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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第5章

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313 何とかしなければ (カレン)

 部屋に入るなり寒気を感じた。

 暖炉に火が入っていたが、ベッドの周囲だけ遮断されているかのようなヒンヤリとした空気に身震いする。

 ペトラがパッと振り向いた。


「カル……」


 彼女は両手を使ってノアの手首を握っており、その表情は彼の容体が深刻であることを如実に物語っている。


「体の機能はどこも悪くないのに、衰弱が(ひど)くて。どうすればいい?」


 近づくとペトラに隠れていたノアの姿が見えてきた。少し起こされた上半身も枕に半ば埋もれた顔も真っ白で生気がない。これまでにないほど頬がくぼんでいる。

 これは……時間の進み方が変わったのかしら。


 ペトラが場所をあけてくれたので、ベッドのそばにしゃがみノアの腕に手をのせる。目を閉じ作用を送り込む。すでに何度もやったことがあるから、もう家族同様にすんなりとつながれる。


 ノアの力髄はこれまでにないほど疲弊していた。いつ停止してもおかしくないように思われた。頭を上げるとベッドの反対側に座って深刻そうな顔のイオナと視線が合う。その目が無言で尋ねている。




 横を向いて言う。


「フィオナとジェンナを呼んできてちょうだい。ジェンナはわたしの部屋の近くにいるはず」


 うなずいたペトラは走って出ていった。


「いま、父も母も兄たちも出かけている。もし……」

「正直に言うとかなり悪いです。わたしのしょぼい癒やしではまったく効果がないけれど、あのふたりなら何とかなるかもしれない」


 イオナはうなずいた。


「一応、皆に状況は知らせたけど、帰ってくるのは夜になりそう。それまで……」

「縁起でもないこと言わないで。何とかしますから」

「カレン、無理しなくていい。あなたまでどうかなっては困る」


 うなずいたあと青白い顔のノアを見る。服の打ち合わせを開き見つめるとかすかな上下動は確認できた。確かに以前より速い。

 レタニカンまで行きそこから無理やりトランに運ばれた。ここに戻るまで何日もそのまま放置されたのがいけなかったのだろうか。扱いも乱暴だったかもしれない。大失敗だ……。




 扉の開く音に続きパタパタと足音がした。

 ノアから目を離さずに口にする。


「ジン、まずあなたの力を貸して」

「はい、いくらでも使ってください」


 イオナが鋭く言う。


「ジン、無理するな。これは……最初から決まっていた運命だから……」

「イオナさま、そのようなことはありません、絶対に」


 差し出されたジェンナの左手首を右手で包み、左手はノアの左胸に移動させる。ここのほうが近い。振り向いてジェンナと目を合わせうなずく。

 すぐに彼女から力が流れ込んできた。それを余すところなく左手から注ぐ。しばらく続けているとノアの力髄がわずかに持ち直してきた。少しだけ。


 効果はあったが、これを延々と続けるのは無理。そのようなことをしたら今度はジェンナが倒れてしまう。顔を回して彼女の横顔を見れば、すでに疲れが感じられる。


「ペト、どれくらい?」

「そろそろ半時間」




 この勢いでやったらあと一時間も持たない……。

 どうしたらいい? とりあえずジェンナは少し休ませよう。手を離して振り向く。後ろに座っていたフィオナと目を合わせうなずく。


 ジェンナと場所を変わったフィオナの手を取る。同じように彼女の力を受け取りノアに与える。しばらく続けると、ノアの顔に若干の生気が戻ってきた。しかし、この程度ではとてもだめだ。何がこんなに消耗させているのだろう?


 やはり、彼を現実時間に引き戻さなければ。どうすれば……。

 時間をかなり使ったがそれに見合う効果は得られていない。


 引き戻すには彼が発動した第五作用を解除するしかない。自分でできない以上、外から時伸を使うことしか思いつかない。

 やはりそれしかない。あの装置を失ってしまったからには。


「ペト、レオンを呼んで。彼に手伝ってもらいたいの」

「レオンはアデルの人たちと一緒。ミアたちも。みんな夜にならないと帰らないよ」


 それではとても間に合わない。どうしよう。困った……。

 そういえば、サイラスはわたしに時伸を使えた。レオンにはできなかったのに。

 サイラスが陰陽だからだろうか。ああ、きっとそうに違いない。それしか考えられない。


 わたしも時伸と時縮の両方が使えた。あそこでレオンと会ったとき、そして、十七年前のあのとき……。しかし、今はその作用がまったく感じられないし、()えなければ発動もできない。


