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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第5章

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321 わたしに求められること

 イリマーンの王がまた亡くなったことは、たちまち他国にも知れ渡った。

 イサベラが逝ってしまってから再び前線が活発化した。壁を強化し防御に力を注がないと南下を阻止できなくなった。

 イサベラの兄をはじめとする力軍の指揮官とタリアの連れ合いルイや他の大勢の正軍指揮官が、軍を結集して壁を維持している。


 マーカスから要請を受けたが断り続けている。

 イサベラの兄たちがいるではないか。

 権威ある者の最後の務めが新しい王の指名なのはわかっている。それがわたしだという。


 このことは皆が知るところとなり、アリシアからは国主の名代を派遣すると連絡してきた。ペトラが話していた外交を進めるために、新しい国王の即位儀と前国王の葬儀に出席するという。

 自分は多忙でとても出かけられないとすまなそうに言うのを聞いたが、本心は違うところにあるような気がしてならない。


 マーカスはアレンを伴って何度か現れた。イサベラの兄たちもやって来た。皆がわたししかいないと口にする。


 ふと外を見れば、雪が舞っていた。

 窓際に置かれた椅子に座りぼんやりと外を眺めていると、ジェンナに声をかけられる。


「カレンさま、マーカスさまがお見えです」


 またか。日に何度もやって来る。

 まあ、彼としても最後の義務を果たしているだけ。


「お通しして」


 もう断りきれないと思えてきた。

 イサベラが亡くなってから何もする気が起きない。胸にぽっかりと穴があいたよう。

 協約の遂行もできなくなった。シルとの約束を果たせなくなった。



***



 マーカスからまた同じ話を聞かされる。これで何度目だろう。わたしのような記憶力を持たない人でも彼の言葉を一字一句繰り返せるだろう。


 確かに、偉大なるレイチェル王の弟ラルフの子ランスはわたしの祖父でケタリ。わたしの父はランスの子ユアンであり、母であるメリデマールはレムルのダイアナとともにケタリ。

 そして、これまたケタリである前王イサベラの母がこのわたし。わたしも皆には一応ケタリと見なされている。

 四方を絶対的な壁で塞がれて逃げ出す隙がまるでない。


 それでも、他国でかろうじて生きてきたわたしにイリマーンの王が務まるはずはない。そう主張しているが、彼も自分の節を曲げようとしない。根負けしそうだ。


 確かにイサベラはディランとわたしの間にできた娘。それにグレースには返しきれない恩がある。

 グレースとイサベラのためにも引き受けなければならない。そうわかっていても逃げ続けるのには理由がある。わたしは恐れている。


 ブランとエイデンには言われた。カムランのすべての人があらゆる障壁を取り払い、わたしを支え、いかなる干渉からも護ると。実務に手を染める必要もない。それでもためらうのは、わたしが常識外れな行動をするかもしれないから。


 ペトラとシャーリンは反対すると思っていたけれど意外にもすんなり賛成した。オリエノールの相事であるわたしをよその国に出すことにアリシアも異議を(とな)えなかった。誰もかれもが賛同している。


 イリマーンの王になるには成子(なるこ)結びを交わした伴侶が必要。たぶん、最も恐れているのはこのこと。

 わたしと一緒になった人と過ごす日々の記憶はどんどん失われていく。それを考えるだけで苦しくなる。

 そもそも彼は引き受けてくれるのだろうか。自分のことをすべて忘れてしまう連れ合いを持つことを。



***



 マヤが到着した。会談の間でとてもおとなびた挨拶を受ける。

 あれからひと月あまりなのに、すごく成長したのを感じる。背も伸びたようだ。

 公の行事が終わりしだい別室に場所を移し、訪問団の全員を招いてお茶会を開く。ジェンナを伴い全員と一人ひとり時間をかけて話を交わす。


 サラとトリルに出会ったのは三月(みつき)以上も前のこと。あのころは何ごとも初めてで右も左もわからなかったっけ。ふたりは早くから力に目覚めたマヤにつけられた専属の教師だという。


 ロイとマレは念願(かな)って空艇でイリマーンに来られたとお礼を言ってきた。

 衛府(えいふ)に属するカイやモリーやソラたち侍衛(じえい)、懐かしい顔ぶれがそろった。


 思わず涙がにじんでくる。皆を覚えているうちにまた会えたのがこよなくうれしい。わたしたちを支えてくれる人たちをこれからも忘れたくない。


 マヤを見ているうちに少し気分が晴れてくる。気力を取り戻し前向きな気持ちが湧いてくる。

 しかし彼女と話しているシャーリンの様子が少しおかしい。具合が悪いのかしら。


 その夜、チャックと話したあとマーカスに受諾を伝えると、マーカスは露骨に安堵の表情を浮かべた。

 彼は非常に若い。権威ある者としての在任期間があまりにも短いのは気の毒だけれど、わたしは別の人を権威ある者にしなければならない。また一悶着(ひともんちゃく)あるかもしれない。



