288 再会の先にあるもの
あの中にいるだろうか?
カレンは途中で立ち止まり、しばらく耳を澄ませた。一瞬よく知ったものを感じてホッとする。
「あの人たちに間違いないわ」
すでに森の出口に近づいているダレンを急いで追いかける。
木々がまばらになったところで立ち止まり、単眼鏡を取り出した彼の後ろに立って待つ。
しばらくして独り言のような声が聞こえた。
「車が数台。いやに少ないな……」
トランに対抗して国都を攻めたエルナンの人々。かなりの規模の軍が移動しているはずだった。
しかし、ここから視えているのもたぶん数十人か多くて百人くらい。知っている数人を判別できるようになったが、その中にザナの気配が感じられない。ほかにもいない人が何人か。
ようやく肉眼でも車が見えてきた。
大型の輸送車が四台、その後ろからあまり大きくない車が一台。それで全部だった。
やがて最後尾の車が速度を上げて輸送車を追い抜いた。こちらに気がついたらしい。もう一人ひとりが識別できるようになった。
ペトラとメイ、ディードがいる。それに知らない作用者が何人か。
目の前でものすごい音を立てて車が止まった。
扉が開くなり飛び出してくる人影。いきなり抱きつかれた。
「カル、こんなところで会えるなんて、思ってなかったよ」
さらに耳元でささやき声。
「昨夜まではね」
両手でペトラの肩を押し返して彼女の顔を見る。元気そうだが結んだ髪が崩れている。
すぐに、他の人たちもぞろぞろ降りてきた。メイの少し疲れた様子を見たとたんに胸が締め付けられる。
ダレンが森の外に向かって歩いて行く。ジェンナとマリアンがあとを追うのが見えた。おそらく後続部隊の有無を確認に行ったのだろう。彼らに任せておけば問題ない。
「わたしもよ。みんな無事でよかったわ」
「トラン・ヴィラでシャーリンにお会いしませんでしたか?」
「大丈夫よ、ディード。彼女はイサベラのところよ」
たぶんね。
「エメラインも追いかけて行ったんですが、彼女も一緒なんですね? 無事なんですね?」
その気迫につい正直に答えてしまう。
「エムは……大怪我したの」
ディードの顔色が変わるのを見て慌てる。
「大丈夫よ。グウェンタの館で介抱されているから。ちゃんと元気になるから……」
明らかにホッとした様子を見て話し続ける。
「わたしを助けるために……死にそうになったの。もう少しで彼女を失うところだった。すごく頑張ってくれたの。彼女は信じられないほど強いのよ」
「それはもうカレンの衛事ですから」
こくんとうなずく彼は誇らしげに見えた。
「みんなが撤退を完了したら一緒にイリマーンに戻りましょ」
「はい。あ、でも、ペトラが……」
隣からため息が聞こえた。
「ディード、わたしもイリマーンに行くから同行してちょうだい」
そのペトラが右手を見ていることに気づいた。
「今度はどこの皇女になったの? お母さんがハルマンの皇女になったことは聞いたけど、それはアデルのじゃないよね」
「ええ。これは……」
「どうして、アデルの符環はつけていないの? 見せてほしいな」
ペトラのただならぬ威圧感に気圧されてしまう。
ため息をつくと襟元から符環を引っ張り出して紐から取り外すと左手の指に加えた。
すぐにメイが口にする。
「オハンとアデルの符環はハルマンの炎……本当に揺らめく火のよう」
「それで、そっちはどこの符環なの?」
「ああ、違うのよ、ペト。これは……イリマーンのディラン国王からいただいたの」
「それで、この色は……」
覗き込んだメイがよどみなく言う。
「少し黄の混じった緑。今はなきメリデマールが主家、レムルの符環」
「さすが、符環のことになると詳しいね」
「ええ、そうよ。インペカールが侵攻したときにメリデマールのレムルで生き残ったグレースから託されたものなの」
「しかしレムルの地位を維持できる者の姿はもう見られない……」
メイのつぶやきはフェリシアが上げた感嘆の声にかき消された。
「ご無事だったお姫さまからの贈り物ですか……すごいですね、カレンさま」
