318 正しい訪問 (カレン)
カレンは少し考えてから、ペトラに向かって言う。
「あなたもノアの件で忙しいだろうからここで……」
「そんなことない。ノアは好きだけど、わたしはイサベラに会いたい」
「ああ、そうなの。そうすると……」
指折り数える。
「……シャーリンもイサベラに会いたいでしょうから、シャーリンの付き人にタリアとエドナ、あなたの付き人はフィオナ。わたしにはジェンナとすればいいかしらね。ミアとレオン、メイとティムはカムランには入らないほうがいいと思う。ほら、ケイトのこともあるから。だいたい大勢で押しかけるのもどうかと思うし。それにノアの歩行訓練のほうが今は大事」
「ねえ、シャルを連れていって大丈夫なの? イサベラはカイルと……」
「確かにいろいろあったけれど、カイルは国王となったイサベラの連れ合いよ。彼は何もしないわ」
「どうしてカイルを信用できるのさ。だって、これまでに何度も……」
「いいこと? 今度のはお忍びの訪問ではない。両国の抱えるトランサーの脅威に対する共同戦線の提案が目的。あなたが提案したように、オリエノールの国子としての公式訪問ということになっているから、そこで悶着を起こして外交問題にするとは思えないでしょ」
突然イオナが声を上げた。
「わたしも一緒に行くよ」
「ああ、イオナ、でも……」
「今はハルマンのみがケタリシャの務めを担っている。お勤めを果たすのは若い連中だけれど、一応わたしもクレアもその一員に形だけは入っているから、たまには行ってみようかと考えていた。だから、姉さまにわたしたちが同行するにはちょうどいいと思わない?」
イオナもクレアも力軍随一だから、どんな場面でも助けになるのは間違いない。それにケタリシャなら堂々とカムランの中を歩き回ることもできる。これまでのようにこそこそする必要もない。
これでペトラも納得するはず。
「はい、ではお願いします」
***
考えてみるとカムランの表門から入るのはこれが初めてだった。
車で移動する間に、今日の訪問についてタリアからいろいろと助言を受けた。彼女はわたしがイリマーン、そしてカムランの風儀に疎いことを十分承知している。ジェンナも熱心に聞いていた。
門の向こうに見えてきた小高い丘の上の館がこんなに大きいとは知らなかった。正門を通過し若干の上り坂を進んで館の正面に到着すると、シャーリンとペトラに続いて降り彼女たちの後ろを歩いた。
ふたりの髪はスタブで高い位置に結われてあのスライダできれいにまとめられていた。この凝った編み込みはわたしのと同じくエドナによる作品なのは明確だった。
訪問はきちんと伝わっており、ホールで丁寧な応対を受ける。国王は内庭で待っていると告げられ、建物をつなぐ回廊の下を歩いて移動した。
外で会うのもいいかもしれない。今日は春を思わせるような暖かさだから。まだ十二の月になったばかりなのに。
案内された場所に見覚えがあった。あれは確かザナが撃たれたとき。奥には目にしたとたんに記憶が浮かび上がってきた小屋。
間違いない。急いであたりを探れば強い遮へいが張られている。
すぐに誰かがやって来るのが視えた。
「シャル、我慢するのよ。この会談はとても重要なの」
「わ、わかってるって。心配しないで」
イサベラと少し遅れてカイル。付き人に衛事と思しき者が何人か。ほかには……感知できない。
すかさずクレアが遮へいを張ったのがわかる。カイルに気づいたに違いない。
これでフィオナは影響を受けないはず。
クレアがイオナに何か言ったように見えた。すぐにイオナの対抗に覆われる。これで何が起こっても大丈夫。
「ケタリシャがいないな……」
イオナの訝しげな声が聞こえた。
隣のシャーリンがかすかにうめき声を漏らすのを耳が捉え覗き込む。
「どうしたの?」
「何でもない。ちょっと頭がクラッとしただけ」
「大丈夫?」
「もう平気」
そう答えるシャーリンを眉間にしわを寄せたペトラが見ていた。
「それより、あの書機」
そう言い放つシャーリンの視線の先を見る。
カイルが脇に抱えた装置のこと? そういえばいつも持ち歩いているわね。
「あれがどうかしたの?」
シャーリンのほうを向いて尋ねたものの、イサベラの声が聞こえ顔を戻す。
「カレンさま、ようこそおいでくださいました」
彼女はいつものように白い服を着ていた。
「それで、今日はどんなご用なのかしら」
その声に心なしか冷たい響きを感じる。
「ああ、イサベラ、話があるの、シルとの協約のことで」
「シル? 協約?」
ぼんやりとした彼女に違和感を抱いた。どこかおかしい。
「やはりあれが怪しい」
シャーリンのつぶやきにタリアのささやきが続いた。
「では、機会をみて処理します」
いったい何の話をしているの? おとなしくするって約束したわよね。
いや、それよりも協約の遂行についてイサベラに説明しなければ。
これから何をするつもりかを話し始める。
「……それより、そちらの方を紹介してくださらないの? 何となく感じるものがあるのだけれど」
そう言われて彼女の視線の先に目を向ける。ペトラのこと?
