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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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298 やっと戻ってきた

 扉を開くとペトラの後ろにミアとメイの顔が見えた。


「さあ、入ってちょうだい」

「ここがお母さんの部屋?」

「そうよ。だけど、実はここで夜を過ごしたのは一度だけなのよね」

「えっ、そうなの?」

「でも、不思議と落ち着くのよねえ。自分の部屋に帰ってきたと感じるの。どうしてかしら」


 シアは居心地が悪いと言っていた。


「なかなか、こういう色彩はないよね。このせいかな」


 緑が一つもない部屋を見回してうなずく。


「よく眠れた?」

「うん、もうぐっすりと。ベッドで寝たのは何日ぶりだろう……」

「みんな、そこに座ってちょうだい」


 先ほどから待ち構えていたジェンナがお茶を()れ始める。




「あなたたちに渡したいものがあるのよ」


 棚から三つの包みと箱に入った瓶を取り出してそれぞれの前に置く。

 がさごそと開く音に続いて声が聞こえた。


「それで切るなって言われたのか……」

「うわー、すてき。とても、なんていうか懐かしいような不思議な感じ」

「前に自分たちの木があるという話をしていたでしょ。ハチミツを買いに行った店で教えてもらったの、花によって味が違うって。そのとき偶然聞いたのよ、あなたたちの木の名前を。それで衝動買いしちゃった。同じ銘柄のハチミツもあるわ。その箱の中。気に入ってくれるかどうか……」

「ああ、それでここに書いてあるのか。うん、ミアサラセノイア。で、そっちはメイレンランセア……」

「忘れないように書き付けておいたの。瓶には絵しか描かれていないでしょ。どれがどれだかわからなくなったら困るので。わたし、本物を見たこともないから」

「今度ロメルに来たときに見てね、わたしたちの木。ずいぶん大きくなったのよ」

「ええ、ぜひ。それで、ふたりの名前が入っているのは……」

「そうなの。母には木からつけられたと聞いたことがある」


 そう言われて大きくうなずく。


「それ、対樹(ついじゅ)というらしいわ。昔から双子に贈るお守りとして使われたとか……」

「そうそう、お守り……。おばあちゃんから聞いたことがあります。でも、ただのお話だと思ってました」

「エレインが?」


 ミアは少し驚いたようだった。


「そうよ。小さいときにお土産をもらったことがあるんです。わたしたちの木と同じ材料で作られたらしいスティング。わたしはまだ時々使ってます」

「ああ、そうだった。確か家に置きっぱなしだ。だけど、こっちのほうがすごく神秘的に見えるのは気のせいじゃないな。なんかこう、ほかの人の手を握っているみたいに温かい」

「本当かどうかわからないけれど、店主が言うには特別なものらしいの」




 ペトラがスライダを持ち上げて眺めながら聞いてきた。


「どう特別なの?」

「これはかなり昔にイリマーンのケタリシャによって作られたらしいわ。そもそも対の木には不思議な力が宿るとされていて、権威ある者だった彼女は、研究を重ねてその力を高めた装身具をいくつも制作したとか。これをつけた二人は引かれ合いつながって互いを守る。そんな話だった。にわかには信じられない話よね……」

