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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

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40 森での再会

 カレンは、ペトラの隣でふかふかした枯れ葉の山に寝そべり、両手を頭の下に入れて上を見ていた。

 大部分の葉が落ちた木々の間から、空をゆっくり流れる真っ白い雲が切れ切れに(のぞ)く。細い枝をリスがちょろちょろ走っているのが見えた。冬ごもりの準備だろうか? 


 頭を傾けて横を見ると、クリスとディードはかなり離れたところで地面に座って話し込んでいる。そっと目を閉じ感知力を広げて、周りのざわめきに耳を澄ます。


 すぐにシアを見つけた。

 カレンは目をゆっくりあけると上を探した。そんなに遠くない大きな枝のところだ。それを確認してから、もう一度目を閉じて心を少し開いた。

 シアからの溢れる感情の波をそのまま受け入れる。こうすることで、難なくお互いの近況が取り交わされる。



***



「あなたは誰?」


 ペトラのささやきにビクッとして目をあけた。

 誰のことを言っているのかしら? 頭を倒して横を向くと、ペトラの視線の先を確認した。すると、カレンの伸ばした足の上に立って体をくるくる回しているシアを見つけた。


 そのままの姿勢で、まじまじとシアを見つめた。シアが初対面のペトラに姿を見せたのはどういうことかしら?

 慌てて反対側を向いたが、クリスとディードは、相変わらず、少し離れた地面に座って熱心に話し込んでいた。


 カレンが代わりに答えた。


「シルのレイ・シア。メリデマールはシルの森の使い手よ」

「メリデマール……シル……。妖精なの?」


 ペトラはシアから目を離さずにささやいた。

 カレンは上半身を起こすと、シアがクリスたちから見えないように視界を遮った。


 透き通るような肌にまとった薄群青色の装いは、動くたびに日の光をちらちらと揺らめかせる。

 その姿は、手のひらほどの背たけに、女性をほぼ完璧に再現していた。美しいというよりは、かわいらしさを誇張しているきらいはある。

 これは、シアを作り出したレイの考えなのか、それともシア自身が自分で選んだ形態なのかはわからない。




「妖精はおとぎ話の世界の住人よ。シアは、えーと、女の子の姿を取っているけれど女性ってわけじゃないの。シルが作り出した幻精(げんせい)なのよ。シルというのは、メリデマールの南岸にある、みんなが神秘の森って呼んでいる広大な地域のこと」

「その子はカルの知り合いなの?」

「ええ、そうらしいんだけど、いつからかはわからない。シアは、めったにほかの人には自分の姿を見せないのよ。でも、ペトに見せたってことは、シアはペトを信人(しんじん)として認めたってことなの」

「信人って?」

「つまり、レイ、すなわちシルが信頼できると判断した者のこと」

「ほかにも彼女が見える人はいるの?」

「シアは、シャーリンにも姿を見せているけれど、たぶん、それ以外の人には見えないようにしていると思う」




「幻精って何?」

「説明は難しいのだけれど、簡単に言うと、シルに根を張るレイの大木たちが、自分たちの分身として作り出したものなの。幻精はレイの目であり耳であり、手足でもあるの。そして、幻精を通じてこの世界のあらゆることを知る。その知識はほかのレイたちと共有し、最終的にはシル全体でそれらを記憶する。シルの森全体が、この世界の記憶といってもいいわ、たぶん。これは作用力の究極の一種と言えるわね」

「へー、すごい。知らなかった。作用力を森の木々が持っているなんて」


 カレンはこちらを向いて熱心に聞いているペトラをちらりと見た。


「あら、いろいろな種の生き物が作用力を持っているのよ。わたしたちの周りにある植物も動物も。でも、そう、みんなじゃない。限られた一部だけ。それも、人が作用力を使えるようになるより遙か昔からね。それに、作用力の原動力になる精分はどんな生き物でも作り出している。もちろんここ、サンクリの森の木々たち、それに、今わたしたちが寝転んでいるこの草や土の中の虫たちも」

