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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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285 わたしは何をすればいいの?

「カレン」


 呼ぶ声にびっくりして飛び起きる。

 目の前に浮かぶ姿に焦点が合うとフッと息を吐き出した。なんか嫌な夢を……。


「シア……」


 言いかけたところで、カレンはもう一体の幻精に気づいた。

 白いのに温かみのある装いの幻精を見るのは初めて。

 彼女たちは目と髪の色こそ似かよっているけれど、それ以外は結構いろいろな姿なのを今さら知ることになるとは……。

 ベッドの上に座ってから尋ねる。


「そちらは?」

「ライア」

「それではあなたが空を守る風使いね。輪術式(りんじゅつしき)の執行者ライア。はじめまして、カレンです。よろしくお願いします」

「カレンは礼儀正しいのね。それにもの覚えもよさそう」

「えーと、少しの間なら……えっ?」


 もう一体いることに気づかなかった。

 黒っぽい服の幻精がライアの陰から出てきてこちらを品定めするかのようにじっと見る。


「ああ……ユアラ? 確か地を統べる髄使い」


 シアが首を縦に動かした。


「正解」




 ライアとユアラが並んで近づいてきた。すぐ目の前まで来た幻精たちを見下ろしながら考える。しだいに二体は淡い光に包まれる。

 何をしているのかしら。まるでほかの幻精と対話するときのよう。


 そこで初めて気がついた、二体がまとう服に現れた模様に。この図柄には何となく見覚えがあった。透けた模様から光が漏れている。

 ライアは淡い黄色、ユアラは薄い緑。あの服と似かよった文様に色。そして、あの髪飾りとも。


 手を伸ばして腕に触れたユアラの顔に満ち足りた表情が浮かぶ。


「これでまた来られる」


 そう言い残してユアラはパッと消えた。


「えっ、どういうこと?」

「大丈夫。あとでユアラとイサベリータを訪ねるから。驚かさないように」


 いや、どうあってもびっくりするでしょ、初めて幻精に遭遇したら。二体そろってならなおさら。ああ、でも、訪れたことのない場所にいきなり転移はできないのだからそうするしかないのだわ。

 確かシアはカムランに現れたことがあったっけ。あれ? わたしがいなくても転移できるの? それとも近くの森まで移動してそこからは飛ぶのかな。




 ライアのほうはまだ浮いたままで時々明るくなる。差し出した手に下りてくるのを眺めながら疑問を口にする。


「使いと手……はどう違うのですか?」

「あら、そういう質問は初めて」

「聞いてはいけないことでしたか?」

「いいえ。誰も聞かないだけ。カレンが初めてよ」


 ほかの人は疑問に思わないのかしら……。

 そうか、普通は何とかの使いだの手だのとは名乗らないわね、幻精は。


「わたしたちは二界四素の使い手と称されている。四素とは森、水、気、光のことでそれぞれを操って作用を(つかさど)るのが手。レイによって作られた手は、レイの目であり耳であり口でもある。あまたの手が体験と記憶を集めレイの使命を果たす。まさにレイの一部。(いにしえ)の世でレイはイチョウとスイレンの姿を持っていたと記憶にはある。どちらも失われて久しい。例えるならレイは家族とも言える。ひとつの大きな家族」


 ああ、やはりあれはそういうこと。黄と緑……。


「使いはシルによって生み出され手と同じ姿に作られたもの。だからシルの一部でありシルとつながっている。使いはきずなを結ぶ存在からあらゆる経験を取り込み、記憶と体験を蓄積するシルを、世界の記憶を守る。その数は少ない。今のこの世界では……風使いとともに飛ぶのはワシ、髄使いの傍らにはオオカミ。どちらもつながりを重んじる。そしてわたしたちに連れそうものは空と地の二界を統べるものにして四素を守る存在」