「へーえ、さっそくつけてみようかな」

「お姉ちゃん、わたしがやってあげる」


 メイはジェンナが用意してくれた櫛を使って姉の髪を()き、まとめてスライダで止めた。

 メイが自分のをつけている間に、カレンはペトラのまだ長くない髪を結って留めてみた。


 三人が並んで鏡を持って見せ合っているのを眺めながら、買ってよかったと思った。一応気に入ってもらえたようだし。まあ、自己満足かもしれないけれど……。


「それで、何か感じた?」


 そうペトラが言ったが、ミアもメイも首を横に動かした。


「これ、すごくいいよ。ありがとう、カレ……お母さん」

「あのね、ミア、前のようにカレンでいいから」

「そ、そうか。じゃあ、カレン。あたしは気に入ったよ。これからずっと使わせてもらうよ」




「わたしのはここに書いてある、ペトゥー・リアダシオン、だよね。これもハチミツに関係した木の名前なの?」

「そう。その瓶のハチミツはこの木の花の蜜から作られたのよ」

「これも、対の木というやつなの?」

「ええ」

「わたしの名前もこの木からつけてくれたの?」

「……なんでそんなこと聞くの? パメラが名付けたのでしょ?」

「そうなの? だって、ミアやメイと同じだとすると……」


 パメラではなくケイト……というよりふたりでかな。失われたあれにはそう書いてあったっけ。しかし本当のところはわからない……。


「まあ、あなたのお母さんには違いないと思うけれど、もしかしたら、ケイトかもしれない。もしくはエレインかも……」

「あるいは……お母さんかも。ミアとメイなら……」


 ふたりとも首を振った。




「わたしは双子じゃない。だから対樹と言われても。ねえ、そうでしょ?」


 こちらをじっと見つめる目を見返す。

 同じ日に同じ者が授かりし二人も双子というのよ。


「いや、いや、そんなことないよね。だって……」


 いきなり違うことを聞かれた。


「シャルのもあるの?」

「もちろんよ」

「それで、名前は?」


 珍しく声が震えているような気がする。


「シャーリ・ウラニシオン」

「う、うーむ」


 向こうに黙って立つジェンナもペトラを見つめていたが、彼女にはもうわかっている。


「いつかシアが言っていたわ。時間は相対的なものだと。この世に生きる誰もが……」

「いったい何の話? そんなことないよね。そりゃ、お母さんが相対的っていうのは納得するけど……いや、待てよ、そうか……」


 ペトラは考え込んでいたが、これ以上言わなくても結論に至るのは確かだった。

 つい口を滑らせてしまった。


「シャルの木はロイスの庭にあったわ」

「……それで、わたしの木は?」

「イリスには……ないのね?」


 いかにも悲しそうな顔を作ってうなずくペトラにため息を漏らす。


「シャーリンの木のそばでもいい?」

「ありがとう、お母さん」


 いつものように抱きつかれた。

 ペトラと同じ歳でないと罪滅ぼしにはならないわよね。イジーとチャックに相談してみよう。グウェンアイなら何でも調達できそうだ。大きな木だとしても。




 話が終わるのを待っていたかのようにジェンナの声がした。


「晩食はこちらにご用意してよろしいですか?」

「ええ、そうしてちょうだい」


 全員が席を立ってソファに移動した。ジェンナが食事の用意をしている間にペトラに聞く。


「ノアはどうなの?」

「うーん、実はね、ローエンから戻ってきたときはかなり好転しているように見えた。調力(ちょうりき)装具だっけ、短期間とは言えその装置につながれていたおかげだと思う。アデルについてからは、医療装置も最低限にしたくらいだから。ここの人たちは元気そうだと言うけど、少し気にはなってるんだ」

「よくないの?」

「また、だんだん衰えてきているのじゃないかと思う」

「うーん、そっちも何とかしたいのだけれど、手詰まりで……」

「うん、そのうち何か発見があるかもしれないし」

「そうだ、言い忘れていた。明日出発することにしたから」

「ああ、早くエムに会いたい。ほら、ディードだって恋い焦がれている」

「わかっているわ」


 わたしもエメラインとメイジーに早く会いたい。

 チャックはわたしのことを心配してくれているかしら。


「カレンさま、あたしも……」

「ジン、あなたはここに残るのよ」

「しかし、それは……」

「マリアンに付いていてちょうだい」

「でも、あたしのお役目は……」

「今のあなたの役目はマリアンの看病よ。彼女の頑張りでわたしたちは生きているの。これは……命令。シャーリンを迎えに行くだけよ。何も起こらないから大丈夫。それにほかのみんなも一緒だから」

「はい、わかりました」




「ザナから何か言ってきた?」

「しばらくローエンにいるそうよ。協約については、準備ができたら呼ぶことにしたの。連絡すればいつでも来てくれるって。四人とも」

「それはよかった。エルナンの人たちもこれから大変だよね」

「そういえば、クリスをローエンに残してきてよかったの? あなたの衛事でしょ」

「クリスはローエンの領事になる予定なの」

「それは初耳だわ」

「オリエノールも西の六王国と正式な外交関係を持つべきだとなって……。これまでは通商関係だけだったから」

「へえー。それはいいことね。ペトラもちゃんと仕事をしているのね」

「うっ。実はね、フィンから提案されたんだよ。クリスはローエンの領事に適してますって」


 確か軍の兵站(へいたん)を仕切っていたのだっけ。


「あらら。てっきりペトラが段取りしたと思ったのに。褒めて損した」

「わたしがそんなことに思い至ると思う?」

「……自慢してどうするのよ。あなたもオリエノールの国子(こくし)なのだから……」

「うん、わかってる」


 ミアが口を挟んだ。


「確か三国会議でも彼を見かけた覚えがあるよ。政治の駆け引きに通じているんじゃないかな」

「そ、そうなんだよ。それでアリーと話して、クリスを領事に任命してもらうことにした。あっさりと裁可は下った。実際にはローエンに新しい国王が即位したあとになると思う」




 ローエンもディオナとザナの下に、ニコラとアレックスにクリスがいれば心強いわね。副官のナタリアもアンドレとニーナを呼び寄せたのだっけ。彼女たちも一緒にいられる場所を見つけたということかしら。


「……それで、次はイリマーンとハルマンとミルドガにも領事を派遣することになった。もちろん来年になるけど。イリマーンとハルマンにはわが国子がすでに深い関係を持っているからそこを足がかりに正式な外交を……」

「ん? それってわたし?」

「当然。お母さん以外に誰がいるのさ?」

「あ、そう。で、わたしは何をすればいいの?」

「特に何も……。ああ、オリビアとまだ会ったことがないイサベラにちょいと話してもらえればあとはうまく……」

「あ、そう」

「ミルドガにもつてがあったりする?」

「えっ? うーん、ないこともないけど……」

「へえ? そうなんだ」

「ところで、クリスを、っていう話、本当にフィオナが言い出したの?」

「そうだよ。どうして?」

「だって、フィオナとクリスって……」


 ふたりの間にはきずなができていると言おうとしたが思いとどまる。彼女にも考えがあるに違いない。わたしが口出しすべきではない。


「うん。ああ……すごく仲いいよね、ずっと前から。確かにどうしてかなあ」


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