***



 翌日の朝食(あさしょく)のあと、シャーリンの部屋を訪ねる。

 窓際の椅子で外を眺めていた彼女の前に座る。


「どうしたの?」


 彼女の顔に怪訝(けげん)の表情が浮かんだ。

 どうやら遮へいはできるようになったらしいけれど、感知は使えないようね。それでも、直接なら()えるはず。

 彼女の左手を取りスカートを引っ張ると、隙間から彼女の手を押し込む。上から手をしっかり押さえて彼女の顔を見上げる。


「さあ、目を閉じて、手のひらに意識を集中するのよ。そうすれば感知がなくてもわかる」


 何も言わずに素直に従ったシャーリンはしばらくじっとしていた。

 やがてあけた目が驚きで広がった。

 黙ってただ紫色の瞳を見つめる。そう、彼女と同じ色の瞳、同じように力に溢れた目。


 こちらをじっと見る顔に突然理解が浮かび上がってくる。


「そういう意味だったのか……。あの時、彼女に言われた。わたしをお願いと……」


 突然、シャーリンが背中に腕を回してきた。膝を立て伸び上がって同じように手を回してしっかりと抱きしめる。


「どうやって?」

「イサベラの幻精のおかげよ。たぶんね」


 わたしのときと同じ。幻精は無慈悲なようで、たまに予想外の情けを見せる。

 いや、そうではない。この世界に触れていない、まだこの世界の一部になっていないものだから。

 それに、ユアラはイサベラを気に入っていたに違いない。すべては、イサベラとユアラの間のきずながもたらしたもの。いや、おそらくライアもだ。空と地……風使いと髄使いの術、ふたりとの同調……わたしたちもそうだった。


 突然、シャーリンの顔がハッとしたように震えた。


「この子たちの父親は……」

「安心して。サイラスではないわよ。カイルだと思うけれど、彼のことは……」

「うん、そうだね、いろいろと考えるところはあるけれど、父親が誰だろうとわたしには関係ない。この子たちはわたしを(まも)ってくれたイサベラの生まれ変わりなのだから」

「ええ、ええ、わたしもそう思うわ。それに……きっと彼女もそばで見守っているわ」



***



 部屋に入るとすでにチャックが来ていた。


「本当におれでよかったのか? もっと若い……」

「今さら何を言っているの? それに一応わたしはあなたより年上なのよ」

「いや、そうと頭ではわかっていても、見た目はそうじゃないから」

「ええ、そうだったわね。じゃあ始める?」


 わたしの限られた記憶では、これからすることがまた初めての体験になってしまう。

 触れ合った瞬間、電撃が走ったような未知の感覚を受ける。


「不思議な感じだわ」

「おれもだよ。おれには作用者としての力はもう残ってないはずなのに、気のせいか君の中の作用を感じている。これは単なる想像にすぎないのだろうな。それともこんなことが本当にあり得るのかな」


 チャックの顔を見上げた。額に深いしわが刻まれている。苦労を重ねてきた年輪みたいなものかしら。思わず笑みがこぼれてしまう。


「どうかしたか?」

「いえ、こうやって間近で見ると、あなた、結構歳を取っているわね」

「何を今さら。その年寄りを選んだのは君じゃないか」

「そうだったわね」


 チャックの目を見ながらゆっくりと口にする。


「あのね、言われたことがあるのよ。普通の作用者は一晩かけてつながりを作るんだって」

「ああ、そうだよ。おれも……いや、何でもない」

「でもね、ケタリの場合は……あっという間らしいのよ」

「それは……何というか……せわしないな」

「わたしもそう思うわ」




 触れられた瞬間がとてもくすぐったいと知った。もちろんこの感覚は記憶のどこにもない。


「……わたしはね、フランク、つまりペトラとシャーリンの父親だけれど、彼とのことはもう思い出せない。遠い昔のことだから。記憶の外だから……」


 少しの間、記憶の森を探し回る。チャックと出会った瞬間を思い出す。繰り返し目の前に再現させる。


「あなたと出会ったときのこともいずれ忘れてしまうの。それがとても悲しい」

「おれは……ちゃんと覚えている。君が忘れたとしても何度でも話してあげる」


 思わず笑いが漏れてしまったらしい。何だという顔をされる。


「前にも同じように言われたことがあるの」

「それはつまり……」

「ええ、そう。その彼はもういない」


 チャックの顔を引き寄せる。


「……わたし思うの、わたしがいかに幸運に恵まれていたのかと。わたしの短い記憶の中で、多くの人たちと出会いきずなを結べた。感謝している、みんなに、そしてあなたに……」


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