樹脂が必要だし、それに、ふたりの協調作業が必要なんでしょ。それで、破壊者にして生成者でもあるペトはどう思うの?」

「うーん、メデュラムに対してしか作用できないのかな? それなら金属の服をまとえばいいのかな? それとも……わからないや」


 ペトラは長々と息を吐き出した。




 ちょっとして、ペトラはまじめな顔つきで話し始めた。


「でもね、昔の人の名付け方は、あながち間違ってないのよ」

「どういうこと?」

「今から、おもしろいものを見せてあげる」


 ペトラはいたずらっぽく笑うと、棚から金属製と思われる重そうな皿を取り出して床にどしんと置いた。


「さて、何を使おうかなー」


 しばらく部屋の中を見回した。晩食後、テーブルに置かれたままになっていた皿に近づくと、残っていたベリーの実をつまんだ。それを先ほどの皿の真ん中に置く。

 シアがさっと飛んできて興味深そうに見つめた。


「いい? よく見ててね」


 ペトラは皿に向き合うと、ちょっとの間、無言でいた。


 突然、ベリーの形がぼやけたかと思うと、次の瞬間にはすべて消え失せた。あとには容器にへばりつくわずかな液体とその中に浮く黒っぽいつぶつぶだけが残る。

 ペトラは手を皿にかざすこともしないで、見ただけだった。だらりと下げた腕を動かしてさえない。


 カレンは目を丸くした。ペトラはカレンを見上げると笑顔になった。こういうときのペトラは、子どもに戻ったようでとてもかわいらしい。


 シアは、すたすたと金属容器に近づくと、手を腰に当ててかがみ込むように、皿の中の残り物を慎重に観察していた。二度、三度うなずくと、さっと飛んでテーブルの上に戻っていく。今の実験が記録されたのだろうか?


「ね、破壊者って感じがするでしょ」


 ペトラはいたずらっぽく微笑んだが、すぐにまじめな顔つきに戻った。




「どうやって……」


 カレンは驚いた。これが破壊力なの? これは、たぶん恐ろしい能力だわ。


「これはね、よくわからないの。分解とはまるで違うでしょ」

「確かに破壊よね。それで、ベリーはどうなったの?」

「うーん。たぶん、ばらばらにされて、水分がちょこっとに、ほかの何か不純物が残ったんだと思う。植物は大部分が軽い元素からできてるでしょ」

「それじゃ、金属とかの場合はどうなるの?」

「ほら、金属の入れ物を使ってるでしょ。金属は影響されないから。少なくとも、わたしは金属を破壊することはできない」

「なるほど。破壊者はみんなこれができるの?」

「そうじゃないと思う。少なくとも今は。こんな話を聞いたことがないし。それともわたしが知らないだけかなあ」




「じゃ、昔は?」

「戦争があったでしょ。この大陸に住む人々の大半が死んでしまった。生き残ったのは海岸沿いの地域だけ。大陸の大部分が、広大な森と草原や湖が砂漠になって、住めなくなった。それは、語られているような攻撃者たちによるものではなく、破壊者たちによるものだとわたしは思うの。焼き払われても、いつか植物は再生するでしょ。今の砂漠は、あれ以来砂漠のままで、これからも永遠に砂漠のままだわ。わたしの祖先はそのひとりだったかもしれない……」

「そうか。破壊者といわれるのも当然ね。でも、どうして……」

「さっき、作用者の精華について話したでしょ。つまり、精華レベルの高い破壊者なら本当の破壊ができるんだと思うの」


 突然、声の調子が変わるのを感じた。


「ねえ、カル、わたし、自分の力が怖いの。このことを発見したときから、ずーっと。どうしよう? ねえ、どうしよう?」


 切羽詰まったような声に、慌てて顔を上げると、いつの間にか、ペトラの顔が泣き出しそうなほど、ブルブルと震えていた。

 慌ててしゃべる。


「さあ、ペト、こっちにいらっしゃいな」


 カレンは、にじり寄ってきたペトラを、両手でぐっと引き寄せるとしっかり抱きしめた。


「昔の破壊者は、この世界の生き物を絶滅の淵まで押しやったかもしれないけど、ペトは昔の人とは違うの。あなたの力は、きっと天からの授かりものなのよ。その能力を生かすための何か大事な理由があるの。どう使うかはあなたしだい。わたしはペトを信頼している。いつでも。これからも、ずーっと」

「ありがとう、カル。もっと強く抱きしめて」


 ペトラは手をカレンの腰に回すとさらに顔を胸にうずめてきた。

 カレンは顎をペトラの頭に乗せるとささやく。


「はいはい。いくらでも」



***



 しばらくすると、ペトラは、また所在なさそうに、スプーンでからのカップの中をつついていた。


「どうしたの?」

「破壊のことだけど、本当の破壊力を使える人は他にもいるはずよね。わたしだけじゃない」

「そうね、少なくともペトと同レベル以上の能力のある人なら、誰でもなり得るってことになるわね。さっきの話をもとにすると、えーと、たとえば、強制、破壊とか? もしかすると、感知、破壊のふたつもちでも可能かもしれない」

「そういう人が自分の能力の使い方を間違えたら……」

「……大変な事態になるわね」

「そういう人を止めなくちゃ。それがわたしの使命かもね」


 ペトラがニヤッと笑ったのを見てホッとする。

 何はともあれ、彼女が普通に戻ってよかった。


「明日は何か進展があるかしらね」


 カレンはつぶやいた。

 先ほどから遠くで雷鳴が鳴り響いていた。どうやら嵐が近づいているようだ。


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