300 見透かされた
湯浴みを終えてテーブルに晩食が並び三人が席についたとたんに、前室から王女の来訪を告げる声がした。
ガタンという音とともにタリアとエドナが同時に立ち上がり、あっという間に部屋を横断し扉を開いた時には、もうイサベラの姿があった。背後にお付きの女性も見える。
「お帰りなさいませ、イサベラさま」
「タリア、エドナ……いま戻りました」
廊下のほうから話し声がする。
後れを取ったが、シャーリンも急いで立ち上がり出迎える。
黒い装いのイサベラはこころもち上の空に見え、重苦しさも感じられる。疲れているのだろうか。
「お帰りなさい、イサベラ」
イサベラはこちらに目を向けたあと、部屋の真ん中まで歩いてきてからぼんやりと見回した。続いてペイジと男が入ってきた。とたんに男の顔から目が離せなくなる。
イサベラは急に振り返った。
「カイル、こちらがシャーリン」
こちらに向き直って続ける。
「シャーリン、紹介するわ。カイルよ」
イサベラは緊張した顔を見せた。
どうも、この顔に見覚えがあるような気がするが……それ以上のことはまったく思い出せない。
「お初にお目にかかります、カイルさま」
「ああ、よろしく」
カイルは手にしていた小さな書機をかばんにしまった。
突然涌いてきた記憶が正しければ、兵站を担う指揮官は小型の書機を持ち歩くという。カイルは軍の司令官なのだろうか。
こちらを検分するかのようにじっと見ていたカイルは、おもむろにイサベラのほうを向いた。
「じゃあ、おれは先に行く」
「わかったわ」
誰だろうと考えながら扉が閉まるのを眺めていると、イサベラの顔が視界に現れ両手が背中に回された。
「元気そうね、シャーリン。見違えたわ」
彼女は元気を少し取り戻したように見える。
「はい、おかげさまでこのとおりです」
イサベラはそのままの格好で顔だけ回すと扉の前に立っている女性たちに向かって話す。
「ペイジ、ありがとう、助かったわ。ミリアは少し待っていてちょうだい」
「かしこまりました」
すぐに扉の閉まる音がした。
「タリアとエドナのおかげです。ふたりにいろいろと助けられました」
「それはよかったわ」
吐息とともに少しだけ手を緩めたイサベラはシャーリンの肩に顎をのせた。
「あら、晩食の途中だったのね」
イサベラがしゃべると震動が伝わってくる。こそばゆい。
「シャーリンが元気になって本当によかった」
イサベラはブルッと震えたあと体を離して続ける。
「そうそう、ペイジから聞いたわよ、ずいぶんご活躍だったそうね」
もうばれてしまったのか。
「あ、あれは本当に申し訳ない。つい、本気を出してしまって、その……」
「いいの、シャーリン、気にしなくて。あそこは、今ではエイデンしか使わないし、ちょうどよい頃合いよ。ちゃんとした施設に改修するには」
イサベラはそこで黙り、しばらく目を閉じて軽く深呼吸を繰り返した。何だかまた具合が悪そうだ。それとも長旅で疲れているのだろうか。
エドナが運んできた椅子にようやく腰を降ろしたイサベラはこちらを見上げた。
「それで、記憶のほうはどうなの?」
その表情はとても不安そうだが、いい報告はできそうもない。
「うーん、実はあまり思い出せてない」
「ああ……そう」
イサベラは目を動かしてテーブルの上を見る。
「焦らないで。必ず思い出すわ。きっと時間的な縛りだろうから」
「えっ?」
「しばらくゆっくり休養を取るのがいいわ。そうすれば……。あ、それより食事中だったわね。続けてちょうだい。さあ、座って」
「イサベラは?」
「えっ、わたし? あとでね。ほら、タリアとエドナも突っ立っていないで座りなさい。あなたたち、シャーリンととても仲よしではないの」
「イサベラさま、これには事情が……」
タリアの話を手で制して急いで言う。
「わたしがお願いしたんだよ。ふたりに一緒に食事してと」
「いいじゃない、こういうの。ふたりとも、シャーリンのことは気に入った?」
エドナがうなずいた。
「はい、イサベラさま。お姉……シャーリンさまはとても気さくなお方でお世話できることが幸せです」
「あらまあ、なかなかじゃない?」
イサベラは三人の顔を順に見たあとポンと軽く手を叩いた。
「ああ、そういうことなの……」
「あー、イサベラ……」
「それで、姉妹結びをしたのかしら?」
「ええっ? イサベラさま、何をおっしゃら……」
タリアが目を白黒させた。
「あら、違うの? でも、わたしには……」
「とんでもないことです」
