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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第5章

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319 それならどうして? (カレン)

 地面に伸びている二人を見たあとサイラスが言った。


「ケタリシャはやっかいだ。おい、シャーリン、こっちに来い」

「シャル、だめ! サイラス、どうして男にこだわるの?」

「おれの意志を受け継ぐケタリが必要だからだ。おまえはそれができなかった」


 彼はイサベラに目を向けた。


「新しいイリマーンの王も期待に応えてくれなかった」

「えっ、あなた、よもやイサベラにまで……」


 突然カイルがくるっとサイラスのほうを向いた。


「サイラス、どういうことだ? あんた、まさか彼女に……」

「そうだとしたら?」


 いきなりカイルの体がブルブルと震え出した。


「おれは絶対に許さない。いくらあんたでも、そんなことは……」


 突如、カイルからファセシグが沸き上がり即座にサイラスに向けて放たれた。

 これまで見たことのないすばやさにカレンは驚いたが、破壊作用の送り込まれた先にサイラスはもういない。

 気がつくとカイルの背中に小型の銃が押し当てられていた。


 ああ、当然だ。第五作用の陰陽。彼の目の前で攻撃したとしても当たるはずがない。

 視界の隅でフィオナが崩れるように座り込むのを捉え、タリアとエドナの武器が落ちて地面に当たる音がした。

 サイラスの冷たい声が響く。


「残念だがもうおまえに用はない。おれがおまえの役割を引き継ごうじゃないか」




 ことは一瞬で終わった。

 地面に倒れて動かないカイルのそばにしゃがんで何かを拾ったサイラスは、すぐに立ち上がると言葉を漏らした。


「おまえの祖父と同じだな。何も変わっちゃいない。おれたちがこれだけ援助してやったのに、結局こうなるのか……」


 思わず「祖父?」と口にしたが答えが得られるとは思っていなかった。しかし、こちらを振り向いたサイラスは口の端をゆがめた。


「おまえは知らないだろうな。すべての元凶はこいつの祖父だということを」


 動かないカイルを見つめる。元凶って何のこと?


「ダイスがおまえの父ユアンを死に追いやった犯人だ。おかげでおれは……。いや、それはどうでもいい」


 この人の祖父がユアンの死に関係しているの? ユアンたちはあの場所で輪術式(りんじゅつしき)を行なっていた……。ということは、その人もあそこに?

 突然思い出した、ひとりだけ生き残って帰ってきた者の話を。


 サイラスはユアンだけではなく、ダイアナのことも知っている。わたしの本当の母を。


「つまり、おまえたちの敵もこいつの祖父ということだ。ついでに言うならこんな世界にしたのもやつだ。笑っちゃうだろ? たった一人の行いが今のこの全世界の混沌の原因だとは」


 サイラスは何度も首を振った。

 つまり、ダイアナたちが実行した輪術式を失敗させたのがカイルの祖父だというの? しかし、どうやって……。


「おれの祖父はダイスに目をかけていたそうだ。いろいろと便宜もはかってやった。それなのに私欲のために(いにしえ)の装具を悪用した。メリデマールの遠征団と行動をともにして、あろうことかユアンを支配しようとした。そのあげく、ひとりだけ生き残ったやつはのうのうと帰ってきた。いいか? やつのせいでトランサーが生み出されたのだぞ」




