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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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299 世事には疎いけれど

 カレンが考え込んでいると、おもむろにミアが言う。


「フィオナは深謀遠慮の人だと思うな。うん、人はね、何も考えずに衝動的に行動するのと熟考してから行動するのに分けられる」

「へ、そうなの?」


 そう言うペトラを見て、すぐにメイが口にする。


「ペトラはきっと前者のほうね」


 メイはちゃんと見抜いている、ペトラの口の軽さも。


「そうかな。シャルは間違いなく前者だけど、わたしは思慮深いよ」

「それ、おせっかいとも言うわね」

「そう言うお母さんは、しょっちゅうとんでもない行動をするし、いつも時間を忘れて考え込む癖がある。だから両方だね」

「なに、それ? わたしが二重人格だとでも?」


 自分の発した言葉にドキリとした。確かに自分でも……。


「だって見ていればわかるよ、誰でもさ」


 ほかのふたりが何度も首を縦に動かした。遠くでジェンナもうなずくのが視界に入りため息が漏れる。


「それに、わたしの半分はお母さんの遺伝でできたものだから自分ではどうしようもない……」

「お姉ちゃん、今の話とフィオナとどういう関係があるの?」

「えっ? ああ、つまり……人はね、どうしても今こうしなければと(ひらめ)くことがある。そういう意味。あたしも経験がある……」


 ペトラが身を乗り出した。


「ええっ? それじゃあわかんないよ、ミア」

「お食事の用意ができました」


 ジェンナの声にミアがさっと立ち上がった。

 カレンはジェンナに確認する。


「ほかの人たちは?」

「皆さま隣の部屋です。そちらは姉が用意していますので」

「じゃあ、ジンもお姉さんと一緒に食事をしてらして。こっちは大丈夫よ」

「いいのですか、メイさま? あとはお任せして」

「もちろんよ」



***



「そうそう、あなたたちも何かほしいものない? 持って帰りたいもののことよ。フェリシアからはいろいろ聞かされたわ」

「ああ……こっちに来てからフェリは何だかんだと言ってたなあ」


 メイがクスクス笑っている。


「そりゃそうよね。向こうにはないものがいっぱい」

「グウェンアイにまとめて頼むつもりなの。何でも言ってね」

「カレン、そんなに気を遣う必要はないよ」

「なに言っているの、ミア? わたしたちに癒やしをもたらし、生活を彩り豊かに楽しくするものに糸目はつけないわよ」

「太っ腹だねえ、お母さんは」

「ねえ、ペトラ、あなたのせいでずいぶん痩せたと思うけれど」

「それは……少し反省してる。でも、終わりよければすべてよし……でしょ?」

「まあね。みんなにはいろいろ助けられたし、これからもっともっと助けてもらうわ」

「じゃあ、考えておくよ。気になってるものはあるんだ……」


 そうでしょうとも。それに、だいたいの察しはつくわ、今のわたしなら。



***



 食後にメイが入れてくれたお茶を味わっていると、ミアが突然クツクツと笑いを漏らしたのでびっくりする。


「どうしたの?」


 ペトラが心配そうに(のぞ)き込んだ。


「いや、なに、あのオリビアがあたしのおばあちゃんなんだと思うと、なんかおかしくて……」


 メイが感慨深げな声を出す。


「ああ、そうなのよね。お目にかかった瞬間から圧倒されたのを覚えている。なんかもう、ずいぶん昔のことのよう」

「お母さんに会うなりぎゅうぎゅう抱きしめたよね。大丈夫だった? 骨が折れるんじゃないかと心配だったよ」

「大げさね、ペト。……でも確かに強烈だったわ」

「それだけ、心配してらしたのよね。お母さんのお母さまですもの」

「うーん、そうね。まあ、いろいろ心配かけたから……」


 それだけではなかった。



***



 前の夜、空艇で到着したあと、オリビアの部屋でふかふかのソファに並んで座り長いこと話し込んだ。

 彼女からは何度も謝罪され感謝された。

 自分の娘を猛獣の巣に送り込んでしまったと頭を下げた。エルナンを助けてくれたとお礼を言われ抱きしめられた。


 ノアがさらわれた原因はわたしだし、姉妹結びがトランでわたしを守ってくれた。そして結局取り返すことは(かな)わなかった。ノアを治すとの約束を果たせていない。

 そして、エルナンを救ったのはハルマンの軍であり、そうなるよう頑張ったのはお母さま。わたしは余計なことをして皆を心配させただけ。


 そう言ったが彼女は首を振って続けた。


 あらゆることが多くの献身と犠牲の上に成り立っているのよ。あなたにも必要以上に多くを強いた。その代償も払うことになった……。


 オリビアの父ブレイクとディオナの父ジェシー、つまりジョアナの連れ合いが兄弟でその長姉がランスの連れ合いアダルのクロエ。オリビアの母、メリデマールのオリアナは、その母がエルナンの者だと聞かされた。

 つまり、オリビアにとってディオナは従姉妹(いとこ)でありどちらもエルナンにつながっている。


 オリビアもディオナにも護りたい大切なものがある。

 わたしたちだって皆に守られてこそ今があるし、逆に守りたいものがたくさんある。大切なものを護るためならできることをするのは当然だと思う。




 彼女が守るべきものは家族だけではない。

 アデルの人たち、ハルマンの民、そしてエルナンの人々、もちろんローエンの民もだ。何を守り何を犠牲にするかを決めなければならない。それは(つら)く苦しいことに違いない。


