表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/358

42 ペトラの講釈

「ねえ、カル?」

「なあに?」


 クリスが貸してくれた執政館の見取り図を、じっくりと調べながら頭に入れていたカレンは、上の空で答えた。


「記憶が欠けてるっていうのはどんな感じなの?」


 カレンはテーブルに広げた絵図から顔を上げて、ペトラをちょっと見つめたあと、資料を前方に押しやった。椅子の背に寄りかかる。


「わたしの記憶は、ロイスの家に着いた瞬間から始まっているのよ。その前のことはまったく思い出せないの。最初は、何とかして記憶を取り戻そうと頑張ったのだけれど、そのうち諦めた。今じゃ、この一年間の記憶しかないこととうまく折り合っていけている」


 その前のことが気にならないと言えば、それは真っ赤な嘘になる。


「それに、自分が誰で、どこで何をしていたかという記憶が抜け落ちているだけで、それ以外は不自由ないの。これが建物の見取り図であることはわかるし、そのほかのものも見ればそれが何かは、まあたいていはわかる。もちろん、すでに知っていたことならね。使ったことがあるものなら、その使い方も自然にわかるという感じかしら」




「ふーん。じゃ、作用については?」

「シャーリンの家で暮らす前のことは何も覚えていないから、当然、作用力についていろいろ学んだとしても、その記憶はないわ」

「うん、それはシャルから聞いてる。でも、作用力についての知識はあるんでしょ? そうでないと、たぶん、うまく使えないよね」

「そうねえ、そこが、今ひとつはっきりしないの。作用力に限らず、何でも、何か新しいことをしようとするときには、そのことについて徐々に思い出す。というか、正しくは、すでに知っていることを再発見するという感じかしら。もし、そのことについての記憶を持っているならね。ただ単に、何かを思い出すことはできないの」




「カル、わたしね……」


 しばらく黙って、飲み物の入ったカップをぐるぐる回していたペトラが、話を再開した。


昨日(きのう)も言ったけど、だいぶ前から、作用力について、いろいろ本とか資料を読んでいるの。そんなにたくさんは、ここにないんだけどね。習練所では通り一遍のことしか教えてくれないでしょ。自分で調べるといろいろとわかったこともあるの」


 カレンは、地図を丁寧に畳んで脇に置いた。資料を汚さないように遠くに放置してあった飲み物を手に取り戻して、ペトラと向き合う。


「へー、すごい。たとえば?」

「そうねえ、カルはひとつもちって聞いてるけど本当なの?」

「ええ、そうよ」

「でも、能力は非常に高いってシャルから聞いたけど」

「え? そうなの? うーん、ほかの人と比較したことはないから、実際どうかはわからないの」

「あのね、これは本の受け売りだけど、作用力を発揮するときの最大強さは、その人の持っている精華の強さによる。その精華は、どの精媒を持っているかで決まるの。あんまりこのあたりのことは教えてくれないから、自分でいろいろ調べたの」

「その話を聞いても、何の記憶も浮かび上がってこないわ。それで?」




「第一に」


 ペトラは指を立てながら言った。


「当然だけど、ひとつもちよりふたつもちは圧倒的に能力が高い」


 カレンはうなずいた。それはそうだ。ペトラは続いて隣の指を立てた。


「第二に、同じひとつもちでも、攻撃か防御の精媒を持つ人より、第二作用の生成か破壊の精媒を持つ人のほうが能力は高いの」


 すぐに反論する。


「ちょっと待って。攻撃と生成じゃまったく違う能力でしょ。比較なんてできないわ」

「まさにそこなの。少し説明が長くなるけど、能力の強さは精媒の種類と深く関係してるの。わかっていることは、生成者や破壊者のほうが攻撃者と防御者より精華のレベルが高いの。どの人でも、例外なくね。でもって、生成、破壊とかより第三作用の感知、遮へいのほうが高い。第四作用の強制、対抗はもっと強い。それから……」


 強制という言葉にカレンはドキッとした。触れてはいけないものにさわった感じがする。




 気を取り直して異議をとなえる。


「答えになっていないように思うけど……」

「うん、わかってる。ここからよ。先に、ふたつもちのことを説明するわ。ふたつもちは、別の種類の作用力を持っているでしょ。たとえば、攻撃と破壊とか、攻撃と感知とかね」


 こちらを見つめながら続ける。


「それで、昔の人はちゃんと系統的に調べた。攻撃と破壊のふたつもちより、攻撃と感知のふたつもちのほうが攻撃力それ自体が強い。だから破壊より感知の精媒レベルが高いって結論づけたわけ。さらに、攻撃と感知のふたつもちより、生成と感知を持つ人のほうが感知力に優れているってわかった。つまり、攻撃より生成のほうが精媒レベルが高く、精華も強くなる。だからさっきの順序が成立するの」


 カレンはうなずいた。一応、納得できそうな説明にはなっている。


「本当は、こんな理屈をこね回さなくても、力の順序は明らかだけど」

「どういう意味?」

「作用者の数を考えてみればすぐわかるわ。ほら、攻撃か防御を持つ人たちが一番多いでしょ。第二作用を持つ人は少ないし、第三になると極端に減る。力ある者ほど数は減る。これは自然の摂理よ。番号だってそうつけられている。まあ、わたしは論理的に説くほうが楽しいけど」

