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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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305 紫側事の役割

「でも、わたしはね、紫側事(しそくじ)の役目は親とともにケタリの子を護り育て導く者だと思うの。タリアとエドナをわたしの紫側事にしたのは、ふたりがわたしの考えを理解してくれると考えているからよ。そして、お姉さまにもそうであってほしいの」

「しかし、わたしたちは、イサベラさまの紫側事で、皇妃さまの側事でもあります。この上、シャーリンさまの紫側事まで務まるかどうか……」

「タリア、勘違いしないで。あなたはイリマーンの紫側事なの。わたしのではない。それに、皇妃さまはハルマンとオリエノールの皇女でもあるからすでに側事がいるはずよ。だから、あなたたちはシャーリンの紫側事の役目に徹すればいい」

「かしこまりました」


 タリアとエドナは席を立ち、膝を落として一歩進んだ。


「ねえ、ふたりは、それに、イサベラももう家族なのだから。そこは忘れないでよ。紫側事なんてただの名前だから。イサベラは怒るだろうけど」

「いいえ、お姉さまの考えるとおりにしていいのよ」


 ひとつ深呼吸してみんなの顔を順に見る。


「お互いを護り護られる、それが家族だと思うの。だから……」


 手をイサベラの背中に回した。反対の手をタリアに伸ばすと、すぐにエドナも両手を広げて背中に回してきた。

 イサベラはうなずいて手をエドナに伸ばした。


「わたしは、イサベラもリーシャもエディも大好きだよ」


 車が揺れて頭がぶつかり合った。

 エドナからうめきともため息ともつかない声が漏れたが構わない。三人を思い切り抱きしめる。


「すてきです。やはり、お姉さまです……」


 イサベラからも満ち足りた声が漏れた。


「よかった。おかしくなる前に、お姉さまと出会うことができて」




 カムランの館が見えてきた。

 イサベラがタリアに向かって言う。


「もし、わたしがシャーリンと相対するようなことになったら、ふたりはシャーリンを守りなさい。それが紫側事の務め」

「それはどういう意味でしょうか。わたしたちはイサベラさまの紫側事です。そのようなことはお受け……」

「これはお願いではなくてよ。わたしが正気でいる間に下した命と思ってちょうだい。ふたりには絶対にシャーリンを守ってもらう」

「いったいどういうこと? ねえ、イサベラ、正気って何が起きるの?」

「それがわかっていればこのようなこと頼まないわ。だから、こうやって話しているのじゃない」



***



 イサベラも部屋まで一緒に来た。居間に入ると、彼女はタリアとエドナに向かってふたりだけにするよう命じた。

 ソファに腰を落ちつけると隣をポンポンと叩いた。


「さあ、ここに座って」


 イサベラに指示された所に腰を降ろす。


「話って?」

「もうひとつ、わたしのことを話しておきたいの。記憶が飛んだりたまに何かに取り()かれたりするように思うのは、たぶんわたしの病が原因。無意識に作用を使ってしまうのも……」

「えっ?」

「ここ」


 イサベラは自分のおなかに両手を当ててこちらを見た。

 ああ、そういうこと……。

 彼女はその姿勢のまま話し続けた。


「わたしの中に別の何か異質な存在を感じるの。あのトランサーにも似たような。それがたまに暴れて……破壊を使ったり記憶がおかしくなったりするのもそのせいかもしれない。それに時々目が霞んで見えなくなる。色もよくわからない……」


 それほど(ひど)い病気だったのか。それなのに具合が悪い様子など感じさせず、こんなにしっかり振る舞っている。


「そんな大変なこととは知らなかった。医術者に……」

「ええ、何度も診てもらっている。治療法はないと言われたわ。でも、わたしは大丈夫よ。こんなことで負けたりしない。お母さまに会えてからは前向きに考えられるようになった。自信も戻ってきたように思う」