 わたしが彼女の立場だったら感情にとらわれずにきちんと決断できるだろうか。どう考えても無理。そうでなくてよかったと心から思う。


 しかしオリビアが言ったように、大勢の命と引き換えに得たものを後悔することなく守っていくにはこれからが正念場だ。

 彼女は全力で支援するつもりらしいし、わたしもできることをしたい。


 この瞬間にもエルナンやほかの準家の大勢が前線で戦っている。あれを何とかするのがたぶんわたしにも可能な最大の貢献になる。

 これはわたしたちが頑張れば成し遂げられる。急がなければ。


 何もなかったわたしがここまで来られた。

 それは頼りになる大切な人たちと巡り会えたから。どんなときでもお互いを信頼できる、家族になったのだから。

 寄る辺がなければ全力を出すことなど到底不可能。


 エルナンが救われたのは皆が全力で自分にできることをしたから。

 そう言われ、その一員になれたことはとても誇らしい。涙が出るほどうれしい。

 これが……何かを成し遂げたときの気持ちなのかしら。


 またオリビアに抱きしめられながら、覚えていない母のこと、そして姉と妹について考えた。記憶がなくても皆に護られていたことは心にしっかり刻み込まれている。

 この思いだけは失いたくない……。


 いつの間にか眠ってしまったらしく記憶はそこで途切れている。

 目覚めたときは彼女のベッドにひとりだった。寝ている間に何も口走っていないといいのだけれど。



***



「結局、またむちゃしたのね。あれほど念を押したのに」


 グウェンタに着くなり開口一番に言われた。そのメイジーが抱きついてきた。


「……心配したんだから」

「ごめんなさい。ジェンナとマリアンのことを責めないでね。これはわたしの甘さが招いたことだから」

「本当だよ。チャックがずっと不安そうにしてたんだよ。それを見てたら嫌な予感しかしなくて……」


 そう言う声が涙ぐんでいる。

 メイジーの肩越しにチャックを見上げる。


「すみません。いつもご迷惑をおかけして」

「とにかく皆が無事でよかった。カレン、もし君に何かあったら輸送艇を貸した自分が一生許せなかった。そうならずに済んで心からホッとしている」

「ごめんなさい。これからは気をつけます」

「それにしても、皇妃たる者がよその国をひっくり返すとは……」

「誤解のないように言っておきますが、わたしは何もしていませんからね。ただ、皆を危険に(さら)しただけ……」

「たいした人だよ、君は、本当に。こんなことを成し遂げてしまうなんて……」

「人の話を聞いていました?」

「もちろん、おれはいつでも君の声の(とりこ)だから」

「はあ……ああ、すっかり忘れていました。チャックとイジーに皆を紹介しないと。ミア、メイ、ペトラ、ディード、フィオナ……それから、ダレン」


 メイジーはダレンにちらっと目を向けたあと、三人の娘を食い入るように見ていたが、いつものような軽口は出なかった。

 その代わりに、メイジーはダレンに近づくと何ごとか言い、ダレンは謝るようなそぶりを見せた。


 このふたりは知り合いだったのかしら。

 もう一度ふたりを視てようやく気がついた。そういうことだったの。最初に言ってくれればよかったのに……。




「ねえ、イジー、エムの具合はどう?」

「うん、順調に回復しているとネリアが言ってたよ」

「ディードはね、エムの、ああ、将来、連れ合いとなる人なの。彼をエムの部屋に……」

「へえー、それじゃあ、あたしの兄になるのか……」

「はあ?」

「ああ、何でもない。サリー、ディードを案内してくれる?」


 娘たちもディードと一緒に階段を上がっていった。


「ねえ、イジー、さっきの……」


 突然きっぱりとした声を聞いた。


「あたし、決めた」

「えっ?」

「あたしはカレンの娘になる」


 カレンはチャックの不安そうな顔を見つめ、メイジーの赤らんだ顔を眺める。


「イジー、あなた、本気なの?」

「もちろん。前にも言ったと思う。だから……我慢する」

「我慢って、何を?」

「カレンがあたしのお母さんになるということは、カレンがチャックと一緒になることでしょ。そのことよ」

「でも、チャックはレイナさんを……」

「大丈夫。チャックは、あたしの母もカレンも好きだよ」


 チャックの顔を盗み見る。本当にそうなの? でも、彼は今でもレイナを愛している。


「イジーったら、そう簡単には……」

「ほらね、チャック、あたしの言ったとおりでしょ。万事うまくいくわ」

「あのね、イジー、あなたのお父さんには考えが……」

「チャックはいつまでもあたしの母に縛られるべきではないと思う。あたしはふたりが両親になってくれるとすごくうれしい」


 そう話す顔は上気している。なぜか満足そう。


「イジー……」


 そうはっきり言われると困ってしまうわ。

 チャックを見れば彼も穏やかな顔をしていた。血のつながりがなくてもやはりこのふたりの間にきずながあるのだと実感する。

 その向こうに立っているダレンの顔に何とも言えない複雑な表情を発見してなぜかうれしくなった。


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