312 あらゆる道
何か方法はないの? ザナを死なせたら、また家族を失うのは耐えられない。何とかしなければ……。
道はあるはず。しかしザナの幻精がそれを認めない。ではどうすれば……。
そうだ、シルに行ってお願いしてみよう。
「シア、レイの長と話をしたい。連れていって」
「カレン、あたしはレイの長の手だよ。だから知っている。レイの長はカレンの願いを受け入れることはない」
「それでもお願い、わたしたちを連れていって。レイの長はわたしの答えを待っているはず」
目の前でシアはしばらくこちらを凝視した。
「決意は固いようだね。後悔しない?」
「しないわ。むしろわたしがいま努力しなかったら後悔する」
「わかった」
シアはほかの幻精たちのほうを向いた。三体の間で会話が交わされていることはわかる。いつもはあっという間の時間がいやに長い。それでも最終的にこちらを向いたシアはうなずいた。
***
前回来たときと景色は同じ。この前は冬の入り口でまだ暖かかったが、今日は冬のまっただ中。シルの森といえども少しはだ寒い。
すぐにレイの長と対面することになる。
今度はあたりを見回す余裕があった。深い森のような天を突く大木たちがいるわけではない。どちらかというと直接触れることができて、手を回せばかろうじてしがみつけるほどの木々。
それでも、この厳つい肌、深みを帯びた色合い、そして胸がゾクゾク震えるこの感覚は、数千年の時の重さを真っ直ぐに伝えてくる。
前と同じでどれが長かさっぱりわからない。無言のまま待っている。
口がカラカラなのに気づき、小さく呼吸を繰り返し何度も唇を湿らせる。
それでも出した声は思いのほかがさつく。
「何が望みか考えるように言われました。それで考えました……」
「本当にいいのか? 自分の記憶をすべて捨て去ってまでその者を救うのか?」
「もちろんです。わたしにできることがあるかもしれないのに、それから目を背けるのはできないです。わたしのわがままなのはわかっています。この世界には多くの不幸が、無数の死が存在する。なのにわたしだけそれに抗っていいのかと。でもわたしにとってかけがいのない人なのです」
長から何の反応もなく焦りを覚える。
決めるのはシルだ。シルは自分たちの利益にならない行動はとらない。どうしよう。そうだ……。
「ザナは輪術式の一員です。彼女を失うことはできません」
「その者はおまえと根源を同じくする者ではない。ほかにも替わりはいるだろう」
「わたしたちは二十年以上前から結ばれた仲です。わたしの妹です。彼女こそが輪術式に必要です。それに彼女の導き手にとっても彼女が存在するほうがやりやすいはずです」
「なるほど。導き手はその相手を慎重に選びつながりを作る。これから新たなつながりを求めるのは時間がかかるな」
ああ、そこなの?
「お願いします。どうかシルにわたしの願いを届けてください」
しばらくそのまま待つ。
「使いたちからも話を聞いた」
そう言われてライアが近くにいるのに気づいた。
「シルは輪術式を行うに当たっておまえの望みを叶えることとした」
「本当ですか……ああ、よかった」
もっと大変かと覚悟していたが意外にあっさりと決着した。
望み……そうか、こうなることも予測して……。
「シルには未来が見通せるのですか?」
「何ものにもそれは不可能だ。しかし、あらゆる可能性を数えることはできる。それにそって準備することも」
ああ、やはり。前の輪術式が失敗した時から、いや、もっと遥か昔から多くの道が作られあらゆる所に種が蒔かれていた……。
シルもレイも人の生死に介入しないが、そうなるように用意されていたのなら……。
「道は用意するが選ぶ権利は常にこの世界に存在するものたちにある。シルは選択された結果を受け入れる。さて、おまえも傷ついているようだ。その者を癒やす間、ここで休養をとるがいい」
次の瞬間、見覚えのある緑の小部屋に移動していた。対話は終わったということ。ザナは別の場所に連れていかれた。シアとティアもいない。
「ありがとう、ライア、レイの長を説得してくれて」
すぐに幻精が姿を現した。
「カレン、シルは常に論理的。シルの利益になることなら躊躇しない。カレンが力を最大限発揮するためには何が効果的かを検討し結論を得た。カレンの中の存在もこの論理を後押しした」
わたしの中?
「エアのこと」
ああ、エア……ダイアナについた風使い。それがここに?
