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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第2章

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38 国主に会いに行く

 カレンは、ペトラがいらいらと歩き回るのを見ていた。

 まるで、シャーリンが怒ったときとそっくりだわ。たぶん、このあと行動するとしたら、直撃かな。


「クリス、父のところに行くわ」


 ペトラはそう宣言すると、寝室に戻り戸棚から羽織を取り出し、すばやく着込んだ。カレンにも別の羽織を出して手渡した。

 やっぱり……。

 羽織を着ながら考える。内服(うちふく)で執政館を歩き回っていいのかしら。


「でも、部屋にいらっしゃるかどうか」


 そう言いながらもクリスはペトラに続く。

 ペトラは手を前に振って促した。


「上の父の部屋に行くわよ」


 ディードも急いであとを追い、慌ててカレンも続く。

 国主は居住棟にいるらしい。だから内服のまま。

 そのまま、三階に上がって奥に進むと、ペトラが大きな扉を押し開いた。中に入ると、担当護衛とおぼしき人たちが数人いる。




 ペトラは、姿勢をしゃきっとさせて、ずんずんと奥に進んだ。


「父に会います」

「ペトラさま、国主は、いま打ち合わせ中ですので……」


 護衛の言葉を無視したペトラは両手で内扉をあけた。

 クリスとディードは前室にそのまま残った。カレンは、どうしていいかわからず両者の間で立ち尽くす。

 ペトラが開いた扉の向こうには、国主と他にも二人座っているのが見えた。国主が、何事かという目でこちらを見る。


「ああ、ペトラか、何だね?」

「どうして、シャーリンを拘束させたんですか? それにウィルも」


 ユーリ国主はコートを着込んだままだった。どこかに出かけて帰ってきたばかりといった様子。国主は、向かい側に座っていた二人に合図をすると下がらせた。それから、おもむろに口を開く。


「ペトラ、ダニエルが説明したはずだが、ダンは、アリシア襲撃の容疑者として拘束されている。シャーリンは無関係と思うが、念のために謹慎してもらっている。いずれ、真相が明らかになれば、ただちに解放されるだろう」

「でも、国主はシャーリンが無関係だとわかっておられるはずです。それに、国主は謹慎を解くことができます」

「それはそうだが、国軍のことはアリシアにまかせてある。それなのに、わしが相反する命令を出したらどうなると思う? それに、アリシアには何か考えがあるに違いないと思っている」




 ペトラの声が大きくなった。


「ダンは、メリデマールがインペカールに併合されて、オリエノールに逃れてきたときからこの国に仕えているじゃないですか」

「それもわかっておる」

「でも、これじゃあんまりです。犯罪者扱いじゃないですか?」


 声のトーンがますます高くなる。


「これは国軍の管轄内で起きた事件で、アリシアはその当事者だ。わしは、アリシアの決定に異をとなえるつもりはない。さ、わしに仕事をさせてくれ」


 ペトラは、ブルブル震えながらしばらく突っ立っていたが、突然くるりと向きを変えると出てきた。その顔は真っ赤だ。

 カレンは、慌ててお辞儀をするとともに、ペトラのあとを追おうとしたが、国主の言葉に立ち止まる。


「カレン、少し話ができるかな?」

「わたし……とですか?」


 振り返ると、どうしていいかわからず立ち尽くす。


「さあ、こちらに入って」


 しかたなく前に進むと、後ろで扉が閉められた。




 カレンは、手を後ろで組み合わせて、片足を引いて正式の挨拶を行なった。それから、頭を上げ目の前の国主に顔を向ける。

 ロイスの家にあった写真の中の姿より、かなり歳を取っているように感じる。よく見れば、シャーリンと同じような濃い金髪にも白いものが混じっている。

 国主は、やおらコートを脱いで脇に置いた。手を向かい側に振る。


「さあ、そこにかけてくれ。シャーリンの件は誠に申し訳ない。さっきも言ったようにアリシアは国軍のトップだ。その決定を覆すことは無用の混乱を招きよくない」

「よくわかっています。ただ、ペトラの気持ちを考えると……」

「それもわかっておる。パメラは、あー、あの子の母親のことだが、エリックを産んですぐに亡くなった。それに、ペトラは、母親の違うアリシアとはだいぶ年が離れていて、ほとんどひとりだった。ずいぶん寂しい思いをしたはずだ」


