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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第5章

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333 記憶の番人

 マヤが出ていったあと、カレンはネリアとジェイの診察を受けた。

 あちこちをじれったいほど調べられたあげく、もう少し医術を使うと言われる。国王として万全の状態にする必要があるからと。そのとたん、イリマーンの王としての仕事が待っているのを知り気が滅入ってきた。


 少量の流動食を()ることが許された。食後には、チャックが淡々と話すこの国の状況についての報告を黙って聞いた。


 実務はすべてブランとエイデンが滞りなく行なっていると知り安心する。カムランの人たちがいる限りこの国は以前と変わらない。

 王が不在でも問題ない……とはいかないわね。


 原初が消滅して以来、現所より湧き出る大群は確認されていない。

 以前のようにほとんどのトランサーがひたすら南を目指すこともなくなった。その代わりに、大陸に広がる大群が今度はあらゆる方向に向かっている。北にも、東西にも勢力範囲が拡大していくのではないかと推測されているようだ。


 前線は静かになったものの、地下での活動は前より活発化しているとの報告が気がかり。

 以前は原初がすべてのトランサーを支配していたが、今は統制されない大群が深いところで大陸を破壊しているらしい。


 シャーリンとペトラが空艇を出して偵察に行ったと聞かされた。もちろん、彼女たちの衛事も同行している。


 それでも、わたしたち全員が移住する時間はまだ十分にある。北から順に移動を進めれば問題ないはず。もちろん、シルは自分の領域をしっかり守るだろう。たとえこの大陸が消滅したとしても。


 移住に必要な輸送艇の建造、物資の生産、移住先での農業や食料生産の準備、通信網の整備や情報統制、動植物の調査などこれからやるべきことは無数にある。

 そのすべてが回り始めている今は、上に立つ者の役目はそれぞれの進捗状況を見極め、遅れているところに集中的に人力と資源を投入する決定を下すだけ。


 見落としがないかを常に考え、国民の声を聞く場を設けるのも重要。最後の点に関してだけは、わたしにも何とか務まる。



***



「カレンさま、申し訳ありませんでした。ほら、ミラン、あんたも謝りなさい」


 そう言われたミランが(ひざまず)いて頭を床につけんばかりに下げた。


「本当に申し訳ありませんでした。カレンさまを何度も傷つけ輪術式(りんじゅつしき)をだめにしてしまいました。なんとお()びしたらよいかわかりません」


 ジェンナも隣で腰を落とした。


「あたしからも重ねてお詫び申し上げます。本当にすみませんでした。あんなことをしでかしたからには、内事(ないじ)主事(しゅじ)も辞任させていただきます」


 ふたりは頭を下げたまま微動だにしなかった。

 理由はわからないが、一緒に現れたマリアンまでもがジェンナの隣で同じ姿勢をとる。


「あ、あたしも姫さまの側事(そくじ)を辞め……」


 そのままの姿勢でジェンナが言った。


「何やってるの? マリン、あなたは何も悪くないでしょ」

「あたしはいつでもあねさまと一緒ですから」




「いったい何のこと?」

「えっ?」


 ジェンナが顔を上げた。


輪術式(りんじゅつしき)でミランがしでかしたことです」


 その彼の両手は白い手袋に包まれていた。手をどうかしたのかしら。


「どういうこと?」

「あのう……もしかして記憶が……」

「ええ、わたし、そのあたりの記憶がはっきりしないの。ごめんなさい」


 正確にはすべてを忘れた。チャックは輪術式に参加していないだろうし、ケイトも簡単にしか教えてくれなかった。もっと何かあったのかしら。


「あ、謝らないでください。あたしたちが無神経でした。カレンさまがあんなに頑張って、死ぬほど傷ついて力を使い果たしてやり遂げてくださったのに。ご自分のすべての記憶を代償にされたとわかっていたのに……」

「あなたたちはその場にいたのよね。今度詳しく教えてちょうだい」




 そういえば、彼女には何か役目があったような。


「あなたたちはわたしの主事と内事なのね? どうして辞めるの? 話してもらえる?」

「そ、それは、つまり、カレンさまが大怪我(けが)したのはぼくのせいなんです。カレンさまの忠告を聞かずに無理やり参加したから」

「無理やり?」

「ミランはあたしを助けようとしたんですけど、それがかえってカレンさまを傷つける結果に……」


 カレンはパッと手を上げた。


「もういいわ。わたしは何も覚えていないから、そのことは忘れてちょうだい。それで、これからもわたしを助けてもらえる? わたしの主事と内事として」

「よろしいのですか? こんなあたしたちが……」

「いいこと? 記憶はないけれど、わたしがあなたたちを内事と主事にしたのよね。それなら、あなたたちしかいないとわたしが確信したからに違いないわ」

「わ、わかりました」


 こちらを見ているマリアンにも言う。


「もちろん、マリン、あなたもよ」

「はい、ありがとうございます、姫さま」




 突然、ジェンナの目から涙が溢れてきた。


「ど、どうしたの? わたし、何か気に障ることを言った?」


 彼女は何度も首を振った。


「そうじゃありません。肝心なときに役に立たないあたしにこれほど親切にしてくださるのが……」

「あなたは内事としてきっと十分に……」

「いいえ、そうじゃありません。カレンさまがトランサーと戦ってぼろぼろになって、ミランのせいで大怪我(けが)して。あたしは癒者(いしゃ)なのにカレンさまを癒やせなくて……」

