33 空からの景色
ランセルが、空艇のそばで待っていた女性と言葉を交わした。
その女性はこちらを向いてから船の入り口を指差した。カレンは、シャーリンに続いて中に入った。
船の前方では、大勢の人が外側を向いてぐるっと座っており、全員が忙しそうに作業している。
後ろから乗り込んできたもうひとりの女性が何かを操作すると扉が閉まった。
彼女は、船の後方に前を向いて並んでいる座席を示した。
「そちらの席にお座りください」
三人が並んで座ると、その女性は、少し離れた後ろ向きの席に、向かい合って座ると言った。
「保護ベルトを頭からかぶって、足の間と両脇に固定してください。こんなふうに。途中、かなり揺れるかもしれませんから」
向こうは天気が悪いのかしら?
女性は、全員がベルトを装着したのを確認すると、振り返って、前方にいる誰かに手を回して合図した。
すぐに、あたりに作用が沸き立ち始め、しだいに強まるのが感じられた。
空艇は、ゆっくり浮き上がると、まっすぐ徐々に上昇して、周囲の森より少し高い位置まで到達した。
景色がパッと変わった。青空の中に、深い緑に赤や黄色に彩られたこずえが、じゅうたんのように、はるか彼方まで広がっている。その光景に圧倒された。
そこで、いきなり水平に動き出し、ぐんぐん加速するのがわかった。
それにともない、洪水のように溢れ出てくる作用の波に覆われ、感知力を少し抑えた。こんなに、すごい力を感じるのは初めてだった。
ん? 本当に初めてかしら?
少しの間、記憶を探ったが、何の答えも得られなかった。
カレンはため息をつくと、両側の窓からの景色に見入った。
足元の装甲壁の開く音がすると床下も見えるようになり、これで全方向が見渡せるようになった。足元を森のこずえが飛ぶように流れていく。ぶつかるんじゃないかと、ひやひやするほど近い。
装甲を全部開放したのは、防御フィールドを張るためね。
あれ? どうしてそのようなことを知っているのだろう?
耳を澄ますと、確かに、アセシグを感じる。防御を張ったままこんな低空を飛ぶのはなぜ?
攻撃に備えるためだろうけど、いったい何から? もしくは誰から?
わたしはこういう船に乗った経験があるような気もしてきた。しばらく頑張ったが何も思い出せない。
そういえば、ダンが国都と連絡が取れなかったって言っていたっけ。もしかして、国都で何か事故でもあったのだろうか。
隣では、ウィルが目を丸くして、あちこちを興味深そうにきょろきょろ眺めている。下を見たときには思い切り顔をしかめた。
***
眼下に見えていた森がいつの間にかなくなり、代わって草原や農地が広がった。
遠くには多くの川が望める。ここはどのあたりかしら?
シャーリンの家で何度も開いた、オリエノールの地図を思い起こしてみたが、よくわからない。
その時、船がいきなり左に傾くと急旋回しながら降下を始めた。
前方に見えていた風景が急に真下の景色に変わり、ゴクリとつばを飲み込んだ。ずいぶん荒っぽいわね。何かを避けたのかしら?
船は高度をぐんと下げ、地面が急速に近づいてきた。思わず足を突っ張って墜落の衝撃に備えてしまうほど。
でも、船は下に現れた大きな川に沿うように優雅に向きを変えると、水面からさほど高くないところを進み始めた。
シャーリンもウィルも初めて見るかのように、あたりをきょろきょろしている。
カレンは目を閉じると、作用力に意識を集中して、すべての波動をそのまま受け入れた。
アセシグ、生成者のファシグ、破壊者から湧き出るファセシグの力強い流れを感じ取った。
この船の中には感知者もいるのかしら。これだけ大勢の作用者が集まれば、慣れないと入り乱れてよくわからない。
しばらく作用力の流れに身を沈めると、それぞれの力がどこから出ているかが、しだいに視えるようになってきた。
もちろん、感知者も乗っていた。それに攻撃者も。当然よね。どうやら、この船は臨戦態勢にあるようだし。感知者はどの人かしら?
しばらく、浸透してきたシグを選り分けていくと、森の中で出迎えた女性がそれだとわかった。
あまり、感知力をあの人に見せないほうがいいわ。船の外に感知の手を伸ばしてみたい誘惑に駆られたが、それは、やめにした。
***
川の先にいくつかの建物が並んでいる。だいぶ国都に近づいたようだ。
さらに、少し飛ぶと、前方に煙のようなものが視界に入ってきた。もう少し近づくと、白煙が何箇所からか上がっているのが見えた。
「シャーリンさま、あれ。何があったんでしょう?」
ウィルがしゃべっていた。
シャーリンは前方を睨んだまま無言を貫いた。
これは、国都が何者かの攻撃を受けたってことかしら? それなら連絡がつかなかった理由とも符合する。
そうだとしても、誰が攻撃してきたのかしら?
その時、気がついた。サンチャスが攻撃されたのも、ダンが誘拐されたのも関係あるに違いない。
カレンは目を閉じて、考え始めた。
***
軽い震動があったあとに、空艇はぐるっと向きを変えて降下を始めた。
「カレンさん、着きましたよ。あれが国都の執政館です」
眼下には非常に大きな建物が見えてきた。少なくとも三階まではありそうだ。
ここが、昨日の夕方着くはずだった執政館。
想像していたよりずいぶん大きいというか、まさに巨大だった。
これまでに行ったことがあるもっとも大きな町は、最終試験のときにも訪れた北西の国境に近いセイン。あそこには、これほどの建物はなかった。
シャーリンも目を凝らしていた。
「上から見ると大きいわね。気がつかなかったけど、けっこう複雑な形をしている。でも建物は美しいわ」
ため息が聞こえてきた。
着地するとすぐに、軍服姿の人たちが近づいてくるのが見えた。
向かいの席の女性が、離陸以来始めて口を開いた。
「ベルトのロックを解除してください。迎えが来ていますので、あとに続いてどうぞ」
女性は立ち上がると出入り口まで進み、扉を操作した。
カレンは、シャーリンに続いて船から降りると、外のまぶしさに目を細めた。空をぐるっと眺めたが、ここからは、あの煙とか不穏な兆候は一切感じられなかった。
目の前の男がシャーリンに向かって話しかけていた。その背後には武器を所持した兵士たちが並んでいる。
「シャーリン国子、こちらへどうぞ。第三国子がお待ちです」
「ダニエルが? わかりました」
「そちらがお連れの方ですか?」
「こちらがカレン、それにうちの主事の子、ウィル」
シャーリンが説明した。
「わかりました。ご一緒にどうぞ」
男はうなずくと先に立った。
ああ、やっとついた、ミン・オリエノールに。当初とは違った形になったけれど。
第1部 第1章 おわり です。