「とても強いよ、イサベラは。本当に尊敬しちゃう」

「ありがとう。これもお姉さまのおかげよ。お姉さまと出会ってこうやってひとつになれて、今は最高の気分なの」

「わたしにできることなら何でもするよ」

「本当? それならひとつお願いがあるの。わたしの……」




 突如、目の前の空気が揺らいだ。何だろうと思った瞬間、二つの物体が現れた。

 どちらも手のひらくらいの大きさで女の子の姿をしている。片方は青、もう一方は黒の短いドレスをまとった人形。両方とも髪と目は緑色。

 あまりの驚きにただ凝視するだけだった。


 青いほうが口を開いた。


「シャーリン、元気になった?」


 人形がしゃべった……。


「えっ、なに? いや、だれ?」


 ふわふわと近寄ってくると目の前でこちらをじっと見る。


「シア。もしかして記憶から漏れた?」


 黙っているとさらに続けた。


「人はあたしたちを幻精(げんせい)と呼ぶ」


 まったく言葉が出ない。黒いほうに目を向ける。


「ユアラ。イサベリータとつながるために来た」


 その声の調子はおもしろがっている印象を拭えない。




 イサベラが初めて口を開いた。


「わたしとつながる? それは……ケタリのように?」


 ユアラは首を振った。


「違う。イサベリータは協約の実行にとても大事な人。あたしはイサベリータの根源とともにカレンの使命を、そしてシルを助ける。そのためには、イサベリータとつながりを持つ必要がある。あたしの内なる興味も満たされる」

「カレン……お母さまのこと?」


 首が縦に動いた。

 イサベラの額にしわが刻まれた。


「わたしはイサベラ」

「知ってる。イサベリータはカレンの娘にして要のひとつ」


 ゆっくり降りてきたユアラは、差し出されたイサベラの手のひらに座った。小さな手をイサベラの手に押し当てる。

 下を見たイサベラから(あえ)ぎが漏れた。その目が固く閉じられ口から振り絞るような言葉が発せられる。


「要? 何の?」

「協約を実行するための要はふたつ。母なるカレンと末娘たるイサベラ」


 ユアラは振り返ってこちらを見た。


「そして、ほかの娘たちが支える」


 黒い服がポッと光るのが見えた。緑色の光が漏れた部分が模様のように浮かび上がる。

 イサベラがさっと顔を上げてこちらを見た。


「それはつまりほかにも姉妹が……」


 ようやく言葉が出た。


「何を言ってるのかまったくわからないよ。だいたい、あなたたちはなにもの?」


 持ち上げた手が力なく膝に落ちた。

 シアは両手を腰に当てて少し前屈みになると上目づかいでこちらを見た。そして肩を小さくすくめる。なんとも人らしい振る舞いだ。

 こちらも服がほのかな光に包まれている。


 手の上の幻精を見つめるイサベラの表情は、光の明滅とともに目まぐるしく変化する。

 ユアラのつぶやきが耳に入った。


「忌まわしきものに覆われている。イサベラはとても意力が強い。これに対抗できるとは……。もっと知りたい。とても気に入った。どうにかしてあげられたらよかったのだけど、あたしたちにはもうできない。それでも代わりに何かしてあげたい……そう、この世界に触れていないものになら……」




 シアは少し後退してこちらを見上げた。


「どうやら全部忘れちゃったと思ってるみたい。何がこんな事態を引き起こしたのかしら。まあ、記憶が消滅することはないから。……封じられている」


 どうしてわたしの記憶のことがわかるのだろうかと考えていると、シアがパッと振り向きユアラを見た。


「時間がない」


 ユアラとシアは一瞬見つめ合ったように見えた。服からまた明るい光が漏れる。何をしているのだろう?

 再びこちらを見たシアがしゃべる。


「しかたがない。思い出す手助けをしてあげる。本当はいけないことなのだけど……」


 イサベラから離れたユアラが飛んできた。


「いいの?」

「障壁はすでに取り除かれ、あと少しで記憶は自然に戻る。戻るのが多少早まるくらいは問題ない。それに、あたしは(おさ)の手、一応」


 シアは舞い降りると左手に自分の小さな手を押し当てた。

 すぐに作用の激流に(さら)される。


 なに、これ? イサベラとつながったときとはまるで違う。

 容赦なく襲われる流れに身を任せるしかない。どんどん進むとほとんど崩れた壁が迫ってくる。ぶつかると思った瞬間、壁が消失した。

 突如ザワザワとした感覚が(よみがえ)ってくる。


 耳の片隅で扉の開く音を捉えた。隣のイサベラがパッと立ち上がるのが見え、慌てて振り返る。

 入り口にはカイルが立っている。さっと首を戻したが、幻精たちはすでに消えていた。


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