「癒者?」

「はい。カレンさまとつながれば癒者として回復作用を使えたんです。ダレンさまに言われました。ケタリが間に入れば回復力を流せると。シャーリンさまが手伝ってくれました。でも、何度やってもできませんでした。あたしの力はなくなってしまったんです。ジェイとネリアが、それにペトラさまも頑張っておいでなのに、あたしは何もできず……本当に無力で……」




「ジン、両手を出して」

「え?」

「わたしに視せてちょうだい」


 少し回復した作用でジェンナの中に入る。


「ああ、これね? 作用を流してみてくれる?」


 しばらくは何も起こらなかった。同調力を少し使うと変化があった。すぐに両手から作用が流れ込み始めた。壁を取り払いその流れに身を委ねる。ああ……これが回復力。

 体がどんどん温かくなる。それに、自分の力も(よみがえ)っていく。

 あれ? 両方なの?


「すごいわね、ジン。これが回復力……。自分でもわかるわ、癒やされていくのが」

「え? ええっ!? そんなはずはない……ずっとできなくて……」

「今はできているわ。しばらくあなたの力を分けてもらっていいかしら?」

「えっ、えっ? はい、いくらでも」

「じゃあ、ちゃんと座って」


 マリアンに目を向けるまでもなく、あっという間に椅子が運ばれてきた。




 ねえ、どういうこと? わたしには何が何だかさっぱりよ……。

 すぐに会話が形成された。今回はレアが教えてくれる。


「この者は、日と月の回復者になった。ある意味、あたしが原因かも」


 日と月……二つの力?


「どういう意味?」


 レアの説明に耳を傾ける。


 カレンの要請でフィオナを助けるために離れたレアがフィオナの根源と一体化した。フィオナが自らを消滅させた時にその根源が、ことに近しい根源を持つジェンナに引っ張られた。

 離れるレアとともに根源も、つながったふたりの間を移動することになり、二つは一つになった。


 結果的に二つの経路が作られてしまったため、同じように二つの経路を持つ同調者でなければ間に入れなくなった。


 ああ、レア、あなたはフィオナだけでなくジェンナも救ってくれたのよ。感謝するわ。


「ありがとう、ジン、もう十分よ。体も軽くなったし力も戻ってきたわ」




 両手を膝に置いたジェンナの顔を見つめる。先ほどから頭の中がモヤモヤしている。これは何かしら。


「そういえば、あなたにはほかにも何かお願いしていたかしら? そんな感じがするのだけれど」


 ジェンナの目からまた涙が溢れてきた。記憶にはないけれど、彼女はこんなにも涙もろいのかしら。


「ど、どうしたの? わたし、また何か気に障ることを言った?」

「いいえ、いいえ、そうじゃありません。あたしはカレンさまの記憶の番人です。カレンさまがお忘れになったことは、あたしの知る限りお話しします。それ以外のことも他の人に聞いて回ります。だから……」

「やはり、わたしがあなたを内事にしたのは先見の明があったわね」

「そうじゃありません。本当は、あたしが強引にお願いしたんです。初めてお会いした日にいきなり。側事と内事と主事にしてくださいと」

「あなた、三つの仕事をこなすの?」

「そうじゃありません。そこではなくて、つまり、カレンさまはしかたなくわたしたちを……」

「ジン? 怒るわよ。たとえ記憶を失ったとしても、わたしはそのようないいかげんなことはしないつもりよ。これまでも……そしてこれからもね?」

「はい……」




「とにかく、あなたが言うように初日にあなたと約束したのなら、わたしはあなたを最初から気に入ったという意味ね。あなたを信頼していたに違いないわ。今もそう感じているもの。わたしの直感は……正しいと思うの。それに……ジン、マリン、手を出して」


 差し出されたふたりの手を握り、かなり回復した力で同調する。すぐにふたりから大きなあえぎが漏れた。


「ほら、ね、ふたりはわたしの家族なのよ。あなたたちはわたしの妹だったのかもしれないけれど、今では……もう娘そのものだわ。きっといろいろあったのね。何はともあれ、今からわたしがあなたたちの第二の母よ」

「はい……お母さま」

「何となく同調作用の感覚がつかめたわ。少しでもいいから記憶が戻ればと思ったけれど……どうやらそれは無理みたい……」


 突然ジェンナが口元を押さえた。


「あっ、あたしったらすっかり忘れてました、とても大事なことを。カレンさまはご自分で記録をつけておいででした」

「記録?」

「はい、毎晩かかさず」

「ではそれを見れば……」

「輪術式に向かった際もご持参していました。お部屋にありますので取ってきます」


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