339 母の願い (カレン)
何度もおかわりをして、お茶を味わっていると、隣のエドナが心配そうな声を出した。
「今夜のことはまたにしたほうが……」
「平気よ、エディ。昨晩は……少しやりすぎただけよ。久しぶりだったから。大丈夫。今夜ふたりでいらっしゃいな」
「はい」
エドナの隣からマリアンが身を乗り出した。
「エディ、どういうことですか? 姫さまは作用力を酷使されたのでしょうか?」
「ああ、マリン、えーと……」
こちらに目を向けてきた。
そっとため息をつく。
「マリンとジンもわたしたちの家族でわたしの娘よ。ふたりに教えてあげてちょうだい」
エドナはスッと立ち上がると、ジェンナとマリアンの手を引っ張って部屋の隅に行くと話を始めた。ミアとメイが何ごとかと見ている。
「ねえ、メイ、あなたはロメルに帰らなくていいの?」
「ああ、お母さま、わたしは新しい年をみんなと迎えたいの。だから、ロイスにおじゃまさせてください。父とはこの前ここで会いましたから。それに、シャーリンと約束したの。ロイスのあのお城の上から一緒に星空を眺めようって。みなさんに前にも話したことなのだけれど、つまり、わたしはロイスのような心落ちつける場所でしばらく過ごしたいと思っていました。もし、お母さんが……」
「ああ、大歓迎よ。きっとロイスのみんなもあなたのことを待っているわ」
ミアがポツリと口にした。
「あたしも一緒に行きたかったなー」
「ごめんなさい、ミア、わたしのわがままであなたを縛ってしまって」
「カレン、それは違う。ロイスにはまた行けるさ。近いうちにね。ほら、カムランには有能な人たちが大勢いるし、レオンだっている。新しい王がしばらく不在でも何とかなるさ」
ああ、確かにそうかもしれない。もう、少し前のイリマーンとずいぶん情勢は違っている。皆の意識も変化しているはず。
「ええ、待っているわ」
扉の開く音がしたかと思うと、タリアが姿を現した。
「おはようございます、皆さま。遅くなりました」
とても晴れやかな顔。いいことがあったみたい。
「おはよう、リーシャ。さっそくで悪いけれど、今日の午後、みんなを呼んでお茶にしたいの。あなたにお菓子作りをお願いしてもいいかしら?」
「もちろんです、お母さま。それではいつもと違うものをいろいろ作ってみます」
そう答えながらも、向こうでひそひそと話す三人が気になっているのか、ちらちらと見ている。
戻ってきたエドナとマリアンは何ごともなかったかのように座り、ジェンナが目の前でもう一杯お茶を淹れてくれる。
それを見ながら口にする。
「ねえ、ジン。あなたとマリンは明日の夜いらっしゃいな。一緒に寝ておしゃべりしましょう」
ガタンと茶器のテーブルに当たる音が響き渡った。
「カレンさま……」
「ジン?」
「お母さま、以前にも申し上げましたが、カレンさまはイリマーンの……」
「ああ、そのことだけれど、ミアが王女になることに……」
「えっ? それでは……」
「ええ、わたしは退位することに決めた」
ジェンナはミアに目を向け頭を下げた。
「ミアさま、国王ご就任おめでとうございます」
顔を上げたミアが慌てるようにあたりを見回した。
「いや、まだ、さっき聞いたばかりだから、それに……」
ずっと黙ったままだったタリアが声を出した。
「お姉さまにすぐ紫側事が必要になりますね。わたしが最も信頼している娘たちを紹介いたしますので、どうかわたしにすべてお任せください」
「ううっ。こりゃ、大変なことになりそうだな。カレンの苦労が少しわかってきたような気がする……」
「ねえ、ジン、これでもう問題ないでしょう?」
「えっ? いや、それとこれは……病み上がりなのにわたしたちのために体に……負荷をかけるのはどうかというお話で……」
「そんなこと、ちっともないわ」
ミアがちらっとメイに目を向けてからしゃべり始めた。
「なあ、カレン、あまり無理するなよ。昨夜は……ああ、つまり……そこのことだけど……皆であんなにしちゃって、その……何を言っているのかわからないと思うけど……とにかくごめん……悪かった」
メイからも謝罪の言葉が漏れた。
「お母さん、ごめんなさい。でも、とってもすてきでした。そのう……いろいろとありがとう」
そうか。彼女たちは知らないのだわ。わたしもその場にいたことを。
「何があったのかわたしは知らないけれど、とにかくお気遣いありがとう」
そう答えたものの少し考える。ここで誤解はきちんと解いておいたほうがいいわね。
背筋を伸ばし胸を張れば、全員の視線が集まるのを感じる。どういうわけかムズムズと落ち着かない感覚に捕らわれる。この高まる感情は何だろう?
