289 小隊の編成
カレンは隣を歩くペトラとメイを眺める。あら? ペトラは背が少し伸びたかしら。
「あなたたちも乗っていけばよかったのに。結構歩くわよ」
「ずっと車の中で身動きできなかったから体を動かしたいの。それに久しぶりにお母さんに会えたんだよ」
ドキッとする。ペトラと別れて三週かしら。しかし、わたしにとっては一年以上……。
「この前、会ったばかりじゃない」
ちらっと振り返ればかなり遅れて歩くフィオナとジェンナが話をしている。そして、そのすぐ後ろからダレンがついてくる。あの二人に興味津々なのが明らか。
「あのね、メイ、あなたに話さなければならないことがあるの。……あなたのお母さんのことで」
ピタッと立ち止まったメイがこちらを見た。
「あなたに、あなたとミアに謝らなければならないの。ごめんなさい」
「……亡くなったのね?」
「はい、本当にごめんなさい」
「どうして謝るの? 何も悪いことをしていないのに。お母さんが自分で決めたのです。わたしは、わたしたちはとっくに母の死を受け入れていました」
「それでも……」
「わたしにはもうひとりお母さんがいます。感謝しているのですよ。すばらしい母親が二人もいることに。だからそんな顔をしないで」
そう言われて胸にこみ上げてくるものがある。
「もっと何か……」
突然、腕を引っ張られてメイと向き合った。両手がすっと背中に回される。
「お母さんが今まですごく頑張ってくれたのを知っています。さっきの話を聞きました。わたしの想像よりずっとずっと大変で危険だったとわかります。本当に感謝しているのですよ、お母さん」
「ありがとう、メイ」
手を回してギュッと抱きしめる。
「あなたは本当にしっかり者だわ。こんなわたしがあなたの母になれるのかしら」
「もうなっているから」
「あなたは賢くて気配りができて殊勝な娘だわ。その上……」
「お、お母さん! 急に何を言い出すの?」
「だって、そうだもの」
こうやって家族と話せば、いや、一緒にいるだけで元気と勇気が湧いてくる。
夕刻が迫り寒くなってきた。
「お母さんだって誰よりも強くてすてきで、娘としては自慢の母親よ」
そう言ってくれる彼女は誰が見ても娘というより姉だわね……。
「それで……ティムとはいつ一緒になるの?」
ぴったり寄り添ってしっかり腕を組むメイの頬は紅潮している。
「え、えーと、年明けかなー」
乱れた髪に手を置いてわしゃわしゃと撫でる。
「そっか」
いつの間にかペトラも腕を絡めているのが見えた。そのまま無言で歩く。
「あ、えーとね、それにしてもびっくりしたよ。カルがローエンに来ていると聞いて」
「それは、あなたたちがいつの間にかローエンに来たからよ。てっきりハルマンに滞在中と思っていたのに。これでもみんなのことを心配したのよ」
「ごめんなさい。ザナには来るなときっぱり言われたけど、ひとりでローエンに行かせるわけにはいかないから。そうでしょ?」
「そうね。わたしにあなたたちを非難する資格はない。わたしも間違いなく同じことをしたから」
「へえ?」
「わたしが……生あるのは、エルナンのおかげだから」
「どういうこと?」
「エルナンがイリマーンと通じたトランに負けたのは知っている?」
ペトラがうなずくのを確認してから続ける。
「元はと言えば、その戦の原因はイリマーンのランスにあるのよ。主家の者ではない彼がケタリになったために殺されそうになり、エルナンのケタリシャに救い出された。当時は準家にすぎなかったトランの陰謀で敗れたエルナンは、かろうじてランスと生まれたばかりのジョアナたちをメリデマールに脱出させた。ところがインペカールの侵略で第二の故国も失うことになった。エルナンに縁のある人たちは元メリデマールの人々も含めて、ほとんどがウルブに住んでいるのよね。言い忘れたけれど、ランスはあなたたちの曽祖父、ジョアナはザナの祖母よ」
「ああ、それでわかった。フェルンで会った人たちはウルブから来たんだ……」
「わたしはエルナンに恩義があるのだけれど……」
「お母さんの立場としては表だって支援はできない……」