「そうではないのよ。グレースはイサベラを産み育ててくれた大切な方。わたしは彼女の恩に報いることすらできていない……」
じっと考え込んでいるメイの隣にいる知らない作用者は誰かしらと思っていると、気づいたペトラが紹介してくれた。
「彼はティム。メイの連れ合い」
「えっ?」
「ペトラ! お母さんが誤解するでしょ。あのう、まだですから……」
つまり、もう決まっているということね。
「それで、ほかの人たちは? ザナたちは無事なの?」
「うん、もちろん。一応ね」
うなずくペトラを見て、急に気が抜けそうになったけれど聞き返す。
「ねえ、一応ってどういうこと?」
問われた本人が慌てたように言う。
「全員何ともないよ、わたしたちはね。いろいろあってね。本隊と一緒に来るよ。とりあえず重症の人たちを連れて先に出たの。これ以上戦闘に巻き込まれると困るから。あの車に乗っている人たちはもう戦えないし、フェルンまで早く移動したほうがいいとなったの。船にはちゃんとした医療設備が整っているらしいから」
ペトラの楽観視は信用できない。横を向いてメイに話しかける。
「それで、本当のところはどうなの?」
何か言いたそうなペトラに向かって手を振る。
「あまりよくないです。空艇部隊の損害が大きくて、空からの支援が得られなくなると大きな反撃にあったらしく、地上部隊にも死傷者が大勢出たようです。それで、撤退することに決まったらしいのですが、移動中の部隊にわたしたちが合流したときには、さほど戦闘は行われていなかったんです。それが、昨日の朝、追撃部隊と激しい交戦になって、また負傷者が大勢出ました。なので本隊が食い止めている間にわたしたちが先に出発することになりました。退路を断たれる前にフェルンの近くまで移動するために。それから休みなしに走ってここまで来ました」
「それは大変だったわね」
「本隊もさほど遅れずに現れると思います」
「ここからフェルンまでの道はかなりの部分が森の中なので、空艇に襲われる可能性は減るわね」
ダレンと一緒にジェンナとマリアンも戻ってきた。それをペトラが目で追っている。
「とりあえず、視える範囲に敵らしきものはいなさそうだ。しばらくは問題ないだろう」
エルナンの人たちがまだ車のそばで話しているのを確かめてから声を出す。
「こちらはイリマーンのダレンよ。それからハルマンのジェンナとマリアン。ディードはジェンナと会ったことがあるわね。で、こっちは……」
言いかけたところで、ペトラが口を出した。
「オリエノールはイリスのペトラ。カレンの娘です。それから……」
マリアンから素っ頓狂な声が上がった。
「ええっー!」
「そういうことか……」
ダレンの静かな口調が続いた。
彼はしばらくペトラを探るように見つめていたが、突然ハッとしたようにフィオナに視線を向けた。見れば、その怪しく光る目が彼女に釘付け。やはり……。
ペトラから残りの人たちの紹介が終わると、ジェンナがあらためて挨拶した。
「東の国からいらした方々だったのですね。よろしくお願いいたします。ジンと呼ばれています。カレンさまの内事をしております。こちらのマリンはカレンさまの側事です」
「へええ?」
ペトラの意味深な言葉が聞こえた。
「……びっくりです。姫さまにもうひとりお嬢さまがいらしたなんて……」
「いや、ほかにも……」
それ以上何か言い出す前に声を上げる。
「ああ、ペトラ、車を奥に進めたほうがいいのでは? ここも空から丸見えよ」
「あ、そうだね」
ちょうどこの部隊の指揮官らしき人が歩いてきた。わたしの目が確かなら相当な年配に見える。
「ペトラさま、ここまで来れば一安心です。本隊の到着を森の中で待つことにします」
「この奥にちょっとした空き地があって、わたしたちの車もそこに置いてあります」
「なるほど。ではそこで休憩をとることにします。後続が来るまで数時間かかります。お手数ですが重傷者の様子を診ていただけますと助かります。テントを張って移しておきますので」
「もちろん。あとで行く」
マリアンのほうを振り返った。
「皆さまを案内してあげて」