「そうそう、念のために言うと、わたし自身はちゃんと力を手加減できるわ。……見た目だって変わらないように制御できるのよ」
自信たっぷりに言ったつもりだが、見つめる一同の顔に変化がない。
ああ、誰も信用していないわね。
自分の胸元を見ながら続ける。
「つまり……これ以上変わることは絶対にないという意味よ」
ミアとメイは一瞬目を見張ったものの素直にうなずいた。しかし、ジェンナとマリアンからそろってびっくりしたような声が聞こえた。
「ええっ? そうなのですか、カレンさま?」
「いったいふたりは何を驚いているの?」
「いや、その、これまでは……」
言いかけたジェンナはすぐに首を振った。
「ああ、何か知っているのね? わたしがしでかしたことを。さあ、話してちょうだい」
「とんでもありません。とてもここで申し上げるようなことでは……」
「そう、残念。じゃあ、あとでお願いね。そうだ、明日の夜にじっくりと聞かせてちょうだい」
「ううっ……はい。わかりました」
メイがのんびりと言った。
「これからはお姉ちゃんにすべてを任せて、お母さんは何も気にせず自分のしたいようにすればいいのよ。何をされてもわたしはすべてを受け入れるし、何を見ても驚かないように頑張るわ。あっ、何かあればわたしもお手伝いするから。いつでもどこへでもすぐに飛んでいくから」
ますます気になってきた。いったいわたしは今まで何をしてきたの? 困ったことにあの記録は簡略すぎて肝心なところが全然わからない。
「ありがとう、メイ」
顔を上げてミアと視線を合わせる。
「あなたが国王になってしまうとしばらく会えなくなるわね。もっとあなたの話を聞きたかった。そうだ、また一緒に寝ておしゃべりしましょ。えーと、明後日の晩。いいでしょ? ほら、今度はいつ会えるかわからないし。ああ、そのときもう一度してあげるわ」
「いやいや、いやいや、またカレンのそこを……あんなにしちゃうのは。それに辛苦に耐えてまで……」
「ねえ、ミア? わたしを何だと思っているの? そりゃわたしは変なことをするし、常識に疎いという自覚はあるわ。それでも進んで責め苦に身を晒す変人ではない……つもりよ」
明らかに心配しているミアの顔を見つめる。
「ああ、どうやら勘違いしているようだけれど、あれをするのに第三の手を使う必要はないの。あなたたちも、ジンとマリンも作用者だから、普通に手を取り合うだけで同じことができる」
「えっ? でも昨夜は……」
「あれは誰かさんが……つまり、わたしの記憶外のできごとよ。そうでしょう? わたしはへっぽこケタリだけれど、感知と同調だけは誰にも負けないわ」
「あ、あ、そういうこと……」
タリアとエドナに目を向ける。
「あなたたちは作用者ではないから、ここを使うほうがいいように思うけれど、そうしたとしても、わたしが苦痛を感じたりどうかなったりは絶対にないから安心してちょうだい」
彼女たちはホッとしたように首を動かした。
「ああ、そういうことならぜひお願い」
ミアが言い、メイもうなずいた。
「お母さん、大好きよ」
「はいはい、わたしもよ。そうだ、ケイトのこと、いろいろ聞かせてね。わたしは姉の性癖をちっとも知らないのがわかったから」
「カレンさまはいつもほかの人のことを第一に考えますけど……」
「違うのよ、ジン、これはわたしのためなの」
自分の胸に手を当てる。
「新しい記憶の種をいっぱいもらってここに蒔くために、あなたたちと、ここにいない娘たちと、もっともっと強くつながりたいの。ミア、メイ、リーシャ、ジン、エディ、マリン、どうか、わたしの空っぽになったここをあなたたちの思いで埋めてちょうだい。そうじゃないと、虚ろなわたしはどうかなっちゃうから……ね」
「はい、お母さま」
娘たちのそろった声が部屋に響いた。マリアンからも。