 カレンを見た国主からやるせない気持ちが伝わってくる。どういうことだろう? まるで、自責の念に駆られているように思える。


「そのせいかシャーリンには小さいときからよくなついていた。あのふたりを目にすると……」


 国主はしばらく遠くを見るように、ぼんやりとした表情になった。カレンは胸の高まりを覚えながら黙って続きを待つ。




 国主は、突然スイッチが入ったかのようにしゃきっとした。立ち上がると窓際に行き、外を見ながら話を再開した。


「……まあよい。とにかく、あの子には頼れる大人が必要だとずっと思っていた。少し前にも、シャーリンにここに住まないかと話してみたことがあるのだが、あれはロイスから出たくないらしい。いっそのこと、ペトラをロイスにやろうかと思ったこともあってね。……実は、あいつは学校にも行っていない」


 国主は大きなため息をついた。


「ええ、聞きました。でも習練所にはかよっているそうですし、ちゃんと自分で勉強もしているようですから、それはそれでよいのではないでしょうか」


 カレンがそう話すと、国主は、振り向いて品定めするようにカレンをじっと見た。


 何も知らないのに、また偉そうに立ち入った意見をしてしまった……。相手はペトラの父でしかも国主なのに。顔が火照ってくるのを感じる。


 誰しも他人には理解のできない複雑な事情を抱えていることがある。それを最近になってようやく想像できるようになった。もっとよく考えて慎重に行動しなければ。


「そうか、あの子が、もうそのことを話したのか……」


 国主はしばらく黙り込んだ。




「すまない、いろいろとしゃべりすぎた。ひとつ頼みを聞いてくれるかな?」

「といいますと?」


 近寄ってきた国主を見上げる。


「ペトラはとても聡明だし機転も利くのだが、時々、それがあだとなることがある。なんというか、妥協というものを知らないからな」

「はい、それはわかります。でも……」

「こちらにいる間、ペトラの話し相手になってもらえるだろうか? あの子の精神の安定を保つためには、よき理解者となれる近しき者が必要なのだ。どうやら、ペトラは、あなたをそういう関係と認めたようなふしがある」

「そうでしょうか。わたしは何も知らない、常識もない田舎者です……」


 国主の悩ましい顔を見つめるうちに、自分が何を期待されているのかを突然悟った。その瞬間、わたしもそうしたいと思っていることに気づかされた。

 さらに国主が口を開く前に言う。


「わかりました。わたしにできることであれば何でもいたします」

「わしがもう少し時間を割けるとよかったのだが、今となっては、この深い溝は埋めようもない」

「どういう意味でしょうか?」


 国主は手を振った。


「気にしないでくれ、ただの独り言だ。さて、長く引き止めてすまない。あとはよろしく頼む」


 カレンは慌てて立ち上がると退出の挨拶をした。



***



 ペトラの顔はまだ赤い。


「カル、父と何の話をしたの?」

「つまり、さっきペトにした話と同じようなことよ。それに、ペトの話し相手になってちょうだいと言われたわ」


 ペトラは鼻をならした。


「そんなの、とっくに、わたしはカルを家族と思ってるんだから。今さらなんだかなー」

「家族?」

「そう、同境(どうきょう)は家族よ。さ、戻りましょう。作戦を立てないと」

「作戦? 何かとんでもないことを考えているんじゃないでしょうね? 国主にも、そこはしっかり念を押されたわ」

「ふん、わたしのことをわかった振りをしてもだめなんだから。クリス、ディード、帰るわよ。おなかがすいたわ。戻ったらみんなで午後のお茶にしましょ」


 ペトラは外に出て歩き出した。カレンも慌てて続く。


「今朝ね、フィンが、今日はクッキーを焼くと言ってた。きっともうできてるわ。カル、彼女の作るお茶菓子はどれもとてもおいしいのよ」


 いつの間にか、ペトラの顔つきが穏やかになっていた。

 クリスは、国主の担当護衛のひとりと話をしていたが、お互いに軽く手を突き合わせて挨拶したあと、急いで出てきた。ディードがしんがりを務めるようについて来る。


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