 発動できたとしてほかの人に使えるのだろうか。いや、ザナには使えたじゃない。だから絶対にできるはず。やってみるしかない。でも、どうすれば……。


 そうだわ、エア……。

 ロイスを出てからの感知以外の作用は全部エアが為したもの。たぶん自分が、つまりわたしたちが消滅しないために。エアならいつでも自由に発動できるのかも……。




 もう対話は可能かしら。内なる存在に話しかける。


「エア、エア……聞こえる?」


 すぐに答えが返ってきた。


「なに?」


 こんな近くに聞こえるとは思わなかった。


「エア、お願い。時伸を使いたいの。助けてくれない?」

「わたしはカレンと一体。望まれれば開くことはできる」

「えっ、そうなの?」


 頼めばよかっただけなの? 拍子抜けした。ああ、そういうことか。だからあの時も助けてくれた……。


「代わりに開くことはできるが条件がある」


 やはりそう簡単にはいかないか……。


「どんな?」

「わたしにカレンの根源を委ねてくれれば」

「お願いするだけではだめなの?」

「そう簡単ではないよ。カレンの根源はカレンが支配している。カレンの意識がなければ代わりに開くのは容易だが、目覚めているときは根源を委ねてくれないと無理」


 確かに今までのことを思い起こせば、気絶するか自失していた……。


「だから根源を解放した状態で命じられれば発動できる」


 そうだったのか。それでわかった。あのときも自覚なく願っていた。必死に頼んでいた……。わたしは今まで何をしていたのだろう。


「聞いてる? わたしたちはカレンの一部。いつでも命に従う」


 気を取り直して話しかける。


「ノアを助けたいの。彼に時伸を加えればこの時縮を相殺できるかしら?」

「とても興味深い試み……」


 ふとシアから聞いたシルの(おきて)を思い出し息が詰まった。


「わたしたちの生死に介入するのは許されないこと。それは知っている。でも、助けてほしいの。お願い、エア」

「わたしはもうシルの風使いでもレイの(おさ)の手でもない。カレンの一部だから問題ない」


 やはりそうなのか。あまりの安堵に長々と息を吐き出した。


「それではお願い」


 カレンは左手をノアに伸ばした。


「待った、カレン。()いてはことをし損じる」




 慌てて手を引っ込めたカレンは目を閉じて内なる声に耳を傾けた。


「遅滞を中和すれば、原理的には復帰できるはず。しかし、今この者の作用は大きく揺れ動いている。それにぴったり合わせるのはわたしでも困難よ」


 ぬか喜びだった。どうしよう……。


「別の手段を取るのがいい。一度、大きな加速を与え、この者の遅滞を完全に無効化させる。つまり、より強い作用で上書きすると言えばいいか。そのあと、与えた促進作用を解除する。これなら成せるはず……」


 ああ、心臓の鼓動が高まる。しかしこの不安感。きっと、まだ何かあるに違いない。


「ただし、その過程で力髄が、それに、体機能が急激な経過変動に追いつけず酷使される。自分で発動するには問題にならないことでも、外からの負荷にこの者は耐えられないだろう。この者は消滅する可能性がある」

「そんな……」


 また、絶望の底に突き落とされた。




「ああ、カレン、どんなときでも常に道はあるのよ。日の回復者、月の回復者とつながっていれば、それぞれの機能低下を抑制できる」

「日と月ってなに?」

「日の回復者のことを力癒者(りきいしゃ)、月の回復者のことを正癒者(せいいしゃ)と人は言う」

「えっ?」

「カレンが先ほどやっていた」

「フィオナとジェンナのことね」


 そうなら……フィオナが正癒者だから月、力癒者はジェンナで日に違いない。


「わかったわ。ああ、だけど、ふたり同時にはできない。それに、時伸も一緒に発動させる必要があるわ。どうすれば……」

「この者とわたしをつなぐだけでいい。わたしがカレンの促進を発動するから。カレンは日と月の回復力を受け取りこの者に与え続ける。自分で作用を発動するわけではないから、ふたりでも問題ない」

「でも、手は二つ……」

「第三の手を使えばいい。以前やったように」

「えっ? ……ああ、ここにつなげればいいのね」


 長々と話していたように感じたがそうでないことがわかる。

 思考のやり取りが一瞬で終わるのはとても便利。もっと早く対話できていたならばとつい考えてしまう。




 フィオナの手を離し、もどかしげなイオナのほうを向いた。

 自分では何もできないことがいかにも(つら)そうだ。何とかしてあげなければ。


「イオナ、これから、第五作用を試してみます。うまくいくかどうかわかりませんが」


 彼女の顔に怪訝(けげん)と当惑の表情が浮かぶ。


「えっ、できるの? 前に聞いたときは他人には……」

「今はできます」


 胸を張って答えた。とりあえず自信があるように見せないと。

 少ししてイオナはうなずいた。


「それならお願い。でも……くれぐれもむちゃはしないで。姉さまにまで何かあっては困る」


 誰もがむちゃするなとわたしに言う。そんなに無謀なことをしでかした覚えはないのだけれど。


「ご心配なく。大丈夫ですから」


 横を向いて言う。


「ふたりにも協力してもらいたいの。ノアを引き戻す過程で消耗が激しいと途中でやめなければならなくなるわ。そうなると大変……」


 すぐにジェンナがきっぱりと言った。


「カレンさまのしたいようになさってください。あたしは大丈夫です」


 フィオナとも目を合わせてうなずく。

 外履きを脱いで床に置くとベッドに上がり、ノアのおなかをまたいで膝をつく。アデルに戻ってから使っている医療用ベッドが小さくてよかった。これなら問題ない。背筋を伸ばして一度深呼吸する。


 命を(つかさど)る力髄の減退を取り戻すほうが優先。だから……。


「ジンはわたしの左側に、フィンは反対側に」


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