「勘違いかしら。変ねえ……。あなたたちが姉妹になったのならわたしとも……」
イサベラはいったん口をつぐみ咳払いをして続けた。
「つながりを持ち深いきずなを作り上げるのはすごくいいことよ」
彼女は両手をおなかに当てて少しの間目を閉じた。その頬がほんのりと染まっている。
「家族が増えるのは本当にすばらしいことだわ……」
「か、家族……」
エドナの声はかすれていた。
「エドナ、どうしたの?」
「いえ、何でもございません……」
さすがのエドナもイサベラにありのままを話す勇気はないらしい。
「そうそう、シャーリン、明日は公務がいっぱいあるのだけれど、それが終わったら一緒にビスムに出かけましょう。何とか昼過ぎまでに片付けるように頑張るから」
「ビスム?」
「とてもいい食事処があるのよ」
「食事?」
「ええ」
タリアに目を向けたイサベラは命じた。
「あなたたちも一緒に来なさい」
「そのお役目はイサベラさまの衛事が……」
「今回は紫側事の訓練として来てもらうわ。それなら問題ないでしょう?」
「かしこまりました」
イサベラは立ち上がった。
「さて、わたしは寝ます。もう大変だったの。邪魔して悪かったわ。おやすみ」
「おやすみ、イサベラ」
「おやすみなさいませ、イサベラさま」
タリアが扉を閉める前に声が聞こえた。
「ミリア、ザームを呼んでちょうだい」
残された三人はテーブルにつき食事を再開した。
「ビスムって?」
「ここから真っ直ぐ北のセプテントリア、前線のすぐ近くです、そこまで続く大街道の途中の小さな町のことです。小高い丘陵のてっぺんに食事処があって、見晴らしがよくてとても人気なのです」
「そこに、あたしたちも行けるのね、リーシャ。すごいわ」
「ええ、本当に、びっくりだわ。王女さまはひと月前にも皇妃さまといらしたのにどういう風の吹き回しかしら」
「どうしましょ」
「それよりも、王女さまにはすべてを見透かされたような気がするわ」
「ごめんなさい、あたしが……」
「エディは関係ないわ。何も言わずともこれを見ただけで察したでしょう、王女さまなら。それより、ペイジにも知られてしまったわね」
「気にすることないよ、ふたりとも。単なるわたしのわがままなんだから」
「いいえ、わたしたちも望んだことですから」
***
「ところで、姉妹結びって何?」
「えっ? それは……」
すかさずエドナが身を乗り出した。
「お互いが姉妹になるための契りを交わすことです。女性どうしで交結するのです」
「交結だって?」
「はい。といっても成子結びとは全然違うのです。要するに一晩をともに過ごしつながりを作り上げるのです」
「ともにするって、それならやっぱり……」
エドナは首をブンブンと振った。
「作用者にとって同性間の交結は特別な意味を持つのです。結びつくことで互いの作用力を混じらせるのだとか。結果的にふたりとも力が増すらしいです。すごいですよね。それに、姉妹結びは本当の姉妹よりも強いきずなを作るとかいう話ですよ」
「やたら詳しいのね、そういうことになると」
そう言われたエドナは胸を張った。
「お褒めの言葉ありがとうございます、リーシャ」
「別に褒めていないわ……」
「わたしたちは作用者ではありませんから、姉妹結びはできません。イサベラさまはどうしてあのようなことをおっしゃったのでしょうか。腑に落ちません。……それとも、一方が作用者ならできるのでしょうか。あ、もしかすると……」
シャーリンとタリアはしばらくエドナを見つめた。
「つまり、わたしたちの間でもできるかもしれない?」
「そのようなこと、あたしにはわかりません。作用者ではありませんし。でも……思えば、お姉さまに押し倒されて奪われるなんて憧れます……」
いったい何を勘違いしている、エドナ?
タリアは額にぱっと手を当てた。
「エディ……」
「……したいですか? あたしはちっとも構いませんけど」
そう言うエドナの顔をただ見つめる。冗談なのか本気なのかまるでわからない。
「あ、でも、リーシャがしたいのは姉妹結びではなくて……」
「エディ!」
「姉妹結びか……」
「あのう、わたしたちはそのような難しい儀式をしなくても、ずっとあなたのことを姉だと思っていますから」
「ああ、そうだよね、リーシャ。必要ないよね。だけど、作用者どうしだと互いの力が増すと言ったよね。わたしたちの場合だとどうなるのかなって、興味がないわけではない」
エドナは肩をすくめた。
「あたしには想像もできません」




