293 広がるつながり
アレックスが連結車に近寄って眺めていた。ザナが屋根の上を指さして何か言ったが聞こえない。
その彼女が振り返ってカレンを見た。
「これはどうしたの?」
「えーと」
キョロキョロすると後ろにペトラがいた。
「ペト、説明してあげて」
「なんで、わたしが?」
「あなたの師匠でしょ。わたしは……くたびれたわ。どこかで休みたい」
「野営地にテントを張ってあるよ」
素直にペトラはアレックスとザナを連れて中に入ったが、すぐに全員出てきた。
「エストーの改良版だな」
「そうね。こんなに早く小型化されるとは」
「それに移動用に設計し直されているし、性能も向上しているかもしれんな」
やはりイオナが言ったようにエストーという兵器なのか。
「エストーはこの兵器の名前ですか?」
「ええ、エストーはインペカールの兵器で前線に大量に投入されているのだけれど、その小型改良版なのは間違いないわ」
ザナは近づいてきた指揮官たちと話を始めた。
「追撃してきた部隊が襲ってくるかもしれない。こうなっては正面から来るとも限らない」
こちらを振り返ったザナが続けた。
「夜の間も監視する必要があるわね。それはわたしたちで何とかするわ」
「ディード、マリアンと一緒にあれの使い方をエルナンの人たちに教えてあげてちょうだい」
「よろしいのですか?」
「これがあれば港までの道中も心強いでしょ。でも使いこなすには人数が必要。それに、元はと言えばローエンのだし」
そのあとつぶやく。
「本当はインペカールのかもしれないけれど……」
メイと何やら話しているミアのそばに行く。
「お話ししたいことが……」
「ケイトたちの件ならメイから聞いたよ。気にする必要はない。ケイトもエレインとも、とうの昔に別れを済ませてあるから」
いつもながらサバサバとした口調に拍子抜けする。こちらをいやにじっと見る目が気になるが。
「あたしは、早くに独立させてもらえた。メイには悪いことをしたが、エレインと長く暮らせた。だから問題ない。さ、これでこの話は終わり。いい?」
「はい」
「ところで、その髪型、似合っているよ。メイもそう思うだろ?」
「ええ、わたしもすてきだと思っていました。正直、切ったときは驚いたけど、やはり長いほうがお母さんらしいわ。いろいろアレンジできるのもわたしは好き」
思わずため息をついた。
「これはマリアンがやってくれたの?」
「えっ、どうしてわかったの?」
「お母さんは外見に無頓着だけど、彼女は見るからにこういったことに興味ありそうだし。ああ、ここは部分的に編んであるのね。すごいわ。わたしも教えてもらおうかしら。それにしてもずいぶん長く……」
「そ、そうね。マリアンに話しておくわ」
慌ててあたりを見回す。
フィオナとジェンナがニコラと談笑しているのが目に入りこれ幸いと急いで近づく。
「これで三人がそろったわね」
ニコラがこちらを向いた。
「カレン、わたしたちは……」
「ええ、間違いないわ」
「何が間違いないのですか? カレンさま」
「ああ、ジン、えーと……ニコラはあなたのお姉さんよ」
「ああ、やはりそうでしたか……」
フィオナは納得したようにうなずいたが、ジェンナの声は上ずった。
「えっ? やはり……三人姉妹?」
そのあとジェンナはニコラの顔を見つめるだけだった。
ニコラは両手でジェンナとフィオナの手を取りひとつに重ねた。妹たちが息を呑むのが聞こえた。
「違います。わたしたちは……四人姉妹」
しばらくしてジェンナがぽつりと言う。
「やはり、もうひとり姉がいるのですね?」
答えるニコラの声は小さかった。
「姉のパメラはだいぶ前に亡くなったけれど、ペトラの……母です」
「えっ? ちょっと待ってください」
ジェンナがパッとこちらを向いた。
「あたしの姉がペトラさまのもうひとりの母上だったのですか?」
「ええ、そうなるわね」
「あー、そういうことですか……しかし、とても信じられません。カレンさまは……」
ため息をついた。
「そうね、自分の娘なのに自分では産んでいない。成長に関わったこともない。誰ひとり」
いや、そうでもないか。
「無責任な母親よね、本当に……」
「そんなことないと思う」
後ろから聞こえた声に飛び上がった。
「びっくりした。あんまり驚かさないでちょうだい」
「母がふたりいるのはとてもいいことなんだよ。ほかにも……」
「ああ、ペトラ、この三人はあなたの叔母になるわね」
「ん? なるほど。つまり、わたしが子どもだと言いたい……」
ジェンナが頭を振った。
「いいえ、ペトラさまのほうが年長者に思えます。間違いなく」
きっぱりと言い切るジェンナがこちらを見た。この勘のよさは姉妹全員の共通点だわ。
「そもそもカレンさまがペトラさまの母上というのが信じがたいことで……」
「そうね。あなたたちと一緒だと、わたしが一番年下に思えるわ」
「ねえ、ニコラはわたしの母……パメラと歳が離れているよね?」
「はい、ペトラさま。十歳違います。わたしたちの母フローラはわたしが小さいときに亡くなりましたから姉が母親代わりでした。とても優しい姉だったのは覚えています。カレンのことをよく話してくれました。でも、姉がオリエノールに行ってしまってからは会う機会もなく、だから小さいころの記憶しか残っていなくて……」
「そうか……」
「母はレムルの末娘でしたが生まれてすぐ分家させられ、レアルとしてウルブ2に居を構えたようです。父、カリムのイアンと一緒になるのも早くから決まっていたのでしょうね。ジェンナに会ってから気になって先日ディオナに尋ねたのですが、母がわたしを産んだあと、父はローエンで縁のあった人としばらくオリエノールで暮らしたらしいです」
気のせいかニコラの口調にはチクチクするものが感じられた。
パメラとニコラの地氏レアルは元はレムル。ダイアナもグレースもフローラも根は同じ。
「一度だけその方を連れてきたことがあったと言ってました。名前はリーナ。わたしもその場にいたのでしょうが記憶にはないです」
「その方が、わたしたちの母親ですか?」
フィオナの口調は淡々としていた。
「断言はできません。ディオナもあなたたちのことは知らなかったようですし、もう父に確かめようもありませんから」
ジェンナの質問は直接的だった。
「そのリーナという方の髪はわたしたちと同じですか?」
「そのようです」
黙って聞いていたペトラがこちらを向いた。
「母さんはフィンのことを知っていたのかなあ?」
パメラはフィオナに自分の娘を託し守り手とした。確かにあまりにも偶然すぎるが、今となっては確かめようもない。
「そうかも……」
イアンがイリスに入ったパメラを訪ねた可能性は高い。パメラは娘と妹と一緒に暮らすことを喜んだに違いない。
彼女が早くに亡くならなければフィオナとペトラは姉妹として成長した……。
いけない。また勝手に物語が紡がれてしまった……。




