32 どこに向かっているの
昨日と同じような車の中で、カレンはシャーリンとウィルに挟まれて座っている。
がたごというたびに体が激しく揺すられるのには閉口する。
軍隊式の簡素な朝食で本当によかった。
横目で隣を確認すると、シャーリンは背筋をちゃんと伸ばして座り、怪我の具合は昨日よりはましな様子。
「シャル、手の状態はどう?」
シャーリンは、自分の両手首を少し持ち上げた。手のひらを開いたり閉じたりしたのちに、珍しい機能でも見つけたかのように眺める。
「痛みはだいぶ治まってきた。昨日ほどは気にならないかな。マーシャの軟膏は魔法の効き目だわ。きっと高値で売れるんじゃないかなあ。開いた傷口はソラが閉じてくれたし、もう大丈夫。まあ、しばらくは、この包帯を取らないほうがよさそうだけど」
「今日も眠り続けるのかと思いましたよ」
反対側でウィルが陽気にしゃべった。
シャーリンはウィルをじろりと睨みつけると話題を変えた。
「それよりも、死の国より生還せり、我が親友の具合のほうがよっぽど心配なんだけど、わたしとしては」
「大げさね、シャル。単におぼれかけただけよ」
「そうは見えなかったけどなあ。それに、何かい? わたしの絶望による嘆きのほうがよっぽど罪だったって言いたいわけだ」
シャーリンが目を吊り上げるのが見えた。
「ええ、そうよ」
カレンはちょっと笑ったあと、すぐに、まじめな顔に戻ると言った。
「あのね、シャル、わたし、とっても感謝しているのよ。二回も命を救ってもらって。これからも頼りにしているわ、お姉さま」
シャーリンは何度もうなずいた。
「うん、うん。そうでしょうとも。しかし、それに引き替え、ウィルのだらしないこと。麗しの姫を見捨てるとはこれいかに?」
「申し訳ありません。シャーリンさま。すごく反省しています」
隣でウィルがしおれた。
「あら、シャル。そんなに叱っちゃだめよ。悪いのは全部わたしなの。昨日一日、ウィルはとってもよくやってくれたわ。それに、怪我までしたのよ」
シャーリンがぼそっと口にした。
「なんで陸を移動するんだろ? 船のほうが車より速いし、このガタガタ走る車よりずっと快適なんだけどな」
「こう揺られちゃ、舌をかむか気持ち悪くなって吐くかのどっちかですよね」
ウィルもつぶやいた。
これを聞くとシャーリンは顔をしかめて応じた。
「その口を閉じてりゃ、舌をかむことはないと思うけどな」
ウィルはそれっきり黙り込んだ。
カレンはシャーリンに顔を向けた。
「確かに変ね。しかも、川下に向かっているようには見えないのだけれど。確か、国都への陸路は川に沿っているはずよね?」
「え? そうなの?」
「ほら、シャル。前方に山が見えているでしょ。川はもっと右よ。まあ、山越えの道があってそこを通るってことなら、これで正しい道のような気がするけれど」
「山越え? うーん、そんな道あったっけ。軍用道路かな?」
シャーリンはそうつぶやいたきり黙ってしまった。
それに、前後を走る別の車も気になる。出発した時から、どちらの車にも作用者の存在を感じる。まるで護送されているみたい。
カレンは顔を反対側に向けた。
「ウィル、あのミアって人のことだけれど、どう思った? ずいぶんいろいろ話をしていたでしょ」
「とてもいい方ですよ。船のこととかウルブについてとか、たくさん教えてもらいました」
「わたしはね、あの人、何事にも驚きを見せないのが、すごいなって思ったのだけれど」
「どういう意味ですか?」
「ミアは、シャーリンが誰だか、初めから知っていたと思うの」
「え、そうなんですか? ウルブの人が、シャーリンさまの顔を知ってるとは思えないけど……」
ミアは交易のために何度もオリエノールに来ているように思う。そうなら、この国の体制に関する知識は持っているはず。
「あの人、気さくなようで、常に万事注意を怠らないって感じ」
「そういえば、ぼくたちに話しかけるときと、あの軍人たちと話すのでは、まるで別人のようでしたね」
「でしょ? けっこうわけありの人かもしれないわ」
「ムリンガは、つまり、ミアさんの船のことですけど、装備がすごく充実してるっていうか、相当にお金をかけた感じでした。ミアさんって、すごい裕福なのかな? 貿易業はもうかるんでしょうか?」
「そうかもね」
「それに、ミアさんには妹さんがいるらしいですよ。あの白ねこも、妹さんのねこから生まれたばかりの子ねこをもらい受けたそうですよ。ねこを連れているなんて、やっぱり大金持ちですよね?」
カレンはうなずいた。
「実を言うとね、あの人には何か親しみを覚えるの。今度、会ったらいろいろ話をしたいわ」
「でも、もう会うこともないですよね」
「ミアは国都に荷物を運ぶって言っていたでしょ。きっとすぐにまた会えるような気がするの」
これが聞こえたのか、シャーリンがカレンをさっと見た。
ね、シャーリンもそう思うでしょ?
しばらく森の中を進むと、こつ然と前方に開けた土地が見えてきた。周囲は森に囲まれているが、ここだけ木が一本もない。
その空き地に入る手前で車が停止すると、運転をしていた女性が振り返った。
「空艇が到着するまで、ここで待機します。そのまま、車内でお待ちください」
空艇? 道理で道が違うはずだ。
ここからは空路で国都に連れていってもらえるということらしい。この待遇は、シャーリンが国子だからかしら?
横を向いてシャーリンを見ると、不満そうな顔をして前方を睨んでいる。
確かにそうね。
空艇に乗るのだったら、駐屯地からでもいいはず。空艇はどこにでも着陸できる。あそこには、きっと空艇場だってちゃんと整っているだろうし。
どうして、わざわざこんなところまで来なければいけないの? まるで、隠れて行動しているみたい。
あるいは、空艇が駐屯地まで来られない理由があるのかしら。
その時、前方の空にこちらに向かって、ゆっくり近づいてくる飛行物体が見えた。ほとんど音を出すことなく、目の前の空き地に降下してくる。
最後は地面を大きく揺らして着地した。すぐに横の扉が大きく開いて、ひとりの女性が下りてきた。
いつの間にか車の後ろの扉が開かれていて、そこからランセルが話しかけてきた。
「あの空艇が皆さまを国都までお連れします。どうぞ降りてください」
車から出て、ランセルに続き空艇に近づいた。
近くまで来ると、その船の大きさに驚いた。小さな家ぐらいある。こんな金属の固まりが空を飛ぶなんて、本当に信じられない。
横でウィルが興奮したように話している。
「すごいですね、シャーリンさま。軍の空艇で国都に行くなんて」
「そうね」
気のない返事に、今度はカレンに話しかけてきた。
「カレンさんは空艇に乗ったことがあるんですか?」
「うーん、わからないわ。乗ったことがあれば、これに乗ったら思い出すかもしれないけれど……」
「空艇は、確か、生成者と破壊者が動かすんですよ」
「どうやって?」
「それは……わかりません。シャーリンさま、どういう原理ですか?」
シャーリンは、まるで指導書を読むように答えた。
「破壊者は、船外に供給される推樹脂に対して、メデュラム製の飛翔板を通じて作用を送り込む。結果的に、空艇の周囲に圧力作用が発生し、浮遊と運動が可能になる。分解作用の応用。でも、生成者の合成作用が加わらないと制御はできない」
さらにボソッと続けた。
「それができるようになるための訓練は大変らしいよ。医術者になるよりもずっと……」
「へー、そうなんだ」