「なるほど、そこまではわかったわ。でも、シャーリンは攻撃と防御でしょ。同種の精媒ね。その場合はどうなるの?」


 陰陽。レオンが言っていた言葉を思い出した。




 ペトラは首を縦に振るとさらに三本目の指を立てた。


「さすが、カルはすぐに気がついたわね。わたしは、しばらく考えなかった。最初は当然、さっきの順番にしたがって、攻撃と防御を持つ人より、攻撃と破壊の持ち主のほうが精華が強いと思ってた。でも、そうじゃないの」


 一息ついたあと続けた。


「そもそも、同種のふたつもちはきわめてまれらしいわ。わたしもだけど。このことは、最初に見つけた何冊かの本には、どこにも何も書かれてなくて、調べるのに苦労したわ」


 カレンはペトラをまじまじと見つめた。

 この子を見かけどおりに取ってはいけない。外見は子どものように見えるけれど中身は大人顔負けね。国主の言っていたことがだんだんわかってきた。


「真実はそれを追求する者にのみ開かれる、ってね」


 ペトラはニヤッとしたが、まじめな顔に戻ると話を続けた。


「それで、探し当てた結論から言うと、同種の精媒を持っていると精華はかなり強いらしいわ。たとえば、シャルのような攻撃、防御のふたつもちだと、第二と第三作用のふたつもちより能力は高い。わたしの場合はもっと上かもしれない。といっても、これは、昔の人が数少ない事例をもとに研究した結果で、実際、今でも、そうなのかはわからないけど」




「ペト、すごいじゃない」

「そうでもないのよ」

「でも、何ができるかは、精華の強さって言わなかった?」

「うん、そうだけど。でも、何ができるかを決めるのは精華の強さだけじゃなくて、精媒の個人差も関係あるの。でも、正確にはあまりわかってないらしいわ。それとも、わかっているけど秘密にしていた可能性はあるけど……」


 そうか、精華と精媒の両方が何ができるかを決めるのか。

 ペトラは首をやや傾けて話を続けた。


「ほら、ほかの人から精分を吸い上げるメデイシャや、精気を集めるイグナイシャは、その人の持つ能力の種類や強さとは全然関係ないでしょ。でも、そういうことができる人は非常に限られている。精華の強さとはまったく関係ないの」


 今さら気がつく。わたしが出会ったシャーリンとペトラがともに、きわめてまれな陰陽であることに。ふたりの父親は兄弟、しかも双子だと聞かされた。ロイスで見た写真でも、面影は似ているように思った。

 しかし、これは偶然なのだろうか。それとも血筋が関係しているのかしら……。




「それでね、ここからがこの話の本題よ」


 ペトラはさらに指を立てた。


「話をもとに戻すと、シャルいわく、カルの能力が感知のひとつもちよりずっと大きいってことは……カルはひとつもちじゃないという結論になるんだけど」


 ペトラがあまりにじっと見つめてくるので、どぎまぎしてきた。


「でも、わたしにできるのは感知だけよ」


 釈明のようになってしまった。

 強制力の影響をかろうじて受けずにすんだのは単なる偶然よね。あれは全然、対抗作用という感じではなかったし。


「少なくとも、感索者にはなれると思う」

「感索者って?」

「作用者を探し求める人たち。初動前の作用者を見いだし登録する。これは国の発展と安全のためにとても重要よね。そして、権威ある者を補佐する立場でもある。感索者は感知力に優れた者だけがなれる」

「わたしはひとつもちですけれど」

「だから、カルは違うよ」

「でも実際……」

「うーん。そこよ、わからないのは。もしかすると、記憶をなくしたことと関係あるのかなあー」


 ペトラは手を閉じると膝に下ろした。


「権威ある者の認定を受ければ、そこは、はっきりすると思うけれど、延期になったから、いつになることか……」


 カレンの声は小さくなった。




 ペトラは何回かうなずきながらカレンをじっと見ていたが、話を再開した。


「それじゃ、別の話に移るけど、その権威ある者については?」

「ケタリシャのことね。わたしがかよったセインの習練所で説明は受けた。作用者はまず、感知者に見いだされる。ああ、それが感索者なのね。そして、権威ある者は、最初の発動後に立ち会う。子どもの継氏(けいし)承氏(しょうし)を確認し、その子に力名(りきめい)を授けるのよね。それから、最終考査を受けた者に対しては、作用者としての認定を行う」

「うん、まあ、そうなんだけど、権威ある者とケタリシャは同じ意味ではないとわたしは思うの」

「どういうこと?」

「ケタリシャは、一般的には媒介者という言葉から来ていると考えられてる。つまり、作用者を活性化させる者という意味よね。でも、わたしは、メリデマールの言葉から来てるんじゃないかと思うの。ほら、あそこは、作用者の発祥の地でしょ、たぶんね。でもって、ケタリシャというのは、メリデマール的に言うと、(まれ)なる多くの力を持つ存在、となるわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