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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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303 こうすればわかる

 誰もしゃべらず、時々ガタガタと揺れる車はひたすら走り続けた。

 最初はぼんやりした光にすぎなかったワン・チェトラが色とりどりの塊になり、やがて大きく広がる光の海になる。


 エドナは何度かためらうように目を向けてきたが、ついに口を開いた。


「イサベラさまがお姉さまと呼んだのはどうして?」

「……わたしに聞かれてもわからないよ」

「でも、イサベラさまの口ぶりはお姉さまも知っていると……」


 タリアがそっと言う。


「おふたりが姉妹だから……」


 反射的に否定する。


「そんなはずはない」

「どうしてそう言い切れるのですか?」

「だって……そうだ、君たちと同じだよ。ほら、昨日、家族のようでいいと言っていたじゃない。だから、同じように……」

「違うわ、シャーリン」


 突然の声にびっくりして下を見る。見上げるイサベラの目つきが今度はしっかりとしていた。


「……寝てる間にカムランに着いてしまうかと思ったよ」

「もう少し、このままでいてもいい?」


 こくりとうなずく。相当に疲れているらしい。




 手を伸ばしたイサベラは外履きを片方ずつ脱いで床に落とすと、仰向けになり膝を立てた。

 スカートをたくし上げながら頭をのけ反らせると、浮き上がった上体が弧を描きピンと張り詰める。


 目を閉じた顔に浮かぶのは満ち足りた思いなのだろうか。無防備な姿を見れば寒気に襲われたように震えが走り、両足に力を入れる羽目になる。


 フッと小さく息を吐いたイサベラが緊張を解き腰を落ちつけた。その重みと温もりを感じたとたんにすーっと身震いが治まる。

 静寂の中、スカートがサラサラと流れ落ちた。


「イ、イサベラさま……」

「タリア、疲れているの。こうすると楽なの。座って、エドナ」


 腰を上げたエドナにぱっと手を振ったイサベラはこちらを見た。


「あまり時間がないわ。話を聞いてちょうだい」


 彼女は両手を頭の後ろに回してスライダに触れた。

 そのまま気を落ち着けるかのように何度か深呼吸をしたあと話し始めた。


「シャーリンとわたしは本当に姉妹よ」

「それはあり得ない」


 すぐさま言葉が飛び出た。

 タリアが落ち着いた声を出す。


「どちらでしょうか?」

「異父姉妹」

「皇妃さまの……」

「ええ」

「ねえ、ふたりとも何を言っているの?」

「シャーリン、わたしはケタリよ。誰が家族かはわかるの。あなたとわたしの継氏が同じことはもちろん、あなたがわたしよりほんの少し年上なのも。だから、あなたはわたしの姉」


 車がガタンと震動し見上げる顔がゆらゆらと動いた。


「信じられない」




「それに、お姉さまもケタリなのよ」

「ええっ? 何を言ってるの? あり得ない」


 この子は自分が何をしゃべっているのかわかっていない。

 ケタリの姉妹? 彼女はまだ酔っているに違いない。


「あなたが到着したとき、衛事たちに刺客だと言われたの。笑っちゃうわ。どこに身動きもできずただ眠りこける刺客がいるものですか。でもアイゼアがしつこいのでしかたなく調べさせてもらったわ、眠っている間に。ごめんなさい。だけど、おかげであなたのことがわかったのよ」

「どうやって?」


 イサベラは手を上に伸ばして左の胸に当てた。


「意識のない人でもこうすれば、力髄からの声を聴くことができる。そして、家族なら何の抵抗もなくすんなりつながれるの。もっとも、わたしは未熟者だからじかに触れないと()えないけれど」

「ケタリになればこれだけでわかるの?」


 イサベラはうなずいた。


「お姉さまにもできるわ」




「わたしは感知を持たないただのふたつもち。ケタリは多くの作用が使えるんでしょ?」

「そうとも限らないわ。ふたつもちのケタリだっているわ。だって、ケタリの本質はそこではないのだから。いずれにしても感知など使わなくても直接触れればつながるし、視て聴くことができる。それにお姉さまはもう違うわ」


 何度も首を振る。まったく尋常じゃない。


「どうしてケタリだとわかるの?」

「つながったからよ。お姉さまもお母さまに力覚(りきかく)してもらったのでしょう? わたしもよ」


 もちろんそのような記憶はない。首を振ることしかできなかった。


「自分で試してみれば納得するわ。手を出してちょうだい」


 黙っていると催促される。


「左手よ」


 何を試すというの?