「ああ、何となくわかったような気がします」


 太古の時代から脈々と受け継がれるシルの使命。それを守るレイも相当の犠牲を払ってきた。ここで立て直さないと彼らの努力は無に帰するのだろうか。


「輪術式を執り行うときは、使いが要を構成し手が生み出されし力を支える。使い手は作用者とつながり一体となって力を強化する」

「その……輪術式について教えてほしいのです。わたしは何をすればいいのですか?」


 こちらを見上げたライアは毛布に下り立つ。もう光はなかったにもかかわらず、薄い服は光沢があってキラキラしている。

 なんでできているのかしら。金属のようにも見えるし自分の着ている服の素材とも似ている。


「知ってのとおり、ただひとつの目的は未だに続いている間違った輪術式を終わらせること。それにより、誤って出現した大地を刻むものの発生源は存在を終え消滅する。すでに発生して全土にそして地下に広がってしまったものはいかんともしがたい。それでも発生源を断てば大陸の崩壊を遅らせ、シルを守るのも可能になる。これはシルにとっても人にとっても悪いことではない」


 うなずいた。シルは大陸の崩壊を防げないとみているようだ。あれほど掘り下げられ、地下に大空洞が張り巡らされれば大陸は(もろ)くなり、終焉(しゅうえん)は避けられないのかもしれない。


「彼の地に赴き、わたしたちでシルと結ぶ。これでシルの力を彼の地に供給できる。そして実際に消滅の力を生み出すのはあなたたちの役目。ふたつの要が力を押さえ循環させ成長させる。わたしたちがその力の路を維持し時が来るまで封じ込める。十分に力が成長したら、わたしたちがすべての力を彼の地に注ぎ込む。それで誤った輪術式は止まり、協約は停廃される」




「とても簡単に言うけれど本当にそれだけ?」


 ライアは首を横に動かした。


「いいえ、とても難しい。特にこの数で成すには。シルが人にも効果がある装具を準備する。それを使えば力が格段に強化される」

「装具?」

「これと同じ素材で作る。今度会うときまでに用意される」


 ライアは自分の服に手を当てた。

 どうやら服を準備するということらしいけれど、レンダーのような役割をするものかしら。


「中途半端では何にもならない。力を十分に、そう、極限まで成長させることが必要。その鍵は人が言うところの……イグナイシャとメデイシャの力量にかかっている」

「イグナイシャにメデイシャ……」


 シルが供給した精気とたぶんトランサーから奪う精分を注ぎ込んで全員の作用を同調力によって強める。それはわかったけれど、イグナイシャとメデイシャが十分に力を発揮しないと時間がかかりすぎ成長を続けられないという意味だわ。

 わたしたちの中でイグナイシャと言えば……。


「イグナイシャはイサベラのこと?」


 ライアは少し考えたそぶりを見せたがうなずいた。


「わたしはメデイシャではない。それにわたしたちの中にもいないわ」


 横からシアが口を挟んだ。


「カレンの身近にいるじゃない」

「えっ?」


 身近……もしかして……。


「マリアンのこと?」

「そう」

「でも、マリアンの力は未知数で、おそらく試したこともない。それに、わたしとは……」

「カレンとマリアンはすでにつながりを持っている。だから、始めればすぐにできるようになる」

「えっ?」


 そんなはずはない。




「心配しなくていい」

「どういうこと?」

「彼女たちはつながっている。自分では気づいていないようだが」


 あのふたりが姉妹結びをしたとは聞いていない。そもそも作用者でないふたりは姉妹結びをできるのかしら。しかし、確かに強いきずながあるようにも思える。

 ああ、それに、作用が使えるならできてしまうのかしら。そこまでよく()たことがなかった。うっかりした。


「だけど、わたしとは……。あっ、そっか……」


 シアはうなずいたが、それ以上の説明はなかった。

 そういうことか。それなら……。


「カレンたち六人とメデイシャ、それ以外の五人はすでにそろっている」

「わかったわ。これから、ザナたちと合流し、そして、イサベラのところに。あっ、シャーリンは……」

「シャーリンはイサベラと一緒」

「ええっ、カムランに?」


 シアは首を縦に動かした。


「どうして?」


 聞いてもシアからは返事がない。

 カレンはため息をついた。まあ、行けばわかるわ。とにかく、まずはほかの人たちと合流しなければ。


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