「そう、わたしより古い……人の言うところの姉になる」
「ありがとう、エア。ザナを助けてくれて」
少し間があり、ライアから答えが返ってきた。
「エアはしばらく人と対話していない。カレンとまた直接話せるようになるまで待つ必要がある」
そうなの……いずれ対話が可能なのね。ライアのように。
「そう。エアはカレンの根源と一体だから、その望みは重視するはず」
ああ、今さら理解した。エアがわたしをあの北の果てからシルまで転移させた。
ダイアナがシルにお願いしてエレインに託した。
「それは違う。シルは人の中の存在に関心は持たない。使いたちがダイアナの頼みで実行した。しかし、ダイアナが消滅し輪術式が暴走したため、シルはダイアナの協約を受け継ぐ者に存在意義を見いだした。それでも忌まわしき変異の影響をカレンは受けた」
ああ、今までわたしの命を何度も救ってくれたのはエアなのね?
あ、でも幻精は人の生死に介入しないはず……。
「実体が失われた時から、エアはシルの掟には縛られなくなった。カレンが受けた影響をある程度緩和することはできたけれど、力と記憶の結びつきはどうしようもなかった。忌まわしきものの影響を排除するのは不可能だった」
ああ、それでも、エアには感謝しかないわ。
「エアもそこでカレンと同じことを経験している。これは使いにとって最も望ましい状態」
そうすると、わたしの力が変なのはエアがいるから……。
「それは忌まわしき存在のせいだと思うけど、エアと結びついた影響もあるかもしれないわね。カレンの力を継ぐ存在が娘だけなのもそう。そしてカレンの力がとても強いのはエアと一緒だから。根源とエアをつなぐ力の路は太く、同調力を使えば中の存在もそれに加わってしまうのよ。エアが外界に伸ばす手は一度破壊されたが、修復する時間は十分にあった」
ああ、そうだったのか。それに体内の忌まわしきものが悪さをしている。そういえば、同じような影響が彼女にも……。
気がつくと目の前に畳まれた生地が置かれていた。
「この前に話した護符。つまりピュアメデュラムを配した装具。カレンのを用意した」
びっくりした。手に取った白い布は重さをまるで感じない。
広げてみる。ハルマンで着せられた正装用の下衣をもっと薄く小さくしたよう。
繊細な透かし模様がふんだんに施された肌衣は柔らかく上品。シルにこのような感性があるとは思ってもみなかった。
目の前のライアの姿を見て、突然理解した。
「この素材……ライアが着ているのと同じなの?」
「そう。装着してみて」
丈が異常に短い。考えれば、これはレンダー。ならば強化に必要な範囲を覆うだけ。
透き通るような風合いにメデュラムの色は微塵も見えないし、そもそも金属が使われているとは思えない感触。
上体をぐるぐる動かしてみる。ふわりと覆われたような感触にもかかわらず、力髄に接する下側は吸い付くようにぴったりとなじみ、ずれも浮き上がりもない。
力髄のある左側だけでなく反対側もほんのり暖かくなってきた。どうしてかしら。
これなら力を最大限に高めてくれると確信した。
手首につけるレンダーもこのように密着させられれば効果は格段に上昇するはずだわ。金属だから無理だと思っていたが、このように加工できるのなら……。
お願いしても作ってはくれないわね、きっと。
とにかく、あのフィオナの防具とは天と地ほどの差。さすがにシルが用意するものには驚異しか感じない。それはもう当然なのだけれど。
***
帰りも自室に直行させてもらった。行き先が森でなくても転移できるのを知った。
ザナをベッドの上に降ろしたあと、幻精たちはすぐに消えた。
まだ眠ったままのザナを見下ろす。ほかの部屋を見に行ったが、もちろん誰もいない。今日帰ってくると伝えていないから当然よね。
そうだ。キョロキョロするが前室には見当たらない。寝室にとって返し、壁の呼び鈴を引く。
しばらくして扉のパタンと開く音が聞こえた。
「ああ、カレンさま。お帰りになったのですね。よかった……」
「えっ? どうかした?」
「イオナさまが至急お越しくださいとのことです。ノアさまの容体が……」
大変だ。何かあったに違いない。具合が悪いのだろうか。
「ジン、ザナをお願い。彼女はもう大丈夫。そうアレックスに知らせてくれる? ほかの人たちにも」
うなずいたジェンナは壁際に飛んでいき呼び鈴を三回引いた。
「それで、ノアの病室に行けばいいのね?」
「はい。ザナさまはお任せください」