 ため息をついたイサベラは右手でシャーリンの手首をつかみ、自分の胸に押し当てた。ドレスの(へり)を持ち上げて手を滑らせる。


「な、何をするの!?」


 イサベラがさらに押し込むと坂を上った指先が頂を乗り越えた。硬直した手が反対側を下っていく。

 冷や汗がどっと流れてきた。顔を上げればタリアと視線が絡み合う。まずい……。


「言わなかったかしら。ここが相手と最も強くつながれる場所なのよ」


 第三の手……。言ってないよ。


「照れることないわ。わたしはあなたの妹よ」


 妹だとしてもこのようなことは絶対にしない。

 何も見逃さないといった表情のタリアとエドナの鋭い視線が突き刺さる。




「密着させないとちゃんとつながらないわ。ほら、手の力を抜いて」


 イサベラは服の上から両手をあてがい、シャーリンの手を押さえ込むようにギュッと力を入れた。


「お姉さまもケタリとしてはまだまだ駆け出しなのだから」


 一段と高くなった山の(ふもと)に張り付く手のひらから、柔らかい温もりと脈動が伝わってくる。

 一瞬、この感触に覚えがあるような気がした。そんなことは絶対にないはずなのに。それでも、体の奥底でかすかに(うず)くものがある。なぜだろう?


「震えているじゃない。もっと肩の力を抜いて。……そうよ。いい? 耳を澄ませてわたしを視るの」


 すぐにサワサワとした音が聴こえてくる。

 これがイサベラの力髄の声? 確かにわたしの中に感じるものと似てはいる。

 手から自然と流れ出た作用が彼女の中に入り込み力髄と触れ合い膨れ上がる。本当に何の障がいもなかった。


 つながりのない者の中に入ろうとすると強い抵抗を受けると自然に理解する。

 本当に彼女とは姉妹なのだと知らされた。今は彼女の持つ精媒、力髄の周りに大きく広がる樹形も視える。突然気づいた、これが彼女の精華だと。


 お互いの精華が共鳴し引かれ合う。力髄が(あらわ)す時の長さを読むこともできた。信じられない。

 こちらの求めに応じて刻まれている力名が浮かび上がる。サイベリーナ・サス=アリエン。

 長々とため息が出てしまう。


「ほら、わたしの言ったとおりでしょう?」




 手を引き抜こうとしたが、まだイサベラが押さえたまま。

 国都の中に入ったからか車からの振動が小さくなった。


「実際のところ、ケタリって何なの?」

「そうね、ケタリはいろいろ誤解されているきらいはあるわ。要するに、ケタリの本質は同調能力よ。ほかの作用者の持つ作用に同調できる。作用に介入したり、作用を送り込んだり、作用を利用させてもらったりもできる。まあ、そういうこと。お互いに手を取り合えば互いの力を増幅するのも可能と言われているわ」

「それが、わたしにもできるというの? 信じられない」

「本当に頑固なのね、お姉さまは。それじゃあ、もう少し試してみる?」


 イサベラは上体を少し浮かせると左手を離して上に伸ばした。


「もうちょっと(かが)んでちょうだい。届かないわ」

「えっ?」


 魔法にかけられたように腰を曲げる。

 イサベラは胸元にできた隙間から手をするりと差し込んだ。奥まで滑らせた手をピタッと押しつける。そのしっとりとした感触に火照りを感じた。


「力を抜いてちょうだい。今度はわたしの力を受け入れるのよ」




 すぐに体が熱くなってきた。作用がふたりの間を駆け巡り、ものすごい力が湧き上がってくる。いったい何が起こるの?


「さあ、お姉さまも同じように力を流して」


 おそるおそる目的のない作用力を手から注ぐ。彼女の力髄を通り反対側に到達する。

 少しやり方がわかってきた。イサベラがやっているようにすばやく強く作用を流す。

 ぐるぐる、ぐるぐる。しだいに速くなり勢いよく成長していく。


「しっかりつかんで。いま離してはだめ!」


 彼女の両方の手に力が入った。

 突然、自分の中に()たこともない別の作用が浮かび上がってくる。これは何?


 大きなあえぎ声を耳にし息も苦しくなってくる。吸い付いたように離れない手も彼女に握られているところも焼け付くように熱くなる。

 しきりに何ものかに呼ばれている感覚を受ける。目を閉じているはずなのに(まぶ)しい。

 何かにぐいぐい引っ張られ、どこかに向かって落ちていく。


 突如、突き飛ばされたように感じ、うめき声を耳にして目をあける。

 ずり上がったイサベラの頭が膝から外れてストンと落ち、持ち上がった体はしなって震える。

 弾けるような音とともに一気に膨らんだスカートの中で何かが光り、のけ反らせた顔は苦しそうにゆがんだ。

 これは尋常じゃない。いったい何が起きているの?


 突っ張る足は伸びきって太股が激しく痙攣(けいれん)する。

 はだけた腰が繰り返し突き上がり、そのたびに腕は振り回され上体がちぎれそうな勢いで引っ張られた。

 どうすればこれは終わるの? 叫び声と押し殺した悲鳴を耳にする。


 早く止めないと妹がどうにかなってしまう。

 白いものが飛び散ったと思ったら、跳ね上がってきた体に顔面を打ち付け気が遠くなる。

 次の瞬間、彼女の手がすっぽ抜けるように外れ、渦巻いていた轟音(ごうおん)が小さくなっていった。


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