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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第5章

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323 何ごとも試してみなければ

 マヤは前より重くなった。身長が伸びたのだから当然か……。


「みんなで……ひとつにつながる?」


 カレンを見下ろす目は真剣。

 今からやるのは皆で輪を作り作用を回すこと。

 マヤがすぐれた作用者になるためにも多くの実践機会を与える必要がある。……今回は彼女に任せてみようかしら。ひとつうなずいて彼女の指示を待つことにした。


 マヤはエメラインの左手をつかんで持ち上げた。

 そのすらっと伸びた指に見とれる。


「りきずいに……」


 やっぱりそこなの?

 ああ、でもその手はだめ。捻ってもそちらには曲がらないのよ。


 すぐに気づいたらしく、左手を戻して前屈みになった。腕を伸ばして反対の手を引き寄せたもののやはり届かない。


 体をこちらに向けてくれないと無理。

 そう話そうとしたところで、マヤが手を右側に下ろした。すぐに何とも言いがたい声が聞こえた。


「そっち?」


 メイジーから感心したような声が漏れた。


 いや、どちらにしても違うから……。

 やはり、まだ難しかったかしら。そう思ったものの、答えを見つけて得意そうなマヤを見上げてため息をつく。手をつなぐだけだからどこでもいいか……。

 それにしても力髄のことはどうなっちゃったのよ?


 思えばこちらを使うのは初めて。右手は左手より弱いが、第三の手にも違いがあるのかしら。


 指を広げ反り返った手のひらが震えるのを見ていると、彼女がオリエノール随一の衛事であることなど想像もできない。

 マヤが両手で撫でつけるように押さえると今度は丸まった手に力が入った。たまに見せるあどけなさの裏に隠された力強さが指先からはっきりと伝わってくる。


 突然あの凄惨な光景が目の前に再現され息が詰まった。鼓動が早くなり慌てて小刻みに呼吸する。……もう少しで彼女を失うところだった……。

 あれ以来、記憶が過敏になったような気がする。




 ああ、今そのようなことに思いを巡らすときではない。

 すでに覚えのある温かいものが湧き上がってきたし、見るからにマヤが困り果てている。これでは先に進めないと彼女も悟っている。


「エム、落ち着いてちょうだい。体の力を抜いて……」


 流れ込む作用が強ばった指の間で膨れ上がり緊張した手を押し上げる。


 また別の思考が展開される。

 これが……わしづかみと言うのよね。


 ワシ……太古より空を統べるものにして風の使いの象徴たる存在。ライアがそう話していた。つまりエアもそうなのだから一体であるわたしにも縁のある存在。一度この目でその雄姿を見てみたい。

 どこに行けば……って、どうして余計なときに割り込んでくるのよ?


 ようやく自分の手元に目を向けたエメラインの顔が灯りに染まった。またもや震えが伝わってくる。何か言ったようだけれど聞こえなかった。


「もっと楽にして。そんなに張り詰めると壁ができちゃうわ」


 ああ、このままだと、障壁のせいで作用がすべて跳ね返ってしまう。


「息をするのを忘れてない? ほら、こっちを見て。さあ、大きく息を吸って……次はゆっくり吐いて……」


 ふたりの呼吸が同期するにつれて上下する手の硬直も緩んできた。




 突然マヤが腕をメイジーに伸ばした。

 エメラインの手に(かぶ)せるようにメイジーの手がピタリと置かれると、残った緊張がスーッと消えていく。


 母より妹に触れられるほうが気が抜けるなんて……なんか釈然としないけれど、まあいいわ。とにかく障壁がきれいになくなった。もう大丈夫。


 マヤは満足そうにひとつうなずくとついと顔を回してチャックに向けた。つられて皆が同じほうを見る。

 彼女は忘れていなかった。彼も家族であることを……。


「お父さん、来て」


 右手をパッと伸ばす。

 魔法にかけられたようににじり寄ってきた彼が差し出した手をマヤがつかんで引っ張り寄せ、メイジーの手を覆う。さらに自分の右手、左手とのせた。

 重なる手が増えるにつれ、その重みに(あらが)うように温かな流れが溢れ出て膨らんでいく。


 キュッと締まった高台に積み上がったものを全員が凝視したが、誰も一言も発しなかった。

 口をすぼめてフッと息を吐いたマヤがこちらを(うかが)うような視線を向けてきた。


 わたしなら、もちろん両手を使って全員でひとつの輪を作ったはず。そして、輪にそっていくつもの作用が巡る。それが同調のやり方。

 しかし、マヤは全員が一か所で同時につながる方法を採った。これで同調できるのかしら。


 ほのかな灯りを映した青い瞳を見返してひとつうなずいた。

 軽く深呼吸したあと、それまで我慢していた力を緩める。たちまち作用が溢れ出て全員に向かって流れ込む。引きずられるように湧き出るそれぞれの作用と一緒になってまた広がる。

 すべての作用が五人の間で混じり合った。




 まったくの杞憂だった。輪になっていなくても同調は可能。ああ、そういえば、あのときも閉じていなかった……。

 むしろ、お互いの距離が近くて融合が強まったような気がする。これを直感で悟っていたのだろうか。それとも……。

 両手を首に回して頭を起こす。眼前のちぐはぐな塔をもう一度見て気づいた。この順番……。


 交互になっている理由に思い至った瞬間ゾクッとした。

 強い作用を持つ者の手の間にそうでない者の手が挟まれている。土台だけでなくてっぺんの手も作用の漏れを抑え封じ込めている。六層のつながりが凝縮され最適化された経路。

 ひとつの輪を作るよりも強い結びつきを生んだのにはこの配置が関係あるのかも。


 マヤが両手を使ったのは自分の力が未完成なのを自覚しているからだろうか。いや、それよりも、父親のほぼ失われた作用を補助するためかもしれない。

 確かに今は彼もこのきずなの輪の一員としてしっかりと存在感を持っている。


 とても信じられない。

 しかし、考えてみれば、年齢による作用力の限界というのは単なる一面にすぎず、実は潜在的な力はまだ残されている?

