322 新しいつながり (カレン)
新たなきずなが完成したあと、チャックがつぶやいた。
「これで終わったのか……確かにあっという間だ。ケタリとはすごいものだな……」
「早すぎた?」
同じ考えに引き寄せられたかのように体を寄せ合う。
「ねえ、あなたはわたしより長生きするのよ。そうでないと今日のこの瞬間のことを話してくれる人がいなくなってしまうから」
「今日……」
一瞬、時が止まった。
「このことを君に話すのか……それは、なんていうか……」
「……冗談よ。今夜のことはあなたが覚えていてくれるだけでいい」
「そ、そうか。すまない」
「どうして謝るの? それに、あなたはあなたの大切な方を、イジーのお母さんのことを忘れてはだめよ」
「ああ、おれは、今でもレイナを愛しているし、カレン、君も愛している。おかしいかな?」
チャックの顔を見てカレンは首を振った。
「いいえ。それを聞けてうれしいの。別に押しつけじゃないのよ。ただ、記憶は大切なものなの。たとえ失われたとしても。誰かの片隅に存在するとわかっているだけで安心できる。わたしもあなたを愛している。ああ、本当に……」
しばらくして彼が心配そうに見上げた。
「どうかしたか?」
「あなたに話さなければならないことがあるの」
「なんだい?」
「わたしには……もうできないかもしれない。なぜか視えてしまうの。双子を授かる代わりに。だから、あなたとの……」
「カレン、いいか? おれは君と成子結びをしたんだよ。それに、君の娘は、いや、おれたちの娘はもう大勢いる。これ以上何を望むと言うんだ? おれは君と一緒にいられるだけで幸せだ。おれが好きなのは君なのだから」
「うん、うん……わたしも同じ……」
カレンはチャックの胸に耳をつけていた。
「こうするとね、あなたの力髄の声がよく聞こえる。わたしが力を注げば精媒が完全に復活しそうなほどはっきりと」
一瞬ジェンナにならと考えてしまう。そのようなことはあり得ないはずなのに。
「おれにもできるかな?」
「わからないわ。やってみる?」
入れ替わったあと、真剣な顔で耳をつけたチャックから目を離す。
むだに広い部屋を見回して、壁に呼び鈴の紐があるのを発見した。まあ、当然よね。何かあったら呼ぶように言われたけれど、何かって……どんなことを想定していたのかしら。
少なくとも今夜は何も失敗しなかったと思う。彼女からいろいろと聞き出すのには苦労したけれど、そのかいはあった。
唸り声が聞こえた。離れたあと彼は天井に目を向けてため息をついた。
「だめだ……全然聞こえない」
「やっぱりそうよね……そううまくはいかないわよね……」
「眠くなってきた……」
「わたしも。今日は一日慌ただしかったし、明日も朝から行事が立て込んでいる……」
これからのことを考えたとたんに気が滅入ってくる。そっとため息をついた。
***
「あら?」
チャックが頭をもたげた。
「どうかしたか?」
「あの子たちが来ている」
「だれ?」
「イジー、それにマヤも」
「ん? 何しに来たんだ?」
カレンは微笑んだ。
「あなたと同じよ。きっと」
「ちょっと見てくる」
チャックはベッドから滑り出ると服を羽織った。
手を頭の下に入れて持ち上げ扉のほうを見る。
彼は寝室の扉をあけ放ったまま前室に向かって歩いていった。さっと入り口をあけると、ふたりが勢いよく倒れ込んだ。
「メイジー、そこで何してるんだ?」
「チャック、怒っちゃだめよ」
メイジーの声がいつになくしどろもどろだった。
「いや、チャック、これはね……」
マヤの声がした。
「お姉ちゃん、こっち、こっち」
マヤに引っ張られるようにふたりがそばに来た。
メイジーは椅子にかけられた服をちらっと見て言った。
「邪魔するつもりじゃなかったんだけど、マヤが……」
「いいのよ、もう終わったから。さあ、ふたりともいらっしゃい」
メイジーの手をパッと離したマヤはすばやく毛布の中に潜り込んできた。手を出してぐいっと毛布を押しのけると耳をくっ付けてくる。その隣に手が置かれたとたんに彼女の力強い作用がぐんぐん伝わってきた。
「マヤ、あなたの作用力、とても強くなったわね」
「えへへ、すごいでしょ。先生にも褒められたんだよ」