 突然、シャーリンが遮へいを張り、タリアとエドナがサイラスを攻撃した。

 無理よ。彼が攻撃を予想していれば誰よりも速く動けるのだから。

 しかし今回は、サイラスは動かずに悠然としていた。すべての攻撃は防御フィールドに(はじ)かれた。そして、その作用はイサベラから出ていた。


「イサベラ、どうして? あれは壊したのに……」


 シャーリンの声で悟る。

 イサベラがまた支配されている。カイルは死んだのに。


「あれじゃなかったのか……」


 シャーリンがつぶやいた。

 彼女の耳元でささやく。


「サイラスがカイルから何か奪ったわ。小さな白いものだった。あれでイサベラを支配したのかも」


 次の瞬間には、またタリアとエドナがこちらに武器を向けていた。

 エンシグの源が今度もフィオナであることに気づいた瞬間、目の前で起こったすべてが鮮明になった。ああ、そうだったのか……。




 シャーリンから驚きの声が漏れた。


「どうして……」

「サイラスよ。彼がフィオナの主」

「そんなはずはない。だって……」

「ほかにいないでしょ。最初から彼だったのよ」


 突然ジェンナが矢のように動き、タリアとエドナの武器をはたき落とした。

 落ちた武器を奪おうとしたジェンナだったが、周囲を男たちに囲まれているのに気づき、膝をついたまま動きを止めた。いつの間に……。


「さあ、これで終わりにしようじゃないか」


 解放されてうずくまるフィオナの前に立ち塞がるように立ったジェンナがサイラスを(にら)んだがもう何もできることはない。

 サイラスは最強の作用者には違いないが、所詮一度に扱える作用はひとつ。フィオナを放したということは、ほかの作用を使うつもりだ。




 急いでサイラスに話しかける。


「サイラス! あなたがフィオナをオベイシャにしたのね? 何のためにこんなことを……」


 こちらを見たサイラスの作用力の高まりが止まる。


「ああ、苦労したよ。オベイシャときずなを持つのがどんなに大変か知ってるか? 双方の年齢も適性も限られる。苦労して発見した姉妹のうち一方が合致したのは幸運だった。妹のほうはハルマンに譲ったらしい。とにかく、つながりを作り強化する処置を一日もかかさず受け続けた。作られたきずなを維持するために、その間の記憶も消さなければならない。どれだけ辛抱したことか……。そうまでして手に入れたものだ。おれの目的の役に立ってもらう必要があった」

「あなたはローエンのトランの者でしょ。どうしてあんな遠くのオリエノールに彼女を……」

「オベイシャを手元に置く意味はない。祖父が掌中にできなかったケタリを手に入れるためにおれたちは何でもした。最も可能性が高いのはメリデマールのレムルだ。調べるのに苦労した。あそこはケタリを生んだ。そうだ、おまえの母親。だが彼女はユアンとともに大陸の中央に行きそこで死んだ。北の地でケタリは断絶した。そう思われていた。でも諦めることはできなかった。残されたレムルの者たちにはまだ望みがあった」


 ああ、そういうことか……。


「ケタリを生む可能性が消えたわけではなかった。だから、レムルの生き残りのグレースを見張った。ダイアナの妹フローラの娘、ほかにもいた。そいつらはフィオナに監視させた。しかし、誰もが自分の子どもをケタリにしないまま死んでしまった。こうなっては、おれもほぼ諦めていたが、ディランがイサベラの本当の母親を見つけたという話を耳にして仰天した。あそこで死んだダイアナに娘がいたとはとても信じられなかったが、それでも期待は高まった。しかし、あんなことになってしまうとはな。ところが、最近になって別の娘がいると知った。そいつがケタリの種の保持者だとわかりおれは喜んだ。それがおまえだ」


 一気にしゃべったサイラスはシャーリンを指さした。


「何とかしておまえをケタリにすればおれの目的に一歩近づく。おれはおまえをケタリにしようといろいろ試みた。おれと違って種があれば自然に力覚することが十分に可能だから。しかし、何をやってもおまえはだめだった。でも、もっといいやつがいた。そう、おまえだ、カレン。おれはすっかり忘れていた。ケタリが双子を産むことを。ディランもずっとおまえを探していた。もっと早く気づくべきだった」


 こちらを見る目にはなぜか怒りが見えた。


「おまえさえ手に入れれば目的は達せられた……はずだった。しかしおまえはおれの目的を(かな)えなかった」


 彼がすべてをぶちまけるようにとうとうと話している間にそっとあたりを見回した。

 ジェンナの後ろにいたはずのフィオナが見当たらない。どこに消えたのかと(いぶか)しむ間もなく悟った。彼女が決着をつけに行ったことを。ならば……。




「余計なことを話し過ぎたな。おい、シャーリン、こっちに来い」

「待って! あなたは何者なの? インペカールと関係あるのよね? あのエストーもそうでしょ……」

「そんなことを聞いてどうする?」

「わたしは知りたいのよ。あなたにさんざん(もてあそ)ばれたあげく何も知らないままなんて。あなただって教えたいはずよ。どうしてケタリにこだわるのかを」

「そんなに知りたいか。おまえは驚くだろうな」

「驚かないわよ。もう十分に驚いたから」


 突然サイラスが笑い出した。


「なら、教えてやろう。……おまえとおれは血がつながっている」

「なんですって!? そんなはずがない。あなたはインペカールの……」

「ほら驚いただろ。……双子。ケタリの女は双子を産む。忘れたか?」

「知っているわ。それがどうしたの?」

「ダイアナの最初の双子」

「シモンのこと?」


 そこで気がついた。まさか……。


「やっと気づいたか。遅すぎるぞ」


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