口を開くよりペトラのほうが早かった。
「オリエノールはイリスのペトラです。あなたの姉妹と聞いています」
「あ、ああ……」
突然イサベラの顔が変化し上気した。
「やはりそうでしたのね。わたしの……妹になるのかしら。それとも……」
少し口調が滑らかになったような気がする。
「……あなたはケタリではないのね。シャーリンと違って」
いきなり、すぐ近くに複数の人の気配を感じる。近づくまで感知できなかった。誰もが遮へいを張っていたせいだ。
突如、何か光るのが見えたと思ったら、カイルが持っていた書機に電撃が走り、パッと手を離した装置が地面に落ちた。
彼の顔に驚きが浮かび続いて怒りの表情に取って代わる。
何ごとかと振り向いた時には、武器がスカートの中に消えるところだった。タリアが武装していることを今まで知らなかった。
何か言いかけたカイルが、頭を振るイサベラを見て固まった。
「どうしたのかしら……お、お母さま、それにシャーリンじゃない。どうしてここに?」
その声はいつものイサベラ。やはり何らかの方法でカイルに支配されていたのかしら。強制ではないやり方で。あの落とした機械が関係しているの?
「思ったとおりだ」
シャーリンの声が聞こえたが、そこにサイラスが姿を見せた。
「クレア!」
叫ぶイオナの声が聞こえた時にはエセシグも一段と強くなっていた。
ギルを従えたサイラスは悠然とした態度でシャーリンを見た。
「そうか。……あの時はまったく効果がなかったのに、いつの間に力覚したんだ? 何がそうさせた? おい、教えろ……と言ってもたぶん自覚はないか。まあいい。あそこで殺さなかったのは正解だったな。シャーリンと言ったな。こっちに来い」
シャーリンの手が動く気配にすばやく腕を押さえて制止する。
「サイラス、いったい何が目的?」
「もちろん、ケタリだ」
「それはわかっている。でも、もう手に入れたでしょ」
「前にも言ったはずだ。おれがほしいのは男のケタリだ」
「どうしてそこまで……」
突然、タリアとエドナの手に銀色の棒が現れたと思ったら、イオナとクレアがその場に倒れた。次の瞬間にはこちらに武器が向けられる。
その様子を茫然と見ながらも、頭の中では客観的な分析が進んでいた。わたしたちの中で一番強い二人が狙われたのは当然だわ。この人は戦いに慣れている。
しかしどうやってタリアとエドナを支配したの? 遮へいも対抗も張られていたのに。
彼女たちを見るシャーリンの声に戸惑いが現れていた。
「リーシャ、エディ……」
歩き出したシャーリンにタリアの声が飛んだ。
「動かないで!」
皆がピタッと立ち止まる。
あたりを探ると強制力はフィオナから出ていた。
オベイシャは遮へいで守られるはず。クレアはずっと遮へいしていた。それに対抗も張られていた。
両方ともカイルより強いはず。これだけ近いとどちらも効果がないの?