「うわーっ、すごい。カルがいま言ったことはちゃんと覚えてるんだ?」


 そう言われてカレンは少し考えた。


「それはどうかなあ。シアと共鳴すると、まあ、シアが投影してきたものを記憶として受け取るの。さっきの話は全部、単にシルの言いたいことなのかもしれない。でも、もしかすると、わたしは以前にメリデマールの森に行ったことがあるのかもしれない。今はどっちだかわからないわ。記憶は複雑でね、体験の記録でもあるけれど、無から新たに作り出すこともできるの」




「どうやってシアとお話をするの?」

「普通によ。おはよう、シア、ってね」


 カレンは手を動かしながら話した。


「え? そうなの? てっきりテレパシーかなんかを使うのかと思った」


 カレンはちょっと考えた。

 自分が心を開いてシアと共鳴し情報交換するのは、どういう原理かって問われると、うまくは答えられない。少なくとも口や耳に頼っているわけではない。


「それはおもしろい考えね。まあ、作用力を使えば、離れていても意思を通じ合えるかもしれない。それは一種のテレパシーと言えないこともないわね。でもこうやって接触していればもっと簡単に話ができるの」


 カレンは、シアの座っている膝に手を近づけると、シアが乗り移った手をペトラの手に近づけた。


「初めまして、シア。イリスのペトラです」


 ペトラがおそるおそる話しかけた。

 シアは、カレンの手からさっとペトラの手の上に移り膝を折ってちょこんと座る。その小さな手をペトラの手のひらに伸ばした。


「ごきげんよう、ペトラ」


 その言葉は、音として聞こえているのか直接伝わっているのか、いまだにはっきりしない。

 シアは、ペトラの手の上で二回ほどくるくる回ると、さっと飛んでカレンの手の中に再びおさまった。


 カレンは、シャーリンの家で何か月か前にシアと対面したときのことを思い出した。今のペトラとまったく同じような挨拶を交わし、心臓がいつまでもドキドキしていたっけ。




「心を開くと、シアはそれを感じ取れるの」


 カレンはシアを自分のおなかの上、いつものお気に入りの場所に戻しながら言った。それから、両方の手を体の脇に下ろして、赤や黄色の枯れ葉の山をすくい取っては、はらはらと落としながら、話を続けた。


「昔はね、シアのような幻精が大勢いたの。この世界のあらゆる場所を訪問していた。そりゃ活発にね。でも、今じゃ、めっきり減っちゃっているのよ。シアの仲間はもうあまり残っていない」

「どうして?」


 カレンは言葉につまり記憶を探った。眉間にしわが寄った。


「うーん、わからない、知らないのか、それとも、記憶の欠落かも」

「シアに聞くと教えてくれる?」

「シアが話したいと思ったらね。わたしのこともいろいろ知っているかもしれないけれど、何も話してくれたことはないの。知っているのかどうかも。シアのすること話すことを、わたしたち人の行動の延長上に考えてはだめよ。幻精たちは、常にシルの考えでシルのために動いているのだから」

「ふーん」




 サンクリの森にシアは満足したかしら。来るのが遅かったから、隅々まで見て回る十分な時間があったと思う。

 カレンは念を押した。


「シア、戻ったらシャーリンの様子を見に行ってきてほしいんだけど」


 シアは首を縦に振った。と思ったら、次の瞬間、姿が消えた。

 さっとカレンが振り返ると、クリスとディードがすぐ近くまで来ている。

 ペトラもふたりに気がついた。ゆっくりと伸びをすると宣言する。


「カル、そろそろ行きましょうか?」


 口を開きかけたディードが、拍子抜けしたように立ち止まった。そして、気を取り直したように尋ねる。


「このあとは、どちらに行かれますか?」


 ペトラは少し考えたあと答えた。


「南の川港に行きましょう。あそこは、一度、カルに見せておかないとね」


 そう言いながら、何かを探すように、周辺や上のほうを熱心に見回していた。


「幻精って、はねは持ってないのね?」


 ペトラはつま先立って、カレンの耳元に手を当てるとささやいた。


「そりゃ、シアは妖精じゃないし、ましてや鳥でもないし、単に作用力を使って移動するだけだから、はねなんて無用よ」


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