296 救う者と救われる者
「姫さま」
「どうしたの?」
「このままだと、いずれ限界になりますよね。あたしたちが森を抜けて前に回り込めば……」
「だめ。防御の外に出たら攻撃されるわ。それにどうやって……」
「隊長の銃をお借りします。あれを向こうの作用者にたたき込めば」
「だめよ。ここにいなさい」
「あたしは全然役に立っていない」
そう言う彼女のかすかに光る目を見る。
そうだ、彼女はメデイシャだった。自分の力を制御できていないけれど間違いなくメデイシャ。
シアも言っていた。彼女は問題ないと。
「メイ、ティム、しばらくふたりで頑張ってもらえる? ちょっと試したいことがあるの」
「わたしたちは大丈夫」
「マリン、ここに座って手を出して」
マリアンの両手を握り、探りを入れる。彼女の中に入り力髄に到達する。
「マリン、あなたはメデイシャなのよ」
「メデイシャ?」
「ええ、精分を制御できる。あらゆる生あるものが作り出す精分。わたしたち人も、動物も、植物も、地の中にも、そして、あのトランサーすらそうしている。わたしたちの活動の源。あなたはそれを感じられる」
「どうやって?」
「これまで無意識にやってきたと思うけれど、今度は意識してみて。たとえば、わたしの中を視て。何か感じない?」
しばらく返事がなかった。
「なにかサワサワとした感触が伝わってくる」
「それよ。それに意識を集中して。強く感じたらつかむのよ」
突然、スッと流れるものが視え、自分の中から吸い上げられたのがわかった。
「そうよ。もっと強く引っ張ってみて」
今度ははっきりと手に向かう流れが視えた。
「次は反対方向よ。逆に流して。いま自分の中に蓄えた精分を手から送り出す」
***
「ああ、うまいわ。やはりあなたはメデイシャ」
マリアンの手を離す。
「さて、ここからが本番よ。今度は周囲を視て。最初は目を閉じたほうがいい。目でなく心で視るの。地面があり空に覆われ、今あなたは木々に取り囲まれている。周りには生き物がたくさんいる。木、草、そして、土の中や草木には無数の小さきものたち。それらに思いを巡らせて。あなたの周りには精分が溢れているわ。それを少しずつもらうの。全部奪ってはだめよ。みんなからちょっとずつ」
「難しい……」
「最初は手を地面につけるといいかも。それで、周りのものとつながるわ」
辛抱強く待つ。感知を使ってメイとティムの様子を視る。かなり疲れている。
もう少し頑張って。彼らの中の精分が尽きたら気を失う。
突然、周囲のあらゆるものから精分がマリアンに流れ込み始めた。当然、人からも。
「マリン、区別がつくかしら? わたしたち人と自然界の」
「あ、はい。それぞれ色が違って視えます」
「そうなの? それじゃあ、わたしたちを除外してもらえる?」
「あ、はい。頑張ります」
しばらくして息をつくのが見えた。
「できた……と思います。でも、あたしはもういっぱいいっぱいで、これ以上耐えられません……」
「そのままこっちに来て」
ティムとメイの間に座らせる。
「さあ、手を出して」
マリアンの両手をつかんでメイとティムの手首を握らせる。
突然、メイとティムがあえいだ。
「もっとゆっくり。周りから集める量も減らして。いい? 必要なだけもらうの。何もかも奪ってはだめよ。そんなことをしたらみんな倒れてしまう」
それでも流れは速い。
「力を使いすぎ。もっともっと抑えないと長丁場を耐えられない」
「頑張っているんですけどなかなか言うことをきかなくて。ちょっと油断すると勝手に広がって……」
「時々手を離して休むのがいいわ。物理的な接触がなくなればすぐに落ち着くはず。しばらくしたらまた始めるの。いい?」
「はい」
「じゃあ、この調子でお願いできるかしら」
まだ使い方が荒っぽいけれど、実践で慣れていくしかない。
「はい、姫さまは休憩してください」
「そうさせてもらうわ。ダレン、しばらくマリアンをお願い」
「ああ、任せておけ」
夜明けまでにはまだ時間がある。
***
突然目を覚ます。
悲鳴が聞こえたような気がした。あれは夢の中かしら……。
いきなり感知にアセシグのうねりが伝わってくる。一瞬何が起こったのか理解できなかった。
フィールドが揺らぐ。今にも消えそう。
急いで体を起こした。真っ暗なのにメイの顔が見えたような気がする。
怒鳴り声がいくつも聞こえたが、何を言っているのかわからない。何とか聞き取れた言葉に衝撃を受ける。
貫通弾。どうして今さら?