 確かにそうでないと説明できないことが多々ある。姉やディランのこと、そして力覚もそう……。


 それにしても、一連の動作が偶然だとしたら奇跡であるし、意識してやったのだとすれば……この才華には驚異しか感じられない。


 あまりの思いがけないことに手から力が抜け頭がストンと枕に沈んだ。目は天井に描かれた模様を意味もなくなぞり体には震えが走った。

 図らずもさらに広がってしまった同調に揺さぶられて目が(くら)んだ。




 これまでの同調でこのようなのはなかった。

 周りから風を切る音が聞こえる。気のせいなどではなく、目を閉じれば本当に大空を飛んでいる。日の光が溢れ眼下には広大な森と湖が広がり、そして顔に吹き付ける少し甘い大気の匂い。

 何もかもが現実のように感じられた。


 両側のふたりから何度もあえぎが漏れる。

 流れる作用はしだいに穏やかに緩やかになり、全身に受けた爽快感だけが残った。

 今さら、愛する者と行う同調は特別な体験になるのだと知る。

 ゆっくりと深呼吸する。これが真の融合……だったのかしら。


 目を開くと、マヤは目を瞑ったまま激しく息をついていた。彼女も同じように感じたかしら。

 結局、第三の手の優劣ははっきりしなかった。メイジーのときと流れは変わりない。そういうものなのかしら。


 エメラインが長々とため息を吐いた。


「すごいです……。よくわかりませんが、何か変わったような気がします」

「ええ、たぶんね。あなたの知覚も前より鋭くなったはず。作用が強化されたかどうかまでは定かでないけれど」

「とても……気持ちいいです。こんな不思議な感覚は初めて……。まるで自分自身が森の一部になったかのようで、木々とともに空に、光に向かってぐんぐん伸びていく。こんな鮮やかな光景は夢にも現れたことないです」

「へーえ、そんなはっきりとした景色が見えたんだ。あたしは……あまりのすごさに目が回るだけで……でもすてきだった……まだ震えが止まらない……」


 少し首を傾げていたメイジーは続けた。


「それにしてもお母さんはすごいね」

「突然何なの、メイジー?」

「いろいろなところが」

「それじゃあわからないわ」

「いいの。わからなくて」

「変なの」



***



「……ねえ、エム、えーと……体は……大丈夫なの?」


 本当は聞くべきではないのかもしれない。

 わたしと違って時間とともに薄らぐ記憶を再び鮮明にしてしまうから。それでも……。


「もうすっかり元どおりです。カレ……お母さんのおかげです」

「何を言っているの? あそこであなたが頑張って生き抜いたのよ。そしてジェイとネリアの医術の賜もの。彼らは本当にすごいわ。ペトラが夢中になるのも無理ない」


 隣でメイジーが身じろぎした。


「もちろん、あなたの妹の献身的な看病のおかげもある。……ねえ、エム、ありがとう。あなたなしではあの壁を越えられなかった。わたしならとてもあなたのように耐えられなかった。わたしだけではあなたの妹たちを守れなかった。本当にありがとう」


 ……それでも、きちんと感謝を伝えておかなければならない。命をかけてかけがいのないものを護ってくれたのだから。


「お母さんがいるから頑張れたのです。お母さんがそばにいなかったら(くじ)けていた。声が聞こえなかったら耐えられなかった……」


 あのような経験をしたら心の傷が癒えることは一生ないはず。それなのにこんなに気丈に振る舞っている。


「あなたは本当にすごいわ」

「お母さんの娘ですから」


 はにかむように話す彼女の穏やかな顔はちょっぴり誇らしげ。


「それに、あのことに触れるのをためらう必要はないのですよ。むしろ話してくれてとてもうれしいです。どうしてでしょうか。変ですよね……」


 それは……一緒に頑張ったことだから? それとも家族だから?




 彼女の遠くを見るような目を前に自然と口が動いてしまう。


「あなたのご両親について聞いてもいいかしら? わたしは知っておくべきだと思うの」


 もぞもぞと動いたメイジーがこちらを向いた。


「はい。……わたしの祖母はメリデマールのレムルの出です」

「ああ、やっぱりそうなのね……」

「アンナは下から二番目だったと聞かされました。末の妹のように幼少時ではなかったものの、成年前に他国に行かされました。どちらも政略的な理由だったのでしょう。後にアンナの子エセルと一緒になった母エレノアはおじ……お父さんと同じくオリエノールの者です。父がいなくなったあと、母もわたしもお父さんには何かとお世話になりました。母も弟たちを産んでしばらく後に亡くなったので、わたしは祖母からいろいろ教わりました」

「では、シルのことも……」

「ええ、すべては祖母から受け継ぎました」

「ああ、つまり、わたしたちは母娘(おやこ)になったけれど、それ以前に遠い従姉妹(いとこ)のようなものだったのね。どうりで会ったときから引かれるものを感じたわけだわ……」


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