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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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294 きずなを取り戻すには

「母の名はリーナ。リーナ……」


 ジェンナは何度かつぶやいて目を瞑った。

 ニコラはフィオナとジェンナに手を回して引き寄せる。


「わたしに二人も妹がいてうれしい」


 その口調とは裏腹にふたりを抱きしめる姿にはぎこちなさが感じられた。

 急に妹が二人現れたのだから無理もないわよね。ああ、でも、かなり前から気がついていたのよね。ならどうして……。


「いいなあ……。ねえ、カル、シャルは今ごろ何しているのかなあ。知ってる?」

「いいえ。あなたと同じ程度しか知らないわ。これが終わったら会いに行きましょ」


 ザナがこっちにやって来るのが見えた。


「ペトラ、負傷者の手当てを手伝ってくれる? こっちの医術者だけでは手が回らなくて」

「はい、すぐ行きます」




「わたしはケタリシャ失格だね。カレンの守り手なのに逆に助けられてしまうなんて」

「ザナ、あなたの帰るべき場所はここです」


 口を開きかけたザナを手で制して続ける。


「もちろんあなたのおばあさんの生まれたこの地にあなたの思い入れがどれほどあるのかわたしには知りようもない。それでもわたしは、あなたがしたいようにすることを望んでいます。今のわたしには何人も守り手がいます。だから、ザナはもうケタリシャという義務に縛られないで自由でいてほしいの。姉もあなたを自由にしたと聞きました。わたしもそう……」

「でも、わたしの誓いは……」

「わたし、思うのです、今はもう昔と違うのだと。アレックスは言っていました。作用者の力ありき時代は終わりつつあると。シルを訪ねた際にそれをはっきり理解しました。ケタリもケタリシャもその役目を終えるときではないかと。だから、あなたはこれからローエンのために生きてほしい。もしそう希望するのなら」


 目を閉じたザナはしばらく黙っていた。やがて、ひとつ深呼吸したザナが真っ直ぐな目を向けてきた。


「そう……カレンがそこまで言うのなら……」

「事情を知らないわたしが生意気なことを言ってごめんなさい。わたしにはエルナンの内情は理解できません。でも、あなたには自分の意志で生きてほしいの。お願い」

「わかりました、お姉さま。協約の問題が決着したら……わたしはここに、エルナンに戻ろうと思う。母の立場ではおいそれとローエンに来ることはできないけど、わたしなら……。エルナンのために働こうと思う」

「わたしも応援します」

「それには、まず、この戦いを終わらせなくては」

「はい。わたしたちも協力します」

「ええ、お願いするわ」


 テントに向かう後ろ姿を見送りながら考える。

 そもそもケタリシャの役目とは何なのだろう。ケタリを守るとか探し出すとか、それは単に体制を維持するための方便。

 遠い昔にはもっと違う目的があったような気がする。当初の目的は失われてもその手段だけはいつまでも続く……だったかしら。


 きっとシルの記憶には存在するのだろうけれど、わたしたちがそれを知ることはできない。けれども最初の目論見(もくろみ)を受け継ぐ人が今でもいるかもしれない。


 そうならこの延々と続く責務はもう終わらせてもいいはず。あと二、三年もすればどの国の民も新しく慣れない土地での暮らしに悪戦苦闘している。

 それぞれの地で皆が生きていくための相応(ふさわ)しい体制があるに相違ない。今度イサベラにも話してみよう。




「……姉さま……お姉さま?」

「あ、ニコラ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしていたわ」

「わたしは……だめですよね」

「いったいどうしたの?」

「フィオナと出会った瞬間、つながりがあると感じて心が躍りました。彼女のことを知りたくていろいろ話しました。そこまではよかったんです。でも、あの日、ジェンナが空艇から現れた瞬間、また同じ感覚を受け仰天しました。そして、ふたりと姉妹なのだと確信したとき、心がザワついたんです。……そうじゃないことを願う自分がいるのがわかりゾッとしました」

「それは、あなたのお父さんが……」


 目を伏せたニコラはかすかにうなずいた。


「ええ、母が亡くなる前なんです。どうしてだろうと思いました。わたしは父を憎んでいるのかもしれません。時々自分の感情を抑えられなくなって、それが怖いんです」

「そうね。自分の知らないところで自分の意志と無関係に進んでいくできごとには、誰しも戸惑うし置き去りにされたように感じれば、怒りも湧くしあるいは悲しくもなるわ。でもフィオナもジェンナもとてもいい娘よ。親が誰であるかとか何人いるかなんて関係ない。いま目の前にいる彼女たちをよく視て心で感じてほしいの」

「ええ、ええ、それはわかっているんです。それでも……」


 カレンは明るい夜空を仰ぎ目を閉じた。


「前に話したかしら。一年前のわたしは赤子同然だった。記憶を失ってまっさらなわたしに、シャーリンは居場所を作ってくれた。恵まれていたと思う。もう覚えていないけれど献身的なアリッサ、いろいろな知識を授けてくれたフェリシア、そしてロイスのみんなに助けられた。アリッサの……ええと……ハンスには草木や畑のことを教わったはずなの。皆に与えられたものを忘れていくのは(つら)い。でも、つながりを失わない限り、つながっていると感じるだけでわたしは安心して強くなれるの」

「少し母から聞いています。お姉さまはすごく苦労されたのですね」

「そんなことはないの。だって、こんなわたしの代わりに、ペトラとイサベラに母の力のありったけを注ぎ、あんないい()たちに育ててくれたパメラとグレースのほうがずっとずっと苦労したのよ。それにパメラには何度も助けられたことはわかっているの」


 ニコラの両手を取り手のひらで包み込むとかすかな震えが伝わってきた。


「ねえ、ニコラ、あなたはとてもまじめで正直で頼りになるし、あなたの妹たちもそれはすごいのよ。わたしはこの旅を始めてから大勢の人に助けられっぱなし。そんな皆にわたしが何を返せているのかは未だにわからないけれど、家族がいるから頑張れるの。家族のつながりを提供できていると思えばどんなことにも耐えられる。このつながりがなければわたしは空っぽなままさまよっていた。あなたが取り戻したきずなはきっとあなたを強くするわ。これからの人生を間違いなく豊かにしてくれる。そう信じている」


 ニコラの目が大きく広がり両手は口に当てられた。


「ああ、今さらですがわかりました。たぶんわたしはずっとひとりだったから戸惑っているのかも。父のせいにしているけど本当は自分のせい。妹たちともっと話したい。いろいろなことを知りたい、分かち合いたいという気持ちから目を背けていた……」

「あの()たちもニコラとのきずなを確かめたいと思っているわ」

「はい」

「ニコラに協約のことも話しておかなければならないの」

「はい、ザナからすべて聞いています。わたしも全力でお姉さまのお役に立ちたいです」

「この輪術式(りんじゅつしき)は今も前線で戦っている大勢の人たちを解放するために必要なことなの。お願いね」

「はい、お任せください」

「それじゃあ、妹たちのところにいってらっしゃいな」


 ニコラは歩きかけたがくるっと振り返った。いきなりギュッと抱きしめられる。


「ありがとう、お姉さまのこと大好きです。今さらですが姉の気持ちが少しだけわかりました。姉もカレンが大好きと繰り返し言ってました。きっとこんな感じだったのですね……」


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