急に周りから銃の発射音が聞こえるようになった。
ようやく足が動くようになり、にじり寄ったときには、ジェンナがマリアンのそばにいた。すぐに悟る。マリアンが怪我をした。
暗闇なのにこちらを見上げるフィオナの顔が真っ白に見えた。
「カレンさま……」
「どこを……」
気を失ったのかだらりとしたマリアンをジェンナが抱きかかえていた。フィオナが両手で押さえているところから血が溢れてきた。
マリアンの手を取る前にわかった。彼女の力が急激に弱くなっている。意識を集中する。作用の流れを感じたことに安堵した。
「マリンは、マリンは、どうなったんです? どこを撃たれたんですか?」
ジェンナの取り乱し方は尋常ではなかった。
「落ち着いて、ジン。マリアンは大丈夫よ」
貫通弾の攻撃を胸に受けた。力髄が心配だが、彼女のは普通の作用者と違いさほど大きくない。直撃されることはないはずよ。
「カレンさま、わたしの力を使ってください」
そう言われて慌ててフィオナの手を取る。
マリアンの胸に手を差し込みぬるぬるしたところを覆い、ものすごい勢いで流れ込む回復作用をそのまま注ぐ。
撃たれて損傷を受けた肺はゆっくりと持ち直してくる。しかし反対に作用はどんどん弱くなっている。どうして?
相当消耗していたところに貫通弾が体内で炸裂して力髄にも当たったのかもしれない。
医術者が異物を取り除き体組織を修復できたとしても、力髄が止まってしまえば、ほかの作用者と同じく死に至る。それだけは防がなければ。
「カレンさま、カレンさま、わたしにも何かできませんか」
そう言うジェンナの顔を見つめながら必死に考える。
出血が酷いけれどフィオナの力があれば、医術者に診せるまで何とか持ちこたえられる。しかしこの弱り切った力髄のほうはどうすれば……。
「あたしにも力があれば、マリンを助ける力が……」
力……そうだ、ダレンはジェンナも癒者だと言っていた。顔を上げると彼女の向こうにダレンがしゃがんでいる。
見回せば、わたしたちを大勢の兵士が取り囲んでいた。ディードが怖い顔で空を睨んでいる。
フィールドはもとに戻ったが、皆が怯えたようにあたりをキョロキョロうかがっていた。
もう一度顔を上げると少し青みがかった空が見えた。もうすぐ夜明け……。
これ以上できることはない。場所をあけて衛生兵に任せた。手際よく手当てされたマリアンは一見ただの重傷者に見えたが、作用がほとんど感じられなくなった。
やはり力髄がどうにかなってしまったのだろうか。
彼女はまだ未熟者で力の使い方が下手だ。それなのにいきなりメデイシャとして全力を出して消耗したところに、ショックを受けて機能低下を起こしているのかもしれない。
耳元でダレンの声が聞こえギクッとなった。
「ああ、おれとしたことが。すっかり忘れていた」
のけ反って彼の顔を見る。
「癒者には二種類ある。確か正癒者と力癒者だ。フィオナは正癒者だ。ならばジェンナは力癒者かもしれん。そして、力癒者は力髄を癒やす……」
そこまで聞けば十分だった。フィオナの手を離してジェンナの手をつかむ。
「カレンさま?」
「あなたは癒者」
「でも、あたしは……」
「わたしたちは勘違いしていたかもしれない。あなたは力癒者」
「えっ?」
「ジン、さあ目を閉じて。余計な意識は排除するのよ。そして自分の中の力を目覚めさせるの。あなたも癒者。わたしが手伝うわ。マリアンを助けるのよ。あなたの妹を助けるの」
「妹……」
「気づいていないかもしれないけれど、あなたたちの間にはきずながある。覚えがないかもしれないけれど、あなたたちは姉妹結びをした。わたしたちの妹なのよ。わたしが手伝うから、あなたの力を解放して」
ジェンナの息づかいが荒くなる。握る手に力が入る。
無理やりこじあけていいのだろうか? 前にそうやってとんでもないことになった……。
「ダレン……本当にこれでいいと思う?」
「大丈夫だ、カレン。あんたはジェンナと同調しろ。力覚させて彼女の能力を引き出すんだ。そうすればきっとフィオナと同じになる。ふたりで一人前になるんだ」
彼女の中に進み力髄をこじあけて入り込む。彼女のあえぎを無視して作用を注ぎ込み、同調力を開いてどんどん強くする。
突然、ジェンナから視たことのない作用が流れ込み始めた。何も考えず反対の手にそのまま流す。
徐々に同調力を緩め、作用をマリアンの力髄に向かって注ぎ込む。効果はまったく視えないがひたすら続ける。