これはもう完全におとなの作用者だ。周りの精気が彼女にぐいぐい引き寄せられているのが今でははっきりわかる。それに、このケタリの種はもう……。
突っ立ったままのメイジーが目に入り声をかける。
「イジー、あなたとの間にも母娘のきずなを作らないと。手をつなぐだけだから」
メイジーがこくりとうなずいて反対側に潜り込んできたので左手を伸ばす。
「お姉ちゃん、手を出して」
マヤがメイジーの手をつかんで引っ張る。
「ここにり……りきずいがあるんだよ」
ねえ、マヤ、忘れたの? もっと下でしょ……。
「こうするとつながるの」
今回はただ普通に手をつなぐだけでいいのだけれど……。行き場を失った手が宙をさまよう。
それを見てメイジーが何か言いたそうに口を開いたが、結局こちらに視線を向け肩をすくめただけだった。
まあいいか。どの手を使おうと結果は同じ。教えるのは今度にしよう……。
手のひらからメイジーの作用が流れ込んできた。こちらからの作用も溢れて真っ直ぐに彼女に注がれる。障壁の痕跡すら確認できなかった。
何もしなくても同調が進み、彼女の力髄との間に結びつきができた。あっという間にひとつになった。
メイジーからため息が漏れた。
「なんかすごい。目が回りそう」
「イジー、これでわたしたちは本当の家族になったわ」
「メイジー」
「えっ?」
「お母さんにはメイジーと呼ばれたい。チャ……お父さんと同じように」
「いいの?」
「当然」
「わかったわ、メイジー」
「そういえば、姉さんと……」
突然マヤがガバッと毛布をはね除けて起き上がった。
「忘れてた!」
そう叫んだマヤはベッドから滑り降りるとあっという間に部屋を飛び出していった。
ベッドの上に座ったまま黙って見ていたチャックが声を出した。
「いったい、どうしたんだ、マヤは?」
メイジーに目を向けると、少し恐縮したような顔があった。
「もしかして彼女と……」
「う、うん」
なぜか彼女の手に力が入った。
「……ねえ、メイジー、もう離していいと思う」
「あっ、あ、そうだね」
そうつぶやいたものの自分の手を見つめたまま考え込んでいる。
「……こうすると誰もがお母さんの家族になってしまうの?」
彼女の顔をまじまじと見た。冗談ではないらしい。
「ならないと思う。それに、たぶん普通の人はこんなことをしないわ」
「あ、そうだよね」
苦笑いをしたメイジーがようやく手を引っ込めた。
「……でも、手をつなぐのは普通にするよね?」
「わたしから働きかけない限り、そして相手が受け入れなければ、何も起こらないわよ。それに、つながりには、ごく弱いものから一体化するほど強固なのまでいろいろあるのよ。でも、どうして?」
「そ、そうだよね。お母さんが手をつなぐだけで妹や弟が増えたらたいへん」
あきれた。
「そんなことを心配していたの?」
向こうでチャックが何か言ったが聞き取れなかった。
扉が開いて、マヤに引っ張られたエメラインの顔が覗いた。
「だめですよ、マヤ、邪魔しては」
メイジーが呼ぶ。
「エム、入ってきて」
「えっ? イジーもいたのですか?」
マヤに引きずられるようにエメラインが入ってきた。
「すみません、おじさま。それにカレンさ……」
こちらを見てピタッと立ち止まったエメラインの目が大きく広がった。
マヤがいた場所をポンポンと叩いて言う。
「エム、ここに来て。あなたとのつながりを確かめたいの。家族になったらしいから」
彼女とはあのとき一応のつながりはできたけれど、母娘としてではない。もちろんチャックともつながっていない。
「……お母さんと呼んでもいいですか?」
その話し方も所作もあのときの敢然たる姿とどうしても重ならない。
「前にもそう言われたような気がする」
先にベッドによじ上ったマヤに引っ張られるように、右側に横になったエメラインのやや険しい顔は、天井に向けられたまま。いつも自然体で何ごとにも動じないメイジーと違い、気を張っているのがありありとわかる。
「ねえ、エム、家族のみんながひとつにつながれば力が強化される……らしいわ」
「えっ? あ、はい」
ぼんやりと口にする彼女の横顔を見て、不意に言の葉が浮かんだ。
初陣前の幼き兵の顔は真っ白で……。
これはどのお話だったかしら。