「外交問題にならないようにとダレンに釘を刺されたわ。あなたたちも気をつけてね。特にペトラは口が軽いから……」
「信用ないなあ。わたしだって状況は理解してるよ。わたしたちはウルブから来たザナの友人ってことになってるから大丈夫」
メイの手を離すと歩みを緩めてジェンナとフィオナの間に入る。
ペトラとメイがなにごとかと振り向いた。
ふたりの手を取り感覚を集中する。すぐに作用のうねりを感じた。やはりそう。
両方の手を引き寄せて重ねると、どちらも見るからにピクリと震えるのがわかった。思わず立ち止まったふたりに引っ張られてカレンの足も止まる。
手を押さえたまま、怪訝そうなふたりの顔を交互に見る。
「間違いない。やはりあなたたちは姉妹」
ジェンナがフィオナを見つめていた。その顔が上気している。
しばらくして、ぽつりと声が聞こえた。
「姉さま……なのですか?」
フィオナは妹の顔をただ見つめるだけだった。
「姉がひとりいるとは聞いていましたが、本当に会えるとは……」
「どういうこと?」
こちらを向いて質問するペトラに答える。
「つまり、そういうことよ」
「わかんないよ。フィンに妹がいるなんて聞いてない」
「わたしもです、ペトラさま」
いつの間にかダレンがすぐそばでふたりをじっと見ていた。気配を消すのがうまい。
気がつけばふたりの間に流れるかすかな作用が膨らんできた。思わず手を離してしまう。
諦めたように肩をすくめて歩き出したペトラがまた声を上げた。
「あ、あれはなに?」
彼女が指さすのは連結車。
「普通の車じゃないよね。こんなのどこで調達したの? ただのでっかい輸送車には見えない」
「話せば長くなるわ。先に医術者の仕事をしたほうがいいのではないかしら」
「うん、そうだね。フィンも手伝ってくれる?」
「はい、ペトラさま」
すでに張られていたテントに向かうペトラとフィオナのあとをジェンナも追いかけた。
連結車を前にしてマリアンやディードと熱心に話すフェリシアに声をかける。
「フェリ、あなたは……」
「あ、カレンさま。まったくすごいです。マリアンにいろいろ教わっていたところで……」
「ねえ、あなたはフィオナから内事の仕事を教わるために付いてきたと聞いていたのだけれど」
「えっ、あ、はい、もちろんちゃんと勉強しています……いました。こちらに来てからは時間がなくて……」
「あなたにもしものことがあったら困るわ。あなたは正軍や力軍の一員ではないのよ。こんな危険なところに……」
「それなら、フィオナだって、それにカレンさまも……」
「フィオナはペトラの守り手よ」
「あたしだってカレンさまのお役に立ちたいです。それがロイスに住むあたしたちの務めですから」
「姫さま」
「はい?」
「庇車の操作を任せられる人が必要です」
「えっ? ああ、確かにそうね」
「フェリシアは適任だと思います」
どちらかというとこれを分解して徹底的に調べたいだけだと思うけれど……。
「それに、これを兵器として運用するならちゃんとした体制が必要です」
すかさずディードがうなずいた。
「マリアンの言うとおりです。こいつを常時運用するなら小隊規模の人員が必要なくらいです」
「ああ、そのとおりね。これから敵と遭遇する可能性が高いし。わかったわ。ディード、あなたにこの兵器を委ねます。必要な人を割り当てて敵と渡り合えるようにしてちょうだい」
「わかりました。えーと、それでは、マリアンから聞いた話をもとにすると……ジェンナ、マリアン、フェリシアは運用要員、メイとティムが遮へい要員、ペトラとフィオナは救護要員ですね。昼夜体制を組むには少なくとも三倍の人が必要ですが、今はとても無理。それは本隊と合流したときに考えるということで。すみませんが、カレンには索敵をお願いします」
「その索敵にはぜひダレンも加えてちょうだい」
「おれもあんたの小隊に組み込まれるのか?」
「もちろんよ。わたしに付いてきたからには働いてもらわないと。ああ、強制者が現れたらその対処もよろしくね」
「いやはや、人使いが荒いな」
「なにか文句を言ったかしら?」
「いいや。皇妃さまのご命令とあらば何なりと」




